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竜王陛下の逆鱗サマ  作者: しきみ彰
第三部 狗姫は主人に忠誠を誓う

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6.相談

お知らせです。

「竜王陛下の逆鱗サマ」コミックス一巻、本日発売です!

また本日より更新再開させていただきます。

週1〜2回更新を目標に更新していきたいと思います。

どうぞよろしくお願いします。

 その日の夜、瑞英ルェイイン鈴麗リンリー鈴玉リンユーたちに肌や髪の手入れや全身の指圧などをしてもらいながら、礼部侍郎・雪蘭シュエランから教えてもらった炎武祭の概要を脳内で確認していた。


 まず炎武祭の会場は、王宮の少し外れにある円形闘技場だ。

 円柱状の強大な闘技場で、上は吹き抜けになっており、真ん中の最下層部分で参加者となる武官たちが各々戦い、しのぎを削るらしい。

 観客席が用意されており、瑞英たち獣妃は当日、その観客席の中でも一番見晴らしが良い場所で戦いの行方を見守るそうだ。


 そして舞手である瑞英と、兎妃・宇春ユーチェンが最下層部分に降りるのは、祭事の一番初め。開会式の最後らしい。


 どうやらこの舞には会場の邪気を祓うという、浄めの意味も込められているらしく、結構重要視されているとのことだった。


 それを聞いた瑞英は、内心震える。


(失敗したら、雅文ヤーウェン様の顔に泥を塗ることになってしまう……)


 どんな理由であれ。

 そう、瑞英に贈り物をする口実にしようとしただとか、綺麗な衣を着ている瑞英を見たいだとか……そこにいかなる下心があれど、任命したのは竜王・雅文だ。瑞英の評価が先日起きた謎の病の件で上がったとはいえ、ここで祭事を台無しにするようなことをすればすぐに評価は下がってしまう。


 以前言ったように、瑞英は雅文の欠点にはなりたくなかった。

 それは、彼と過ごす時間が日増しに増えていくごとに強くなっている。


(だからまずは、舞をちゃんと成功させること……これが、わたしが今やるべきこと)


 そのためには、今よりもっと精度を上げる必要がある。つまり特訓が必要なのだ。

 瑞英は改めてそう確認した。


 瑞英は昔から先のことを考えすぎる面があるため、余裕があるときに一度優先順位をつけて、やるべきことを整理するのが日課になっている。でないと色々なことに手をつけたくなってしまい、結局何もできない、なんていうことになるからだ。


 そのせいで、母から何度注意されたことか。

 そのときのことを思い出して、瑞英は少し遠い目をする。


 しかしあのときの経験があるからこそ、今こうして瑞英の力になっているのだ。なので瑞英は最優先事項に「炎武祭の舞の特訓」と頭の中に書き込んだ。


 次に気になっているのは、雅文のこと。


(炎武祭の最後を飾るのは、勝ち抜いた武官と雅文様による戦闘なんだよね)


 それを聞いたときに、瑞英は改めて思ったのだ。――「雅文様は、負けたときのことを考えて不安にならないのか?」と。


 雪蘭の話を聞くに、どうやら竜族の過激派たちは炎武祭のこの制度を使って、竜王に下剋上をしようと思っているらしい。確かに雅文と面と向かって戦える機会はここでしかなく、現状に不満を持つ面々にとっては絶好の機会だった。


 そして竜族は、強者を讃える種族だ。そんな彼らとしても、いくら祭事とはいえ竜王側が負ければ、上をすげ替えざるを得ないという。

 それを聞いたとき、瑞英は凄まじい重圧に眩暈がした。


(雅文様は、不安にならないのかな)


 そしてそんな雅文を応援するために、何か自分にできることはないだろうか。

 そう、瑞英は思う。


 しかしそのようなことを考えること自体が、雅文に対して失礼に値するのではないか、とか。そもそも本人に確認する前に瑞英が不安になってどうするんだ、とか一人悶々考えてしまい、瑞英の頭の中はぐちゃぐちゃになる。

 こういうときは、自分一人だけで悩んでいたとしても、解決しないときだ。


(こんなことを相談するのは気が引けるけど……でも気にしていたら絶対、炎武祭の踊りに響くから……!)


 そう言い訳をして、瑞英は寝る前にふみをしたためる。

 その送り先は、猫妃と兎妃。


 文面は、お茶会へのお誘いだ。



 *



 翌日の午前中。

 瑞英は訓練の合間を縫って、猫妃・夢花モンファと兎妃・宇春ユーチェンを誘い客間で茶会を開いていた。


 昨日の今日の呼びかけにも関わらず二人は二つ返事で了承してくれ、今に至っている。

 そのことに感謝しつつ、瑞英は茶会の主催者として二人に茶菓子を振る舞った。


 用意してもらったのは、桃の氷菓子と温かい緑茶だ。

 うんと冷えた桃の氷菓子は、口に含むととても舌触り滑らかだ。それを凍らせてあるため、とろけて一瞬でなくなってしまう。しかし桃独特の香りがふわりと鼻を抜けて通り、冷たさとあいまって体の熱を取ってくれた。

 少し冷えすぎたかな? と思った頃に緑茶を含むと、清涼感ある緑の香りが広がり、ホッとする。

 それは二人とも同じだったようで、嬉しそうな顔をしてひと匙ずつ口に含んでいた。


 暑い気候の中、冷たい氷菓子を食べつつ、温かい緑茶で体を温める。

 凄まじい贅沢だなと思いながら、瑞英は早速話を切り出した。


「ええっと……お話ししても、大丈夫でしょうか?」

「ええ、もちろんでしてよ!」

「はい」


 二人の了承を得てから、瑞英は呼び出した理由を語る。


「お二人をお呼びしたのは、その、ですね……実を言いますと、少し悩んでいまして」

「何にですか?」

「……炎武祭で戦われる陛下のために何かしてあげたいのですが、何をしたら良いのか分からなくて、ですね……」


 そう言えば、二妃はきょとんと目を丸くする。


「ええっと……瑞英様は、陛下が敗退されるかもしれないことに、不安を覚えておられるのでしょうか?」

「そ、そうです。というより、凄まじい重圧だなと思いまして……」


 瑞英が言うことに、宇春は少なからず理解を示してくれたが、夢花は何を不安がっているのかさっぱり分からないらしい。珍しく口を挟むことなく、しきりに首を捻っている。


(そ、そうだよね……そもそもこんなに心配しているのがおかしいというかなんというか……)


 瑞英も、心配すること自体がお門違いだということは分かっているのだ。

 なのにどうしてこんなにも不安な気持ちになっているのか、自分も知りたいくらいだ。


 そう言葉に詰まりながらも言えば、二人は顔を合わせてにこにこする。


「それは……恋をしているからでは?」

「それは……恋をしているからでしょう?」

「うぐっ」


 二人揃ってそう言われ、瑞英は喉を詰まらせた。

 しかし二人の追撃は続く。


「だってわたしは一度も、そのようなことを考えたことがありませんでした」

「ええ、ええ、そうですわ。竜王陛下は最強の獣族ですもの。勝って当然だと思うのが普通です」

「はい。心配することそのものが烏滸がましい……というより、そのような考えになることすらありません」

「わたくしもそう思いますわ。瑞英様が陛下のことを気にかけてしまうのは、陛下の内面を含めて理解されているからではありませんこと?」

「だと思います。陛下と同じ位置を見始めたからこそ、その重圧の大きさと陛下の立ち位置を悟って、心を痛めているのではないでしょうか?」


 ずばずばという音がしそうな勢いで、二妃は瑞英のことを冷静に分析してくる。

 こういうときの夢花は本当に鋭くて、瑞英は縮こまるしかなかった。


 それと同時に、頭の片隅にいたもう一人の自分が「その通りだ」と納得してもいる。


(そっか、わたし……雅文様にだんだんと近づけているんだ)


 鳥族が攻め込んできた『再枴(さいかい)の役』の一件、そして謎の病を解決したことを経て、瑞英は確かに成長した。あの頃抱いていた「守られるだけでは嫌だ」という気持ちは未だにあるが、今は確かに守られているだけの存在ではなくなってきたように思う。


 それでも今自分が抱いている感情に愛だの恋だのと名付けるのを、瑞英は何故か躊躇っていた。


 そう素直に話せば、宇春は少し考える素振りを見せてから、口を開く。


「……瑞英様はおそらく、ご自身が陛下と同じだけの愛を陛下に返せないと、そう考えてしまっているのでは?」

「………………あ…………」

「その、陛下は瑞英様のことを、本当に心の底から愛しておいでですから……」

「そ、それです」


 すとんと胸に落ちる感覚に、瑞英は何度も頷いた。


(だって、わたしの目から見てもすごくあ……愛してくださっているのに、あれと同じだけの愛を返せるかと考えると……)


 とてもではないが無理だと、瑞英は思う。

 雅文と同じような行動を自分にもできるかと考えたら、まあできない。

 しかし瑞英なりに、雅文と歩み寄りたいと思っていることは事実で。

 その違いに、いまいちこれが恋心だと自覚しきれていないのだと、宇春に指摘され気付かされた。


「陛下がくださるのと同じだけのものを返せるかと言われると、わたしには難しくて。そしてわたしが知る一番の愛は陛下からの愛なので……自分のそれとは違うなと思ってしまっているんです」


 そう呟けば、宇春は納得したように数回頷いた。

 その一方で、夢花は首をかしげる。


「あの、瑞英様。これはあくまでわたくしの考えになりますけれど……」

「はい」

「……同じだけのものを返せないと、愛していると言えないんですの?」

「……え?」


 思っても見なかった返答に、瑞英は動揺した。

 しかし夢花は真面目な顔をして続ける。


「わたくしなら、わたくしがお慕いしている方がわたくしのことを好いてくださっただけで、飛び上がるくらい嬉しいです。だって想いが通じたんですもの。それだけで十分だと思いませんこと?」

「そ、そうでしょうか……」

「そうですわ。それに、同じだけのものが返ってくることを求めたわけじゃありませんもの。むしろ控えめな方なら、その控えめな部分も含めて愛しているのです。無理をしてまで同じものを返されたら、逆に困ってしまいますわ」

「……な、なる、ほど……」

「瑞英様が陛下のことを心配されたというなら、瑞英様なりのものを返してくだされば良いのです。たとえば、言葉をかけるですとか。お守りのようなものを手作りして贈るですとか。その気持ちだけで、嬉しいものですわ」


 夢花の紡いだ言葉が、ゆっくりと瑞英の中に沁みていく。

 確かにそういう考えもあるなと、納得できた。

 一方の夢花は「あくまでわたくしの考えですから、陛下に伺うのが一番良いかと思いますけどね」とあっけらかんとしている。


 しかし救われたのは事実で。

 瑞英は改めて、鼠族領から出て、竜族領にやってこれて良かったと、心の底から思った。


(じゃないと、互いの意見を言い合えるこんなに素敵な友人はできなかった)


 だが、恋の話はおろかまともな相談事を友人にしたのが初めてだったせいか、だんだん恥ずかしさが勝ってくる。

 そのため、瑞英は早口で礼を言う。


「そ、その。お忙しい中集まってくださり、本当にありがとうございます……! 陛下に何をするかは、わたしがわたしなりに考えてみようと思います。……そして相談事がこんな話で、申し訳ありません……」

「いえいえ。とても良い息抜きになりました。今日の楽しい気持ちを思い出しながら舞を練習すれば、もっと上達しそうです」


(うう……! 宇春様、さりげなくわたしのやらかしをいいように転換してくださっている……っ)


 その気配りが本当にありがたい。

 そして夢花も、ふふんとした顔をして頷いた。


「そうですわ、お役目ばかりに集中しておりますと、途中で集中力が切れて本番で良い結果が出せませんもの。むしろ良い機会でしたわ」

「そう言っていただけるとありがたいです……」


 そう謝礼の言葉を述べた瑞英だったが、『本番』という単語を聞いてあることを思い出す。


「そ、そういえば……夢花様」

「なんですの?」

「炎武祭に参加することになったと伺ったのですが……本当ですか……?」

「本当でしてよ?」

「………………」


 そうか。できたら冗談だったと言って欲しかった。

 瑞英と宇春は思わず、二人揃って同じような遠い目をする。

 しかしこれだけは聞いておかないと、と瑞英は勇気を振り絞った。


「そ、の。佩芳ベイファン様も一緒に参加することになったとも聞いたのですが……仲良くやれています?」

「もちろんですわ。お互い炎武祭に向けて日々、鍛錬を積んでおりましてよ」

「……………本当に? 本当に本当に本当に……大丈夫、です……?」


 念を押す瑞英に、夢花は不敵な笑みを浮かべ、胸元に手を当てて一言。


「もちろん、大丈夫ですわ!」


 そう、自信満々に言ったのだった――

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