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六脚亭

 警戒して歩き続けること約三十分ほど。たどり着いたのは二階建てのなかなか立派な門構えをした建物だ。


 大通りから外れているためか、前の道は人通りは比較的少ない。こっそりと、周囲の誰もいないことを確認したうえで二人は宿屋の中へ入り込む。


 扉を開けると、頭上で来客を告げる鐘が鳴り響いた。

 

 宿の一階はまるまる食堂に使われており、年季が入っていながらも綺麗に整えられていた。


 鐘の音が聞こえたのか、パタパタと奥からエプロンドレスを身にまとった少女が飛び出してくる。


「申し訳ありません、お客様。本日は仕入れの関係で休業させていただいてるんですよ。日を改めてお越しくださいますか?」

 

 愛想の良い営業スマイルでウェイトレスは頭を下げた。


 背は小さく小柄で、何となくメイド服をイメージさせるエプロンがとても似合っている可愛らしい女の子。


 淡い栗色の髪を肩ほどで切り揃え、カチューシャを付けていた。目は大きく子猫のようにくりくりしていて、庇護欲に駆られてしまうような子だった。


 そんな少女にフィーナはフードをはぎ取って、親しげな笑顔を浮かべた。


「……ただいま、ラフィ。私よ」


「えッ、あッ!フィーナちゃん!どうしたの、一体!」


 ウェイトレスははっと驚いたあと営業スマイルを消し、それよりも更に幼い笑みをこぼす。


「随分、遅かったじゃないですか!外が騒がしくなっていたから心配したんですからね!」


「うん、ごめんね。でも私は大丈夫だから」


「そっか!なら良かったです、それでこっちのお連れさんは……」


 店員さんはぐいっと間合いを詰めてじろじろとリックの顔を見つめる。子猫のように大きな目に自分の顔が映っていた。

 

 自然と顔が熱くなってくるのを感じる。

 う~ん、近いな……

 リックの全身を無遠慮に見つめた後、にや~っと悪戯っ子のような笑みを浮かべた。


「へぇ~、まさかフィーナちゃんが男の人と一緒に帰ってくるとは驚きです!これは大ニュースですねッ!しかもなかなか格好良いじゃないですか!」


「は、はあッ!お、おとこっ!?」


 一瞬でフィーナの顔に赤みがさす。


「この人はそんなんじゃないわよ!変な想像しないで!」


「そんなに照れなくてもいいんですよ!ね、ね?どこで出会ったんですか?」


「出会ったというか……拾ったのよ、行く宛もなくて途方に暮れてたみたいだから!」

 

 ひ、拾ったって……


 まぁ、状況から見て的確な表現かもしれないが、まるで犬や猫みたいな言い方に少し引っ掛かるな。


「キャ、キャアアア!それはアレ?いわゆる一目ぼれってやつなのかな?」


「ッ!な、何でそうなるの!」


「まさかフィーナちゃんに春が来るなんて!お父さ~んッ、聞いて聞いて!フィーナちゃんが男の人を連れてきたよ!」


「ちょ、ちょっと待ちなさい!違うって言ってるでしょ!そんな勘違いされるような言い方しないで」

 

 だが、ラフィと呼ばれた少女は聞く耳を持つこと無く、厨房らしき場所へ走っていた。随分と思いこみの激しい子だな。


 呆気にとられたリックは呆然と立ち尽くしていた。


 妙な空気のまま取り残される二人。ちらちらと隣のフィーナが見ていることに気がついて……


「その……俺がフィーナさんの男なんて、ははは……困っちゃいますね」


「へらへらしてるんじゃないの!」


「ぐふっ!」


 鋭い肘鉄が腹部に突き刺さる。良かった、胃袋が空で。


 厨房から出てきたのは熊かと見紛うほどの大柄な男だった。

 でかい、二メートルはあるんじゃないか……

 

 横にも分厚かったが決して太っているわけではなく、シャツを盛り上げているのは硬質な筋肉。


 ダンジョンで遭遇したのなら、おそらく魔物だと断定し切りかかってしまうだろう。


 後ろにちょこんと付いてきている少女がさらに小さく見えた。 


「これはフィーナお嬢、よくお帰りで。何やら外が騒がしいようですが、平気ですかい?」

 

 低い重低音の声。声だけで人を威圧できるのだとしたら間違いなくこの声がそれに違いない。


「えぇ、私は大丈夫。ちょっと野暮用が出来たからそれで帰るのが遅くなっただけ」


「そうですかい……近頃は物騒な事件も多い。気を付けてくださいよ。で、そちらのお連れさんは?」

 

 じろりと頭二つ分高い目線でリックを見下ろした。向けられた瞳には疑心の感情が込められていた。


 さて、どうしようか?


 自分の事情をどうやって話すべきか、頭を悩ませているとフィーナが一歩前に出る。


「紹介するわ。この人はリック。しばらく私が面倒をみることになったからよろしく」


「ん?面倒を見ることにってなったって……」


 二人はきょとんとした表情で顔を見合わせる。


「……ひょっとしてヒモなの?」


「ヒモ!そんな!違ッ……わないのか、な……?」


 ヒモか……男としては甚だ不名誉なことだが、否定はできない。路銀もない上に、泊まる場所も無い。


 全てフィーナに頼っているんだから、ヒモって言われても仕方ないのかな?


「それで、こちらの二人は私が世話になっている宿屋のタルブさん、そしてその娘のラフィよ。親子でこの【六脚亭】を切り盛りしているの」


「どうも、よろしくお願いしますね!リックさん!」


「あっ、はい。よ、よろしく……」

 

 え……親子なんだ。

 驚きを顔に出さぬよう堪えて、目の前の並び立つ二人に目を向ける。

 

 隣り合う熊のように巨漢な男性と兎のように愛らしい女の子。随分とまぁ、対照的な父親と娘だな。あらぶり過ぎだろ、遺伝子。


「…………」 

 

 巨漢の男、タルブが一歩近づいて、獣のような眼光でリックを見下ろしてきた。身体も大きいせいか、凄まじい威圧感を感じる。


 今にも襲いかかってきそうな予感にリックは気付けば後ずさっていた。


「なぁ、フィーナお嬢……そういえば昨日、巷を騒がせた殺人犯が捕まったそうですね」

 

 ドキンと肩が跳ねあがる。

 ヤバい、こちらから言い出す前に気付かれた!どう説明しようか迷っていただけに、機先を取られてリックは言葉を無くしてしまう。


「何でも全身、黒づくめで変わった服装をした若者って聞いたんだが、ひょっとしたら……」


「え?え?」


 ギョッとラフィも食い入るようにリックを見つめた。


「え、えと……ねぇフィーナちゃん、そんなわけないですよね?」


 掌の汗がじっとりとして気持ちが悪い。


 や、ヤバいな……これ絶対疑っているよ。

 逃げ出した方がいいんじゃないのか?

 怯えるリックにフィーナはまるで庇うように前に立った。


「大丈夫よ、その人は確かに自警団に追われているけど、犯人じゃないから。私が保証するわ、彼は無実よ」


「ほう……じゃあ、何で自警団に追われているんですかい?」


「人を殺していなくても不審者であることに変わりないからね、それで、運が悪いことに自警団に目を付けられちゃったのよ」


 フィーナはこれまでの経緯に付いて二人に語っていった。


 リックがつい昨日、街に来たことばかりなど丁寧に言い聞かせていく。話していくうちにラフィの表情はどんどん緩んでいったが、店主であるラルブの顔は険しいままだ。 


「このままじゃリックは冤罪で殺されてしまうわ。だからね、しばらく彼をここで匿って欲しいの、少しの間で構わないわ!絶対にこの店に迷惑をかけたりしないからお願い!」


「お、お願いします!」


 頼み込んだラフィさんを見てリックも慌てて頭を下げる。腕を組み、ただ二人を見下ろしているタルブ。

 

 素直に頷けないのは当然だ。


 冤罪とはいえ、自警団に追われている者を自分の宿屋に置くなんて、危険すぎるのだから。


 硬質な視線にさらされてもリックは頭を下げ続ける。

 どれほどそうしていただろうか?

 

 やっぱり、駄目か。そう諦めかけた時、助け船は思わぬ所から来た。


「……ねぇ、お父さん。少しぐらいなら良いんじゃないかな?やってもいない罪で殺されちゃうなんて可哀想だよ」

 

 ラフィは同情のこもった視線でリックを見つめていた。

 

 思わずリックの涙腺が緩みそうになる。


 まさか、信じてくれるなんて……いや、俺を信じているんじゃないか、俺を無実だと言ってくれるフィーナさんを信じているんだ。


 三対の目に貫かれ、タルブは深いため息をこぼした。


「はぁ~、仕方ねぇな……お嬢さんの頼みなら断れねぇ。分かったよ、しばらくここに置いてやる」


「あ、ありがとうございます!」

 

 今にも土下座しそうな勢いでリックは頭を下げた。


 外には自警団がうろうろしているため、ここで追い出されてしまったなら、確実に捕まってしまう。つまりは死。


「あんた……リックって言ったか?ついてきな」


「は、はい……!」

 

 タルブが向かうのは、この宿の二階。


 どうやらこの宿屋は一階が食堂、二階を宿として経営しているらしい。


 幸いか、それとも狙ったのかは知らないがどうやらリックとフィーナ以外に泊まり客はいないようだ。二階の一番奥の部屋まで連れて行き、戸を開ける。


「この部屋を自由に使いっていいぞ、ぼろい部屋だが、まぁ、我慢してくれや」


「いえいえ、そんな!俺にはもったいないぐらいですよ!」


 五畳ほどのこじんまりとした部屋だった。だが、ベットやら机やらはきちんと物は整備されており、住む分には申し分ない。


 野宿なんかも考慮に入れていたため、屋根があるだけでも充分だ。


「リック、適当に部屋を見終わったら一階に下りてきて、私も着替えたら下にいくから。そこでこれからの話をしましょう」

 

 フィーナの泊まっている部屋はその隣のようだ。戸を開けると、部屋へ消えていった。


 さて、どうするか……。


 適当に見てと言われても、持ち物とかも特に無い。一階で待っていようと、リックは階段を下りて行った。


 空いている円状の机に腰を下ろして、フィーナを待つこと数分。


 不意に何かの気配を感じ、横を向くと目と鼻の先に、少女の顔があった。


「え?う、うわぁッ!」


 い、いつの間にこんなに近くに!


 驚いて跳び上がるリックを気にすることも無くただ少女、ラフィはリックを見つめていた。


「えと……どうしたの、ラフィさん?」


 不意に可愛らしい小ぶりの唇を開く。


「あの、リックさん……貴方は本当に犯人じゃないんですよね?」


「え?……も、もちろんだよ!俺は誰も殺しちゃいないし、傷つけてもいないよ!」


 慌ててリックが否定すると、ラフィは満面の笑顔を浮かべた。


「そうですよね、とっても優しそうな顔をしているんですもの。ごめんなさい、疑ってしまって!」


 ぺろっと舌を出すラフィ。あらやだ、可愛い。


「フィーナちゃんはああ言ってたけど、やっぱりそれでも気になってしまいまして」


「いえ、いいんですよ。実際に自警団の人達に追われてるんだから疑うのも無理はありませんから!」

 

 疑うのは当然だ。突然、宿屋に訪問しておいて信じてくれというのが無理な話なのだから。


「でも、災難でしたね、間違って逮捕されちゃうなんて」


「えぇ、まったくです……フィーナさんがいなかったらどうなっていたか」

 

 きっとまだ牢屋でぶるぶる震えていたに違いない。そして、いずれは大衆の前に連れ出されて縛り首。


 やってもいない罪で処刑されるなんて悪夢そのものだ。


 まったく、フィーナさんには頭が上がらないな……と、同時に自分に罪をなすりつけた真犯人への怒りも湧いてくる。


 一体、どこのどいつがこんな真似をしたのやら。


 そういえばまだリックはこのグリア―ドを騒がせているという殺人事件に対してよく知らないことに気付いた。


 自警団からはまともな話を聞けず、一方的に犯人だと断定されたため、そもそも何が起こっているかすら分かっていない。


「あの、ラフィさん?少し聞きたいことがあるんですけど……」


「え?何々?何でも聞いてください、私が知っていることなら何でも答えますよ!」


「じゃあ、昨日の……じゃなくて、この街を騒がしているっていう殺人事件について教えてくれませんか?俺、この都市に来たばかりだからその……何も知らないまま逮捕されたんですよ」


「そ、そうなんだ。それはまた……え~、本当にとばっちりだったんですね」


 呆れ果てた様子で苦笑いを受けべたラフィ。


 その気持ちはよく分かるよ。

 

 俺だって当事者じゃなければまともな説明も調査もせずに留置所にぶち込む自警団にあきれ果てるだろう。


 まぁ、実際に冤罪を受けた身としては泣きたくなるほど辛いものだったけど。


「う~んと……確か最初の事件が起こったのは一カ月前ぐらいかな?」


 どこか遠くを見るような表情でラフィは都市を恐怖に陥れた事件に付いて語った。


「中央市場の片隅で商人ギルドの幹部が一人殺害されたんです。私は実際に見ていないから詳しくは言えませんが……相当、残酷に殺されたみたいですね」

 

 リックの頭によぎったのは未だに鮮明に思い出せる無残な死体。忘れたいと何度も思うが、意識すればするほど記憶にこべり付いていった。


「背中には黒の教団の死紋がきざまれていましたからその時から相当の騒ぎになってましたよ。それから二日後には同じ手口で二件目も起こってしまって……」


 そして、また数日後に三人目と、どんどん被害者は増えていったという。自警団の必死の警戒も虚しく、昨日の事件で犠牲は七人に達してしまった。


「殺された人達はこの街でそれなりの地位にいた人達だから、かなりの騒ぎになってるんですよ。この街は色んな人達が来るから、殺人事態はそこまで珍しくはないけど……残忍な手口ですから街の皆が怯えているんですよ」


 街の上役ばかりが殺される、なるほど自警団も必死になるわけだ。


 だが、だからといってろくに調べずに縛り首にしようっというのは許せないが。


「今、私達の店が休業してるのはですね、つい一週間前にこの店の仕入れを任せていた商人さんが殺されてしまったからなんです。有力な商人ばかり標的にされてしまうから、私達みたいに困る人達も多いんですよ」


 そういえば仕入れの関係で店は休みだって言っていたな。

 店を再開できないのは財政的にも大変だろうに……

 この殺人事件はそうとう多くの人達に影を投げかけているようだ。


「そうだったのか……早く犯人が捕まると良いですね」


「え?う、うん……そう……ですね?」


 今、自警団が追っているのは目の前で神妙な顔つきをしているこの青年。


 逃げ出したことで、もう自警団にとっては彼が犯人だと断定しているはずだ。


 もし、捕まるとしたらそれは……


「あ、あははは……」


「?どうしたんですか?」


 何故か苦笑いを浮かべる少女にリックは首をひねるだけだった。



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