かわいいウソ
不思議な光に興味を抱いた私は、とうに我様のことなど忘れて足をトントンと進むのであった。先程までの無機質な空間と繋がっているなんて嘘ではないかと思うほど、古木の凸凹や、絨毯のように敷き詰められたコケたち。耳を澄ませば水の戯れる音も聴こえてくるようである。おそらくはかの光の入り口であるところから顔を覗かせると、そこには少女の見たことのないセカイがあった。
夜の満月のような明かりと星々の輝きが生み出す、独特のやわらかなあたたかい光が広がっている。星はきらめき、ほんの目の前の宙を浮かんでいるようで、気づけば2、3歩進んだところへ座り込んでいた。光り方も色も形さえも違うそれは、そっと見つめていることで癒された。
「はて、どこから迷い込んだお嬢さんかね。」
ビクッと声に振り返ろうともその姿はどこにもない。
「姿なんて見えずともよいだろう。そもそもこうして話しかけている者に姿が欲しいのかね。」
「それは……。」
少女は少しだけ不安だった。自分の存在は知られているのに、自分は相手の声しか認識できていない。どう接していいものか、その落ち着いた声にどう返事を、問いかけをすれば良いのか縮こまっている。
「顔を上げてごらん。上にちゃんといるだろう。」
ドキンッ
「あ、あのえと……。」
「何をしにこんなところへ。これでも一応ここはわっちのつくった庭苑じゃ。それとなく気の向いたところへ繋げてはおるが、お嬢さんの出てきたあの穴ボッコは閉じていたのではなかったかね。」
先ほどから少女は言葉が喉のところへつっかえて、話をどう切り出そうかさっぱりだ。古木にゆったりと座り込むは我様の恋い焦がれし魔女様。女神のように美しく優雅な魔女、さま……?いや、これでは混乱を生むであろう。ちゃんと少女が目にしたその魔女というのは、歳こそ分からないもののおよそ少女と同じか少しばかり育ちがいいかの容姿である。西洋人形のように可愛らしい顔立ちで、目もぱっちりとしているのだが、あまりにも無表情、いや不機嫌?なので萎縮してしまう。
「わっちは今、質問をしたと思ったが、これは会話ではないのかね。もし仮にも会話として受けてくれるのであらば、わっちはぼやけた目をこすってゆっくりと話をしたいのじゃ。どうかね。」
「……っぜひしましょう!」
おそるおそるではあった。自分自身が想像していた魔女様ではなかったし、ましてやこんなに可愛らしいとは思いもよらない。喜びさえ感じる。でも私は彼女のことを何も知らない。いったい何と声をかけよう。頭の中でモヤモヤとしている霧を払いのける。そうか、彼女自身のことを聞けばいいじゃないか。あとは勢い。
「魔女さまはどうしてここをつくったのですか。」
話しかけられるのを待っているのかいないのか、こちらをチラリとも見ずに声は返ってきた。
「魔女にも色々といるがね、わっちは集団を好まぬ。隠れるつもりはないが、自分の空間が欲しかった。ここはとても落ち着くじゃろう。お嬢さんが出てきた古木のなぁ、この太くおおらかな枝が、今座っているこここそがわっちの居場所なのさ。」
少女は、確かに座り心地が良さそうだと思った。きっとずうっと座っていて、さぞ身体に馴染むようになったのだろう。
「だがただ落ち着いていてもつまらんのでだな、あっちやそっちのセカイに繋げてはちょっかいを出すのじゃよ。」
そう振り返った魔女さまの顔は、無邪気に楽しげに笑みをこぼしている。
脳裏に焼きついたその笑顔はなんて愛らしいのだろう。優しさを、周囲は遠ざけるのだろうか。それとも優しくあるために、周囲から遠ざかるのだろうか。
「さぁ、今度はお嬢さんの話を聞こうかね。」
「魔女さまは素敵ですね。そしてあの穴の底にも、魔女さまを気に入られているお方がいます。私はそれをお伝えに。」
その刹那、魔女さまの表情がさみしげになるような気がした。不意に心配になり、
「知っておられたのですか。」
と様子を伺ってみる。
「そうじゃな。わっちが繋げたのじゃ。もちろん知っているとも。けれどあの者はわっちに嘘をつく気がするのじゃ。嘘を嘘だと思いたくないのは常であるが、そうも付き合えぬじゃろう。」
ウソ。良いウソ、悪いウソ。人を幸せにするウソ、人を苦しめるウソ。少女も考え込む。そしてひとこと、
「では魔女さまも一度かわいいウソをついてみませんか。」
「ウソをつくのかね。」
「ウソにも悪いものばかりではありません。このウソの責任は、私がお持ちいたします。」
「そうか、そうなのかね。ではそなたを信じよう。」
そして少女は引き返す。
穴の底へと小さなウソを抱えて、歩く