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竜王陛下の逆鱗サマ  作者: しきみ彰
第二部 兎は月に花を隠す
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番外編4 兵部尚書は愚痴を吐く

 酒瓶からそのまま酒を注ぎながら、兵部尚書・栄仁ロンレンはため息をもらす。

 注いだ酒を一気にあおれば、そばにいた幼馴染であり太尉たいいでもある幸倪シンニーが呆れた視線を向けてきた。


「飲み過ぎだ。明日も仕事があるんだろう」

「うるせえ。飲んでないとやってられんわ」


 酔いつぶれる栄仁を見て、無理矢理ヤケ酒に付き合わされた雅文ヤーウェンは、感慨深そうに頷いた。


「栄仁は昔から、嫌なことがあると酒を飲んで忘れようとするな」

「本当に。お前のそういうところ、治したほうが良いと思うぞ?」

「うっさいわ。治せるもんなら治してるっつーの」


 栄仁はふてくされる。それは、自覚があるからこその態度だった。

 だからこそ彼はこうして、自身の部屋に幼馴染ふたりを連れ込み酒を飲んでいるのだから。


 それは、兵部の訓練に猫妃と狗妃が参加し始めてから、少し経った頃の話である。

 彼女たちが参加し始めてから、武官たちからの不満がいくつも上がり、栄仁は連日その対応に見舞われていたのだ。


 主に不満があがるのは、狗妃・佩芳ベイファンへのものだ。しかもその不満を訴える者たちは皆狗族の武官だというから、どうしようもない。栄仁だけにどうにかできる程度の確執ではないのだ。


 俺にどうしろっていうんだよ……どうしようもできないのは分かってんだから、自分らの意識を変えようとか考えてくれよ……。


まあ、それが無理なことはよく分かっている。ただ言いたくなるのだ。仕方ない。


 狗妃を訓練に参加させるということは、雅文が最終的に決定したことだ。そうそう簡単に覆せるものではない。ただ嫌悪感を抱いているだけで「訓練に参加するな」という理由で、狗妃の存在をダメだと判断するわけにはいかないのだ。

 しかも、その不満をぶつけるためになのか訓練量が増えたせいか狗族の武官の実力がさらに上がり、それに引っ張られるように他の武官たちの士気向上にも繋がっているというのだから、たちが悪い。


 不満があるなら頼むから、それ相応の態度をとってくれ。ほんと。


 栄仁は、卓の上に突っ伏した。

 それを見た幸倪は、自身もちみちみと酒を舐めつつつぶやく。


「それにしてもまさか、狗族にそんな確執があるとは思わなかった。昔の記録では、そんな情報なかったが」

「最近らしいぜこれ。なんでも、三代前の王から始まった差別なんだと」


 栄仁は突っ伏したままそう答えた。一応、他の情報も仕入れていたのである。それを伝えるために開いた場でもあるが、「ただヤケ酒、もしくは愚痴に付き合ってもらいたい」という気持ちのほうが強い。

 酒をいくら飲んでも酔えない彼としては、愚痴る以外に方法がなかった。


「なんでも、その当時の王が排他的なやつでさ。弱いやつはうちの一族にいらねーって思考だったんだと。そっから始まったのが、弱者狩りだ。結果、多くの狗族が外に放り出される形になってるっつーわけ。狗族の気性として奉公制度ってのはかなーり前からあったらしいが、こんなにも増えたのはそういうわけらしい」

「なるほど。存外根が深いのだな」

「だなー雅文。俺としては可愛い部下たちの頼みだから、どうにかしてやりたいって気持ちはあるんだけど……狗妃を後宮入りさせた手前、そうと言ってらんねーんだろ?」

「……そうだな。すまない」

「お前が謝ることじゃねーよ。悪いのは全部、三代前の狗王だ」


 栄仁はそうつぶやき、むくりと起き上がった。そして髪を搔きあげわしゃわしゃと混ぜる。すると髪の毛が、まるで鳥の巣のようになってしまった。だらしないからやめろと、妻に言われそうだ。

 後で直そうと思いつつ、栄仁は腕を組む。


「で、評判が悪いのが今代狗王とその正妃らしい。特に正妃のほうが排他的で、自分の気に入らないことをした者は容赦なく殺すような残忍なんだとか」

「……狗妃である佩芳様は確か、側妃の子だったような気がするのだが」

「ええそうです。雅文様。佩芳様は側妃の子です。しかし、王族という立場ゆえに、同類として扱われているのではないかと」

「ああ、その通りだ幸倪。他の奴らからすれば、同列だよなぁ」


 これは竜族にも言えることだ。ゆえに竜族は、強者たる者を一番上に据えようとする。権威を見せるためだ。一番上に近しい者が悪行を働けば、特に何もしていない王族を見ても悪感情を抱いてしまうのが、普通なのである。

 しかしそれとは別の声も、本当に少数だが聞いていた。


 栄仁はその言葉を不思議に思いつつ、一応報告しておく。


「まあこんな感じに、評判は最悪なんだけどさ。ごくごく一部の狗族武官は、真逆のことを言ってるんだよな」

「……真逆?」

「ああ。なんでも、「今代の王族で悪いのはすべて王妃のみ。他の王族の方々は、悪くない」とかなんとか」


 栄仁はそう言い、話を聞いたときのことを思い出した。

 あまりにも数が多いので、数人まとめて聞いたのだ。そのときのひとりが、怒鳴り散らすようにそう言ったのである。普段は温厚で、それ相応のことがないと怒らない武官だっただけに、栄仁も驚いたのを覚えている。


 しかもあれは……つい口から出てしまった、的な感じだったな。


 そう。周りがあまりにも悪く言うから、たまらなくなり叫んでしまった、と言うような感じであったのだ。彼はその後黙り込み、「申し訳ありません。頭を冷やしてきます」と言って外へ出てしまった。

 他にそう言ってきた者たちも皆、周りの目を盗んだ上で「他言無用でお願いします」と念を押している。


 どうやら、自分たちが圧倒的少数なことを理解しているようだった。それと同時に、その発言があたかも本当であるかのような。そんな強い言葉の力を感じた。

 その点が引っかかっていた栄仁は、雅文の方を向く。そして、先ほどまで酒を飲んでいたなどと思えないほど真剣な表情をし言った。


「雅文。この件はかなり根が深いのは、聞いたお前も分かっているだろうが、俺的にはもっと別のもんがあるような気がするんだ」

「……わけはあるのか?」

「なんとなく、だが。ただ、違和感みたいなものを感じる」

「ふむ……」


 雅文はそう言い、腕を組んだ。顎に手を当て、神妙な顔をする。どうやら、栄仁の言うことを信じてくれているらしい。

 それに安堵していると、幸倪が口を開いた。


「幸倪。お前の意見はなんとなくだが分かる。わたしとしても、この件はおかしいと思うからな。だが、お前は何をしたいんだ。今回の目的は別に、そっちではないのだろう?」

「ああ。俺としては、部下たちと狗妃様が仲良くなってくれるっつーのが一番の目的であり、目標だな。でもさすがに、それを一気にやるわけにはいかない。だから、狗妃様に比較的良心的なやつからそれをやっていけないかって思ってるんだ」


 王妃だけが悪いのだと擁護した者たちは少なくとも、佩芳個人に悪意は向けていない。ならば、一歩踏み出すならそこからだろう。

 ただ同時に、この行為は多くの狗族武官たちから反感を食らうはずだ。そういうこともあり、擁護派の者たちが協力しにくい環境になっている。


 それと同時に、感じたのだ。佩芳はもしかしたら、他の武官たちのことを考えて距離を取っているのかもしれないと。


 だってさ。つまりだ。その横暴な王妃ってのは、王族が弱者と馴れ合っているのが嫌いなんだろ? で、狗妃様はたとえ離れていたとしても王族だ。なら、彼女のおこないが王妃の耳に入れば、王妃はさらなる暴挙をおこなうんじゃないのか?


 栄仁はそれを、大体感覚で理解していた。ただ、合っているような気がする。自身も昔は色々とやらかしたからだ。ゆえに、たとえそれが些細なことでも、癇に障ったのなら暴れるだけの理由になるのだ。


 栄仁は、まつりごとに関しての知識はほとんどないが、部下たちのためならばなんでもする。それが、彼の流儀だ。

 栄仁は背筋を正し、唇を噛む。


「お前たちも知ってるだろうが、俺は政に関してはてんでだめだ。武力行使ならばできるけどな。でも、部下たちを思う気持ちはどの尚書にだって負けない自信はある。だからこそ、お前たちにも協力して欲しいんだ。ただ、今回の件を竜族領で解決しようとしたら、もしかしたら狗族の王族たちを怒らせることになるかもしれない」


 そこまで言い切り、栄仁は息を整える。自分にしては、前置きが長くなっているという自覚があった。しかしそれだけ、不安なのだろう。

 そんな栄仁を、雅文はまっすぐ見返してくれた。

 その瞳に背中を押された彼は、ゆっくりと唇を開く。


「だから……これからそっちに、迷惑をかけるかもしれない。――それでも、いいか?」


 栄仁が確認するためにそう問うと、雅文は蒼玉のような瞳を瞬いた。そして首をかしげる。


「何を言うておるのだ。当たり前であろう?」


 栄仁が呆気に取られていると、幸倪も言う。彼は若干呆れていた。


「当たり前だ。それを引き受けるのがわたしたちの仕事なのだから。だからお前は黙って、自分のやりたいことをしろ。雅文様が、そんなに矮小に見えるのかお前」

「いや……ちげーけど……」

「栄仁。そなたが嫌いな政をおこなうのが、わたしの仕事だ。そしてそれぞれの尚書には、それぞれ得意なものがある。外交面はわたしと礼部の役割であろう? わたしから礼部尚書にも相談しておくから、そなたは案ずるな」

「雅文……」


 感動して目を潤ませる栄仁を見て、幸倪は片眉を吊り上げた。


「むしろお前はどうして、そういうところで勘が働くんだ。普段はまったくだめなくせに、よく分からないな」

「うるせー。自分でも自覚してらぁ」

「栄仁は、獣人たちの関係性に関して聡いのだろう。その上それを想像し、共感できる。わたしにはない強みだ」

「雅文……幸倪と違って、ほんといいやつだな……!」

「わたしと比較してどうするんだ……」


 幸倪が苦い顔をする中、栄仁はガバッと酒瓶をつかんだ。そして雅文の杯に並々と注ぐ。それを無理矢理雅文にもたせると、自分の杯にも酒を注いだ。ついでに幸倪のにも入れておく。


「心配事がひとつ消えたからすっきりしたぜ!! さー飲むぞー! 今日は朝まで飲み明かすぞー!!」

「何言っているんだ、明日も仕事があるんだぞお前……」


 幸倪は相変わらず真面目なことを言って栄仁を諭してくる。まるで妻のようだ。こんな妻こっちか願い下げだと、栄仁は内心思う。同時に、なんだか懐かしいなとも思った。

 気分が高揚しているせいか、何を言われても気にならないというのもあるが。


 若干出来上がっているふうになっている栄仁を眺めながら、雅文は幸倪をたしなめる。


「まあまあ。幸倪、良いではないか。それに栄仁は、滅多に酔わないがそこそこの時間になれば寝落ちる。朝になることはないぞ」

「いや、このアホを寝室にまで運ぶのはわたしなのですが……まあ、良いか」


 幸倪は、やれやれといった具合で杯を持つと、それを掲げる。

 三人が杯を掲げるのを合図に、ささやかな宴会が始まった。


 結果、雅文の言う通り栄仁は寝落ちし。幸倪に寝室に放り出され寝台で寝たのだが。

 次の日結局起きられず、妻である兵部侍郎にこんこんと説教をされたのは――また別の話である。

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