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第1話①

「ーーそれでは皆さん、明日から授業が始まりますので、教科書を忘れずに持ってきてください」

さようなら、と湊千陽みなとちはる先生の透き通った声が響き渡った。

今年初めてクラス担任になったのだという若い女教師にならい、新屋一番あらやいちばんも「さようなら」と繰り返す。

そして、一礼。

……しばし静寂が満ちる。

まだ4月に入ったばかりの昼時の教室は、うっすら汗ばむほどのポカポカ陽気に包まれていた。

カーテンを全部閉め切っていても、窓際の席にいる一番にはその暑さがダイレクトに伝わってくる。頭がくらくらしそうだった。

やがてその熱に浮かされたように、静寂がポツリポツリと破られていく。

担任が教室から退出する頃には、既に元の賑やかさを取り戻していた。

こういうところは変わらないと思う。中学でも、高校でも。

数週間前に一番が卒業した中学のクラスでも放課後はこんな感じだった。みんな思い思いの場所で、取り留めのない話をしたり、無邪気に笑いあったり、はた迷惑に机をバンバン叩いたり。……まあ、今日は学校初日だけあって、そこまで派手に騒いでいる輩はいないが。

ーー正直なところ、ホッとしていた。

中学生から高校生になって、なんだかちょっぴり大人の世界に入った気がしていたのに。周りに合わせられるか心配で、緊張しまくりだったのに。ちゃんと友達ができるか不安でいっぱいだったのに。

想像していたよりも、現実はずっと簡単だった。なんともなかった。何も起きなかった。友達も普通にできた。ーーいや、もちろん悪いことではないのだけれど……ないのだが。でも、なんだかちょっと、拍子抜けしたような気分だった。

こんなものか、と。

……実際そんなものなのかもしれなかった。

自分の容貌は、贔屓目に見ても並かそれより少し上と自負している。左目の横に昔負った怪我の跡があることや、まつ毛が女子のように長いことを除けば、顔のパーツはそこそこ整っている。身体つきは、太っているでも痩せているでもなく、適度に筋肉質。口下手で人付き合いが苦手なところはあるが、今日初めて会った他人にそんなことまで分かるまい。

初っ端から敬遠され、嫌われる要素など、あるはずもないのだ。

それに加えて、これだ。

目の前に座っている、ツンツン頭で上背のある男子。

そいつには旭聖護あさひせいごという名前があって、顔は強面で、身長はなんと190センチもある。サッカーが得意で、頭もそこそこ良くて、すごく友達想いなやつだ。そしてなにより、

「いやー疲れた疲れた。一緒に帰ろうぜ、いっちゃん」

新屋一番の、幼馴染である。

「ああ、そうだな」

旭とは小学校からの付き合いで、中学は3年とも全て同じクラス。そして同じ高校に進学して、またもや同じクラスになった。もはや腐れ縁もここまで来ると恐ろしささえ覚える。誰かの陰謀なんじゃないかと思うくらいに。

でも、そのお陰で今日1日をーー高校生活の大事な初日を、それこそ拍子抜けしてしまうくらい心穏やかに過ごすことができたのだ。

そう、たとえホームルームの時間の自己紹介で、この幼馴染が「後ろに座っている新屋君とは友達以上の関係です!」と、アブノーマルな匂いを漂わせる発言をおふざけでしてしまったとしても。その後、テンパった一番が、誤解を解くために(そんな誤解するやつなんているわけないのだが)旭聖護との馴れ初めを懇々と語り始めてしまったとしても。フォローをしたつもりのその発言が、かえっておふざけをおふざけでなくしてしまったと後で気が付いたとしても。

それでもまだ、一番は心穏やかだ。

これから先、時間はいくらでもあるのだ。誤解を生んだなら(だから、そんな誤解をするやつなんて以下略)解けばいい。傷はそこまで深くない、はずだ。

それよりも、自分を知っている人がほとんどいないこの学校で、このクラスで、自分のことをよく知っているやつとまた同じ時間を過ごせることが何よりも心強い。

もちろん、新しい友達ができなくても孤立する心配がなくなったとか、せいぜいその程度だ。変な意味などない(以下略)。

こうして新屋一番の新たなスクールライフはまずまずの滑り出しを見せたーー

「一番と聖護……これはなかなか、ね。……うふふふふ」

ーーと、思われたのだが。

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