散々な一日
「そういえば、リックさんはどこから来たんですか?」
「え?」
「服装も何だか変わってますし、顔もこの辺りじゃ見かけない容姿をしていますから。少し不思議に思いましてね」
「そ、それは、その……」
どうしたものかとリックは悩むが、彼女達のおかげで今、自警団の目を逃れることが出来たのだ。
何となく、黙っているのは悪い気がして、真実を話そうとしたが……
「彼は東方のゴトウ諸島の人間よ」
遮ったのは階段から降りてきたフィーナだった。
腰に付けた剣、紺のフードを外し、非常にラフな格好をしていた。腰まで伸びた金の髪を後ろに束ね、いわゆるポニーテールと呼ばれる髪形をしている。
「へぇ~、すっごい遠い所から来たんですね」
「え?あ……うん?」
「そうよ、だからこの辺りの地域には疎いの。もしリックが何か困っていたら教えてあげてね」
東方だって、一体何のことだろう?
向かいの席に腰を下ろすフィーナに視線を送ると、話を合わせろと告げているように見えた。
つまり、余計なことを言うなってことか。
「じゃあ、ラフィ。そろそろ夕飯を貰えるかしら?」
「はぁい、ちょっと待っててね。もう出来ているはずですから」
ラフィは厨房へと駆けていく。離れた隙を見計らって小声で尋ねた。
「その……ゴトウ諸島って言いましたっけ?それってなんですか?」
「あぁ、それね。異世界から来ましたなんて言ったら正気を疑われかねないから。
東方ってのは文字通り東の海を越えたところにある島国よ。この大陸では、どんな場所なのか未だに良く分かっていない国なの。だからゴトウの出身だと言えば多少、無知でも仕方がないって思ってくれるはずよ」
東の国か……まぁ、異世界から来ましたっていうよりはマシか。
その国の人達には悪いけどしばらく名前を借りていよう。
「だから、これから人から怪しまれたときはこうやって言えばいいのよ。
“ボクは東の果てから来たおのぼりさんです。無知な馬鹿ですいません。もし良かったら頭脳の足りてない僕に常識を教えてくれませんか”ってね」
「は、はぁ……」
「ほら、何、曖昧な返事をしているのよ!ほら私の言った通りに言ってみなさい」
「え?……あっ、はい……ボクは東の果てから来たおのぼりさんです。その……馬鹿で無知ですいません。もし良かったら頭脳の足りてないボクに常識を教えてくれませんか……?」
「はい、よく出来ました!これから困ったらこう言ってごまかせばいいわ」
謙遜しすぎだと思うのは気のせいだろうか。だが、フィーナさんがせっかく考えてくれたセリフだ、覚えておこうじゃないか。
使うかどうかは分からないけど……
しばらくしてラフィが両手に料理を乗せながら厨房から現れた。
そして、あっという間に机の上は色とりどりの料理で埋め尽くされていた。
赤い濃厚なソースがかかったパスタ、巨大な魚のソテーにこんがり焼けたソーセージ、緑や紫、様々な野菜が盛りつけられたサラダ。
どれも見たことの無い料理ばかりだが、とても美味しそうな香りが空腹を刺激する。
「さて、いただこうかしら。料金は気にしないで、私がおごるから」
「あ、はい、いただきます……」
手始めにパスタを小皿に分け、おそるおそる口に入れてみる。
すると濃厚なソースの味が鼻孔を突き抜けてきた。
これは、美味しいッ!多少、味が濃いような気がしたが、まったく気にはならない。
そういえば、昨日から何も腹に入れてなかったな……
気がつけば、かき込むように目の前の料理をむさぼり食っていた。
手が止まらない……!
両手のフォークを器用に使いながら、どんどん皿の上の料理を減らしていく。
「呆れた……あなた、そんなにお腹減ってたの?」
「え、あぁ、はい……」
視線を上げると、白い目でフィーナが見ていることに気が付いた。
「昨日から何も食べてなかったので……」
何となく照れ臭くなり頬をかくリック。
「え?留置所で食べ物は出てこなかったの?」
「粗末なパンとスープはあったんですけど……食べられるような精神状態じゃなかったので」
ははは、と笑いながら、リックはほかほかと湯気を上げている湯でエビの殻を剥いていた。
「それなら、仕方がないのかな?……まぁ、好きなだけ食べていいわよ」
「はい!ありがとうございます!」
フィーナもパスタとフォークに巻いてその小さな口に運んでいく。
うん、美味しいッ
無防備な笑顔に思わずリックは見惚れていた。
「ん……どうしたの?まだまだ料理はあるわよ?」
「あっ、はい……えと、その……こ、この料理はタルブさんが作ったんですか?」
「そうよ、宿は少し古いから泊まりの客は少ないけど、料理はグリア―ドでも評判の店なんだから!」
「へぇ~、やっぱりあの店長が作ったんですね……」
顔は熊みたいに恐ろしいのに随分と美味しい料理を作るんだな。ガタイが良すぎるせいか厨房で料理を作る姿がいまいち想像出来ない。
「ふふ、意外そうな顔ね、確かにタルブさんは怖い顔してるけど、中身は紳士的でとっても優しいんだから。あんまり怖がらなくてもいいわよ」
「あっ、それはもちろん分かってます」
俺もみたいに追われている奴にも手をさしの出てくれたんだ、悪い人の訳がないよな。話している間にも机の上に置かれた料理は減っていく。
これほどの量は食べつくせないんじゃないかと思ったが、すでにほとんどの皿が空になっていた。その七割以上を食べたのはリックだった。
「ふぅ~……ご、ごちそうさまでした」
食べ終わる頃には苦しいほどお腹が膨らみ切っていた。食後に果実を搾ったジュースを飲みながら一服。
一息ついたせいか、異様な眠気がリックを襲っていた。
「さて、じゃあ、これからのことについて話そうかしら」
フィーナの言葉が耳を突き抜け、思わず姿勢を正していた。
そう、これが本題だ。頬をパシンと叩き、眠気を弾きだす。
「まず、もう一度、貴方がその……この世界?に来た経緯について聞かせてもらえるかしら?」
まだフィーナにとってリックが異世界の民であるという事実は半信半疑のものであるらしい。
ややこしいことになるため、この身体が仮想世界のアバダーであるということを飛ばしながら丁寧に語っていく。
「う~ん……悪いんだけどやっぱり信じられないわね。貴方が少し変わっているのは分かるんだけど、だからといって異世界から来たっていうのは……」
「それは……仕方がないですよ。俺だっていまいち信じられないんですから」
「……でも仮に貴方の話が本当だとするなら、そのおかしな道具が原因でしょうね。その道具を使えば帰れるんじゃないの?」
次元結晶。あれがこの事態を引き起こした原因であることにはもう疑う余地は無い。
確かにもう一度使えば帰れるかもしれないが……
「一回使ったら壊れちゃったんですよね……だからもう無いんです」
「そっか……う~ん、後は貴方を一緒にいたっていう仲間達はどうなの?やっぱりその人達もこっちの世界に?」
「それも分からないですね……状況的に二人も巻き込まれたように見えたんですけど、あの森にはいなかったですし」
「結局、分からないだらけってことか……」
確かなことなんて何もない。
自分は帰れるのか、帰る方法が存在するのかさえ分からないのだ。
今にも足場が崩れるんじゃないかっていうほどの不安が心を覆う。
(俺はもうあの世界には帰れないのかな……)
「大丈夫よ!来ることができるならきっと帰ることも出来るはず!だからそんなに肩を落とさないで」
どよ~んと暗く沈んでいたリックにフィーナは優しい笑みを浮かべる。
気休めの言葉だと分かっていても少女の言葉でほんの少しだけ救われたのような気がした。
そうだよな……分からないってことは、帰れないとこいうことを意味しているんじゃないんだから。
諦めるのはまだ早い。
状況は最悪の一言だったが、それでも希望だけは持っておかないとな。
「帰る術が見つかるまで貴方これから生きていくための方法だけど……ねぇ、リックって確か剣が使えるのよね?」
今の自分はPC『リック』であるため、ある程度は戦えるだろうとは思う。
だが、ここは現実であり、痛みも死もある世界なのだ。
死んでも蘇生アイテムで復活できるということは無く、ゲームとは何もかもが違う。
そんな世界でゲームと同じように戦えるとはとても思えなかった。
だが、この世界にも魔物はいて、自分は追われている身だ。
生きるためには覚悟を決めて戦わなくてはならないこともあるだろう。
しばらく、考えた末、腹をくくり顔を上げた。
「はい……この世界ではどの程度、強いのかは分かりませんけど、戦えます」
じっとリックの瞳を覗き、何かを確認するフィーナ。
「そう、分かったわ……なら冒険者ギルドに所属するのが一番だと思う。手っ取り早くお金を稼げる上に、情報も集まるから」
冒険者ギルド、それは民間から寄せられる様々な依頼を達成して金を得ることが出来る場所だ。
依頼は多岐にわたる。討伐、護衛、採集などなど。
ギルドは国をまたいで活動しており、このグリア―ドにも支部が置かれているという。
「でも……登録出来ますかね?俺、指名手配を受けてる上に身分証とかも無いんですけど……」
「大丈夫よ、他では無理かもしれないけどこのグリア―ドでなら出来る、お金さえあればね。ここは交易地だから色んな境遇の人達が来るの。だからその分、払うモノを払ったら大抵は何とかなっちゃうんのよ」
冒険者ギルドか……やっぱりありがちな魔物の討伐とかを行ったりするんだろうな。
少しだけ不安だ。
『アース・エンブリオ』の常識がここでも通用するのだろうか?
「取りあえず、明日は私も付いていくからギルドに登録しましょう。やっぱり生きていくためにはお金は必要だからね」
心強い笑みを浮かべてフィーナは励ました。これからのことにもちろん恐怖や不安はある。
だが、彼女の助けがあるおかげで何とかなるんじゃないかという気持ちになれた。
あふれ出る感謝の気持ちを抑えることができず、気付けばリックは感嘆極まった様子で礼を告げていた。
「フィーナさん……本当に何から何まで、ありがとうございます」
「放置するわけにはいかなかっただけよ、それに私もやることがあるからこれ以上は貴方を手伝えないけど……明日まではきっちり面倒を見るわ」
やるべきことか……確かこの殺人事件の真犯人を捕まえるって言ってたな。
何故かは分からないが、その言葉の奥には強い使命感を感じる。ふとある考えがリックの頭によぎった。
俺もこの人に仕事を手伝えないだろうか?
危険かもしれないけど、この人には借りを作ってばかりだからな……少しでも恩返しがしたかった。
「あの!フィーナさんッ!フィーナさんは確かこの連続殺人の犯人を探しているんですよね!」
「まぁ、ね……正確には犯人というより黒の教団の信徒を、だけど」
「なら……その、俺にもフィーナさんの手伝いをさせてもらえませんか?」
「…………え?」
きょとんと何を言われたのかまるで分からないという表情を浮かべる。
「俺も協力できませんか?何が出来るのかは分かりませんけど、やっぱり自分の無罪を証明したいですし、俺に凶器を押しつけた犯人も許せないですし……」
フィーナの顔からはどんな感情も読み取れない。
やっぱり、迷惑だっただろうか?そんな不安が心によぎるがさらに言葉を重ねる。
「それに、フィーナさんには命も助けてもらった上に相談にも乗っていただいて……少しでも恩を返したいいです!駄目、ですかね?」
言い終わると息苦しい沈黙が場を支配する。何を言うべきか、彼女も返答を探しあぐねているようだった。
やがて、言いにくそうにしながらもはっきりとした口調で言い放つ。
「気持ちは嬉しいんだけど……止めておいた方がいいわ。黒の教団に関わるのは危険だから」
(……黒の教団、か)
またその名前が出てきたな。確か各国で騒ぎを起こしている邪教だと自警団は言っていたことを思い出す。
「あの、その黒の教団って一体何なんですか?俺、その一味だろう言われたんですけど、何のことだかさっぱりなんですよ……嫌われているってことは分かるんですけど」
「……そうね、貴方も知っておくべきでしょうね。何せ、罪を押しつけられたんだから」
名前を言うことすらおぞましいと感じているような表情だった。
「黒の教団というのはね、不死王と呼ばれる邪悪な神を信仰している集団よ。永劫の命を希求して各地で騒ぎを起こしている邪教。
結成時は辺境の田舎に土着した小さな宗教に過ぎなかったけど……どんどん
勢力を拡大していったの、時の権力者達の後ろ盾を得てね。
財力と絶対的な地位を持っている彼らにとって死ぬというのは耐えられないことだったみたい」
地位も名誉も金も手に入れた人物が次に考えることは不死の探求。
永遠の命か……異世界だろうと人間の考えることはそう変わらないらしい。
「教団の信徒は皆がこのナイフ、【咎の杭】を所持しているわ。貴方も知っているわよね。これよ」
変わった意匠をした紫のナイフを手で弄ぶフィーナ。
忘れるわけが無い。リックが殺人犯として追われる原因となったモノなのだから
親の仇でも見るかのような目でそれを睨みつける。
「元々、過激な所が目立つ集団だったけどね……それでも五年前のとある事件のせいで、各国で本格的に邪教認定されて、民衆からは嫌悪されるようになったの」
「とある事件って何ですか?」
フィーナが苦虫を食い潰したかのように表情を曇らせる。
「……この教団がね、ある国で、主神である不死王を蘇らせる実験をしたの。結果は……大失敗。不完全な形で蘇った不死王は不完全な呪いを周囲にばらまいた。精神を破壊して理性も無いただの動く死体とする最悪の呪いをね」
「…………」
それはいわゆる……ゾンビになったってことか?
「実験に巻き込まれたその国の民は皆、動く死者となった。酷い有り様だった……と聞くわ。亡者達は無作為に人を襲う化物と化して放浪して、多くの人が犠牲となった。当然ながらその国は滅んだわ……」
深く沈んだ言葉が耳に突き刺さりリックは言葉を無くした。
想像もしたくない光景だった。亡者が彷徨い歩き、人を食う街。
創作などでよく目にする設定だったが、それが現実に起きている事態である以上、肝が冷えてくる。
「この事態に恐れた世界の国々は黒の教団を邪教認定して弾圧したの。まっそれはそうよね、一国を滅ぼすことも出来る集団なんだから……。当然、教団の方も抗するだけの力を持っていたから争いになる。今も色んな場所で抗争が起こっているわ」
当然だろう。そんな危険な連中を野放しにしておくことは出来ない。
だが、どれほど危険な組織であろう、不死と言うものは人類の悲願であり、未だに相当な力を誇っているらしい。
「でも……そんあ連中が何でこの街で殺人なんかしているですか?それも商人ばかり狙って?」
「さぁ?それは知らないわ、組織だった行動だったかもしれないし、信徒の暴走かもしれない。聞いてみない事には分からないわね」
首を振るフィーナ。どうやら彼女もこの街の殺人については詳しくは無いらしい。
話が終えると彼女は眦をあげ、リックを正面から見据えた。
「教団は本当に危険よ。あいつらは独自の戦闘部隊を雇っていて、各国に協力者がいる。
関わっても痛い目を見るだけ。だから貴方は余計な危険に首を突っ込むことはない。自分のことだけを考えていればいいの」
言葉づかいは優しかったが、断固拒否の硬質さが込められていた
自分のことも満足に出来ていないのに、手を借りるわけにはいかないと。これは私の問題だと、言外に告げていた。
悔しかった。
だが、これ以上食いさがっても逆に迷惑を掛けるだけだ。諦めるしかない。
「でも、安心して!必ず犯人を見つけ出して貴方の無実を証明するから!きっちりと落とし前をつけてみせるわ!七人もの人を殺した罪と貴方にその罰を押しつけたことのね!」
「はい……」
何故だが、彼女の顔を見ることが出来ず、リックはただ顔をうつむけていた。
出来ることならフィーナの力になりたかったが、本人がそう言うのであれば諦めるしかない。
深い深いため息をこぼし、自分の情けなさを恥じていた。
そして、話も一段落したところでリックは貸し与えられてた一室に戻っていた。
明日も忙しくなりそうだから今日はゆっくり休むようにとフィーナから釘を押された。
部屋へ戻るとすぐさま軋むベットに飛び込んだ。
「はぁ~、疲れたな……」
寝転がって一息つくと、張りつめていた神経の糸が一気に緩み、疲れがどっと身体にのしかかってきた。
瞼が異様に重くなっており、とても目を開けてはいられない。
うつらうつらと船を漕ぎながらリックは異世界に来てからのことを思い返していた。
まったく、とんでもないことばかりだったな……
思い返してみると未だに自分の身に起こったことが信じられない。
異世界に飛ばされるは、冤罪かけられるわでもう散々。
どちらかというと悪夢に分類されるような異世界召喚だった。
希望なんてどこにも無い。
明日から始まる異なる世界での生活に今のところ不安しか無かった。
「でも……フィーナさんに会えたのは本当に幸運だったな……」
始めに飛ばされた森の中で彼女に出会えてよかったと心の底から思う。
無実の罪で捕えられた俺を助け出してくれた上に、こうして休める場所にも案内してくれて……
まったく、彼女には足を向けて寝れないよな。
少しでも恩返しをしたいという思いに嘘は無い。
何が出来るかは分からないが、この世界で自立できるようになったら必ずこの恩を返そうと心に誓う。
取りあえず、それを当面の目標として頑張っていこう。
そう決意したとたん、リックの意識は闇に沈んでいった。




