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竜王陛下の逆鱗サマ  作者: しきみ彰
第三部 狗姫は主人に忠誠を誓う
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2.弁舌

 そんな説明を終えた後、瑞英ルェイイン宇春ユーチェンは竜族の侍従・美雨メイユイの案内で、礼部宮に来ていた。

 その道中で一応日が当たるということで、瑞英と宇春は万全の態勢で外に出ている。日差しが照りつける区画に差し掛かると、狗族の侍女・鈴麗リンリーが、傘を差してくれた。


「ありがとう、鈴麗」

「いえいえ。お部屋に戻りましたら、鈴玉リンユーが冷たいお茶と氷菓子を用意して待ってますから、頑張りましょうっ!」

「うん。楽しみにしてる」


 そんなやり取りを優しい眼差しで見守りながら、美雨が指を指す。そこには、ほのかに翡翠色を帯びた宮殿があった。日の光が強いせいか、いつもより緑が明るく見える。そのときそのときで色味が違って見えるとは不思議なものだと、瑞英は感心した。


「あそこが礼部宮です。六部はそれぞれひとつ宮殿が与えられるのですよ。それだけ、六部の力が強いということが分かるのではないかと」

「へー……」

「礼部は外交面なども担当しておりますので、関わっておいて損はないかと思います」

「そうなんだ」

「はい。竜族領に配置された支部との仲介役を担っているのも、ここなのです。正直に申しましてわたくしとしては、今回このような機会が設けられたことを心より嬉しく思いました」


 美雨はそう言い、微笑む。彼女の瞳がかすかに揺れるのを見て、瑞英も微笑んだ。美雨は本当に、瑞英にはもったいないくらい良い侍従である。


 美雨の髪がきらきら輝くのを追いながら、瑞英はふう、と息を吐き出した。そんな瑞英を見て、宇春がくすくす笑う。


「瑞英様はもしかして、緊張しているのですか?」

「緊張しますよ。お仕事の話ですし……わたしは演舞を踊った経験どころか、踊ったことすらありませんし」

「まあ。意外でした。動きに機敏があるので、踊りは得意なのかと」

「あは、あはは……」


 瑞英は思わず苦笑いをする。

 幼馴染であり侍女でもある藍藍ランランが、肩を震わせるのが見えた。瑞英はそれをジト目で見つつ、ため息を吐く。


「そもそも鼠族ですから。踊りを学ぶ機会など……ありませんよね」

「そうだったのですね」


 宇春は感心したように頷いた。何に感心されたのかは不明だが、まあ良いかと瑞英は投げやりになる。


(お妃様って本当に大変なんだなぁ……)


 瑞英は改めてそう感じた。既に来年も同じことをするというのが決まっている以上、ある程度覚えておかなければ瑞英自身が苦しむ。

 幸い記憶力には自信があるし、運動もそこそこできるため、今回なんとか習得しようと思っていた。


 そんな瑞英を見て、美雨はつぶやく。


「それにしても。今回会う相手が礼部侍郎のほうで本当に良かったと。そう思いました」

「……そうなの?」

「はい。これは周知の事実ですので言わせていただきますが、礼部の尚書と侍郎は夫婦なのです」

「え」

「他にも、兵部の尚書と侍郎が夫婦関係にあります。竜族を止められるのはその伴侶くらいなので、昔から良くそのようになるのですよ。それに、同程度の実力を持つ者が多いですし」

「なるほどね」


 しかし、なぜそれが「礼部侍郎で良かった」につながるのか、残念なことにさっぱり分からない。

 思わず首を傾げていると、美雨は肩をすくめた。


「その。礼部尚書は、かなりの堅物なのです。それゆえに礼部という、伝統を重んじる部署の上官になれたのですが、いささか獣人ひとを選ぶ性格をしておりまして。その一方で礼部侍郎のほうは、良い具合に真逆の性格をしているのです。ゆっくりとなだめるような、優しい方ですよ」

「それを聞いて、ちょっとホッとした」

「それはようございました」


 美雨は嬉しそうに、笑みを浮かべた。


「その上礼部侍郎は礼部尚書のほうを黙らせるくらいの力を持っていますので、仲良くなっておいて損はありません。何かあれば通訳もしてくれますからね」

「つ、通訳……?」


 どういうことなのだろうか。それは。

 瑞英はさらに分からなくなってしまった。

 しかし聞いても良いことがなさそうなので、そっと目を逸らすことにする。


(どんな方なんだろう……やっぱり少しドキドキする)


 そんなことを考えながら。

 瑞英は礼部宮へと足を踏み入れた。


 礼部宮の中は、竜宮の内部とは違い、どこもかしこも白かった。いや、象牙色とでもいうべきだろうか。床に敷かれた絨毯も、壁も、装飾品も白系統でまとめられており、瑞英は目を瞬かせる。


(白いのに、あんまり目が痛くない……)


 どうやら、白一色ではなく別の色が混じった白を使っているから、柔らかく見えるようだ。なかなか凝ってるなーと瑞英は感心した。


 その中の一室に案内された瑞英は、中で待ち受ける竜族の女を見て目を見開く。

 彼女の髪も、雪のように美しい白銀をしていたのだ。

 女は流れるような動きで起拝の礼を取ると、立ち上がり柔らかく微笑む。淡い水色の瞳が、緩やかに弧を描いた。


「はじめまして。礼部宮にようこそいらっしゃいました。わたしが、礼部侍郎の雪蘭シュエラン、と申します。よろしくお願いしますね?」


 雪蘭がにっこりと微笑むと、彼女のくせっ毛がふわりと揺れる。

 ゆったりとした口調といい、穏やかな佇まいといい。何もかもがほんわかしていて、瑞英はこの竜族が本当に侍郎なのかと、そう疑ってしまった。


(雪蘭様……その名の通り、雪のような獣人ひとだなぁ)


 存在そのものが雪だと言われても驚かないほど、雪蘭が白いのも原因だ。肌も白く陶器のようで、着ている官服も白い。しかし竜族らしい空気はしっかりとあって、なんだか不思議だなぁと瑞英は思った。


 瑞英と宇春がそれぞれ挨拶をすると、席に座るよう促される。

 瑞英はおそるおそる、椅子に腰掛けた。


「さてさて。今年からはお妃様がいらっしゃるから、普段よりも華やかになりますね〜」

「いやいや、そんな……」

「そんなことない、だなんてことのほうがないですよ。だって炎武祭は殿方のお祭り、みたいに言われていますけど、その実とても暑苦しいですし。まったく。我ら礼部が一体どれだけの労力をかけて、涼しく華やかに見えるよう努力していると思っているんでしょう。美雨もそうは思いませんか?」

「……わたくしに話しかけられましても困るのですが」


 美雨が曖昧な笑みを浮かべると、雪蘭は首をかしげる。


「侍従だからと、遠慮しているのですか? 大丈夫です! この場にはわたしと、お妃様方しかいませんよ!」

「いえ。主人の面前で羽目を外すなど、わたくしにはできません」

「もう。昔から変わらないのですね。そういうところは、いつになっても固いです」

「……えーっと」


 瑞英は、美雨を仰ぎ見た。

 すると美雨は「申し訳ありません」と謝罪をしつつ、うなだれる。


「……雪蘭はわたくしと同期なのです。そのためその……仲良くさせていただいたと言いますか……」

「仲良く、なんてものじゃないです! 親友ですよわたしたちは!」

「……あの。時間がありませんので、早めに本題に入っていただけませんか? 話が脱線して世間話になってしまうのは、雪蘭の悪いところかと存じますが」


 温度差を感じるやり取りを見つつ、瑞英はひとり感心する。


(あの美雨が……あの美雨が、押し負けている……!?)


 怒らせると怖い美雨が。生真面目な美雨が。ほんわか系の美女に押し負けていた。

 今も、どうしたらいいのか分からないのか、うなだれている。

 瑞英は珍しいものを見れたと、少しだけ楽しくなった。


 そうこうしている間に美雨いじりを終えたのか、雪蘭が「さて」と言い手を叩く。


「脱線してしまって、本当に申し訳ありません。本題に移りましょうね〜」


 そう切り出し。

 雪蘭は真面目な顔になった。


「今回お妃様方にやっていただきたいのは、演舞なのです。演舞は毎年開会式の際にやっている伝統芸能で、一番の花と言っても過言ではない見せ物。そしてこれは慣例として、お妃様方がいればお妃様方にやっていただくものなのです」

「は、はい。それは幸倪シンニー様から聞きました」

「それは良かった。ところでお二方は、踊りは得意ですか?」


 それを聞き、瑞英は首を横に振り。

 宇春は、首を縦に振った。

 真逆の態度である。

 それを見た雪蘭は、くすくすと笑った。


「鼠妃様は、何が苦手ですか?」

「いえ、その……お恥ずかしい話なのですが……そもそも、踊ったことがないのです」

「まぁ……ならば、体を動かすことも苦手ですか?」

「いえ、それは得意です。比較的」


 雪蘭は瑞英から情報を引き出しつつ、うんうんと頷く。


「この演舞はそこまで難しいものではありませんし、体を動かすことが得意だというならばきっと大丈夫です。むしろ逆に心配なのが、兎妃様のほうでして」

「……わたし、ですか?」

「はい。先ほども言いましたように、演舞は竜族の伝統芸能です。ゆえに、少し癖があります。兎族領で教わっていたものとは、毛色が違うかもしれません」

「ああ、なるほど」

「はい。なので、何も知らない鼠妃様のほうが、意外と早く覚えられるかもしれませんね」


 瑞英は雪蘭の話を聞いて、ぞくりとした。それは、刑部尚書である美紫メイズと話したときと、似た感覚をした悪寒である。


(今、相手から情報を引き出しつつ、予測したよね……?)


 あまりにも自然な対応だったため軽く答えてしまったが、なるほど。確かに彼女は実力者だ。瑞英はそう思う。

 ゆったりとした口調をしているため気を抜きがちだが、相手から的確な情報を聞き出していた。外交においてそれは、何にも変えがたい力であろう。美雨が押し負けていたときからすごいと思っていたが、それ以上かもしれない。


(雪蘭様、おそるべし)


 雪蘭に対する瑞英の第一印象は、その一言だった。

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