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竜王陛下の逆鱗サマ  作者: しきみ彰
第三部 狗姫は主人に忠誠を誓う
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4.火花

 瑞英ルェイイン宇春ユーチェンが、礼部宮で話し合いをしている中。


 夢花モンファ佩芳ベイファンも、仕事をしていた。


 向かった先は兵部宮。

 訓練に参加していたときと変わらない行動である。場所も訓練場と変わらないだけあり、夢花の気分もあまり上がらない。


 しかし向かった先にいたのは、兵部尚書・栄仁ロンレンだけではなかった。


「……なんだかお固そうな竜族の方がおりますのね」


 夢花は侍女に向かってそう言う。

 侍女は無言のまま頷いた。


 夢花が視線を向ける先にいるのは、長身の竜族だ。

 ほつれることのない薄緑色の髪に、目つきの悪い同色の瞳。竜族らしく見目も麗しいし肌も白かった。全体的に細身に見えるが、その眼光のせいか近寄りがたい空気をまとっている。髪をまとめることもせず、ただ流しているだけのそっけなさも、彼の性格を表しているかのようだった。


 そんな竜族が白い官服を着て腕を組んでいるのだから、威圧感はかなりのものだった。


 訓練場にいる他の官吏たちでさえ、表情を引きつらせている。

 夢花はそれを見て、「この方が、礼部尚書の緑仙リューシエン様かしら」と考えた。


 近づくに連れて、彼の威圧感は夢花のことを突き刺してくるようになる。

 できる限りなんでもない風を装いながら、夢花は尚書たちの前に立ち挨拶をした。


「ご機嫌麗しゅう、兵部尚書。礼部尚書」

「ええ。よく来てくださいました。猫妃様」

「……お初に御目文字仕りますな、猫妃様。礼部尚書の緑仙です。以後良しなに」

「こちらこそ、よろしくお願いいたしますわ」


 佩芳のほうも、かなりそっけないが挨拶をする。

 夢花は思わず殴りたくなったが、なんとかこらえた。殴るとまで行かずとも、怒鳴り散らしたい気分だ。


 どうしてこんな女と、一緒に仕事をしなくてはならないのかしら。まったく楽しくありませんわ。


 夢花は笑みが引きつっていることを自覚したまま、栄仁に促され前に立つ。

 それを確認すると同時に、緑仙が声を張り上げた。


「これより、炎武祭で戦うことになる武官を発表する。今年も部隊の中で一番強い者を選んだ。呼ばれた者は前に出るように」

「……は?」


 しかし予想とは違う緑仙からの言葉に、夢花はぽかんと口を開けてしまった。

 それを聞いた緑仙が、胡乱げな眼差しを向ける。


「猫妃様。何か気に入らないことでも?」

「気に入らないも何も……わたくしてっきり、武官は毎年違う者を選んでいるのかも思っておりましたわ」

「ここは竜宮です。強者を優先させるのは当たり前ですが」

「確かにそうですけど、炎武祭は一種の見せ物なのでしょう。強者が毎年毎年変わるとは思えませんし、同じ相手の戦いを見て何が楽しいんですの? 変えたほうがいいと思いますわ。そのほうが炎武祭も、ぱあっと華やぎますし。なにごとにも花は必要ではありませんこと?」

「……つまり、礼部の意見に不服があると。そういうことでしょうか」


 夢花がきっぱりとした口調でそう言うと、緑仙が険しい顔をする。目つきが悪い上に上から睨んでくるものだから、威圧感はかなりのものだった。


 しかし夢花としては、そこに違和感を覚えるのだ。


 だってこれ、見せ物でもあるのでしょう? 同じ相手とばかり戦われても、観客が楽しめませんわ。


 夢花の先ほどの言を否定しないと言うことは、参加する武官は毎年ほぼ変わらないということになる。夢花が観客ならば、そんなのを見ても楽しくない。どちらが勝つのかだいたい読めてしまうからだ。


 突然起きた猫妃と礼部尚書の言い合いに、武官たちは「何が始まったのか」とざわついた。その中には波浪ポーランもおり、夢花が喧嘩を売ったのを見て大笑いしていた。

 佩芳はというと、「この女は何を言っているんだ」と言った様子で呆れている。

 栄仁は、表情を引きつらせていた。


 しかし、一度走り出した夢花が止まることはない。

 彼女は緑仙の視線に負けぬように、自身もつり目をさらに吊り上げて反論する。


「ええ。不服があります。炎武祭は竜宮でおこなわれる慣例行事であり、見せ物ですわ。観客のためにも、変えるのが道理です」

「……猫妃様は分かっていらっしゃらないようなので言わせていただきますが、この行事はただの行事ではありません。竜宮でおこなわれる由緒正しき祭事です。そこには伝統があります。竜族は強者を讃える獣族であり、それゆえに繁栄してきました。それを大したことのない事情でくつがえすことなど……馬鹿馬鹿しい」

「……なんですって?」


 馬鹿馬鹿しいという言葉を聞き、夢花は肩を怒らせた。

 すると、それを見守っていた栄仁が「まあまあ」と言いながら止めに入る。


「猫妃様。炎武祭まであまり時間がないんです。今回はこのままということで、その怒りをおさめてはくれませんかね……?」

「嫌ですわ。邪魔しないでくださいまし」

「え……」


 たしなめてくる栄仁の言葉をすっぱりと断ち切ったのを見て、官吏たちが戦慄した。

 そして皆口々に、「やばいぞ、あのお妃様。あの礼部尚書に喧嘩売るだけでなく、兵部尚書の言葉すら叩き切りやがった」と言い合う。他にも様々なつぶやきが、訓練場に響き渡った。


 そんな騒ぎの中、夢花は緑仙の前に仁王立ち睨みつける。


「これだけは言わせていただきますわ。礼部尚書。あなたは伝統だのなんだのと仰いますけど、今この場にいる武官を見てもそれが言えますの? ここにいるのは竜族だけではありませんわ。他の獣族だっているのです。にもかかわらず竜族だけの価値観ですべてを推し量るのは、危ういと思いますわ」

「……ここにいる武官たちとて、強き者同士が戦っている様を見たほうが楽しいでしょう」

「聞いてもいないのに、勝手に決めつけるのが良くないと。そう言っているのですわ。ならば聞きますけど、礼部尚書は祭事のたびに、官吏たちからの意見を聞きます? それを取り入れますの?」

「祭事についてはすべて礼部が決めることです。礼部の官吏ならいざ知らず、なぜ他の管理からの意見を取り入れなくてはならないのでしょう」

「当たり前ですわ! 祭事というのは、管理をする者たちだけでなく参加する者たちと一緒に作り上げるものですのよ!? 問題があれば解決し、良い意見があれば取り入れ、多くの人に楽しんでもらうのが祭事ですわ!」


 夢花がそう主張すると、緑仙はやれやれと首を振った。そして「もう話すことはない」と言わんばかりに視線を逸らす。


「どうやら、猫妃様とわたしとでは、意見が合わないようですね。今更予定を変えるわけにもいきませんので、今回はこのまま話を進めさせていただきます」


 夢花はそれを見て、怒りの沸点が振り切れた。


「意見が合わないのではなく、取り入れる気がないだけではありませんこと? 随分とご高尚な存在なのですね。礼部というものは」


 そう嫌味ったらしく言ってやれば、緑仙の柳眉がぴくりと動いた。そして、嘲笑とも取れるような笑みを浮かべる。


「……ならば、こうしませんか? 今回の武闘会に、お妃方おふたりが参加する、というのは。さぞや、華のある戦いっぷりを見せてくれるのでしょうね」

「……あら、良い考えですのね?」


 嫌味たっぷりの緑仙に負けじと、夢花も挑発的に返してやった。

 それを見て嫌な顔をしたのは佩芳だ。「なんでわたしを巻き込むのだ」と口にするが、残念なことにふたりには聞こえていないようだ。

 むしろそのままとんとん拍子で話が進んでいく。


「では、今回の武闘会にはこれから読み上げる武官たちとは別に、お二方にも参加していただく、ということで」

「構いませんわ。妃が炎武祭の武闘会に参加するなど、前例がありませんもの。観客も楽しんでくださいますわ」


 緑仙は薄っすらと笑ったままそう言ってきた。それに対し夢花は、満面の笑みを浮かべて言い返す。


 普段とは違う武闘会になるということを察し、武官たちはひときわ騒ぎ始めた。

 そんな騒がしさの中、波浪が腹を抱えて笑いながらぽつりとつぶやく。


「そういう横暴なところ、ほんと閣下に似てるわ……っ」


 そのつぶやきは、当の夢花に届くことなく消えていく。

 ふたりがばちばちと火花を散らせる中、栄仁が頭を抱えて呻いた。


「勘弁して欲しい……これ以上俺の胃が痛くなるようなことが起こったら、倒れちゃう。俺でも倒れたくなっちゃう……っ」


 そんな兵部尚書の悲痛な叫びは、誰にも届かなかったようだ。


 これぞまさしく、売り言葉に買い言葉である。


 それから礼部尚書が、官吏たちの名を読み上げるのを聞きながら、夢花は闘志を募らせる。


 今回の武闘会。勝ちまくって勝ちまくって、赤っ恥をかかせてやりますわ……!!






 ――それから少しして、夢花は武官たちの間で「猪突猛進妃」「猫の皮を被った猪姫」などと呼ばれるようになるのだが。

 それはまた別の話である。

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