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竜王陛下の逆鱗サマ  作者: しきみ彰
第二部 兎は月に花を隠す
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21.玉香

 瑞英ルェイインとは、夜の森の中を歩いていた。お供は美雨メイユイ藍藍ランランだ。他の侍女たちには、屋敷に残って手伝いをしておいて欲しいと告げた。


 どうやら調合は夜通しでおこなうらしい。そのため軽食を作って届けて欲しかったのだ。長期戦になれば腹も空く。

 また、服を替えたり洗ったりといった雑務をする者も必要だ。気づきにくいそれらの支援を、やって欲しかったのである。


 医官たちはもとより、宇春ユーチェンと宇春の侍女たちのほとんどは皆、調合のほうに回った。それもあり、細やかな気配りができる侍女は必要不可欠なのである。


(あとで必ず、労っておかないと)


 いつも世話になっているのだ。彼女たちは本当に細かいことによく気づくので、瑞英は普段からとても助かっていた。竜宮に帰ったら、なにかをあげるのもいいかもしれない。


 そんなことを考えながら、瑞英は不安と戦っていた。

 彼女の胸にあるのは、二つの不安である。


 病は本当に治るのだろうか。

 牡丹はいまだ、咲いているのだろうか。


 気にしても仕方ないことなのに、それらはなくならない。特に前者は、瑞英がどうにかできる問題ではないのだ。彼女にできることは、国良たちを信じて牡丹を持って帰ること。ただそれだけだ。


(今日ほど、頼ることが怖いと感じることってないな……)


 それはおそらく、信頼性であろう。なぜならば、それをおこなっているのが自身の母なら、こんなにも不安にならないからである。

 瑞英はいまだに、国良を信じきれていなかった。


(でも彼は、雅文ヤーウェン様が信じた人だ。ならわたしも、信じて待とう)


 雅文は、無能を送ったりはしない。そこだけはなぜか信じられた。

 ゆえに瑞英は、雅文を通して国良を信じることを決めた。


 三人とも夜目が利くため、明かりなどはない。そちらのほうが効率が良いからだ。

 とはいうものの、やはり恐ろしい。歩く場所が森ゆえに、恐怖はなおさら増した。風が葉を揺らす音や何かが揺れる音が、妙に耳につくのだ。臆病者の瑞英は、びくびくしていた。


 こういうときに頼りになるのが藍藍だというのだから、不思議な話だ。


(普段はドジばっかりなんだけどな……)


 森で歩くことに慣れているためだろう。臆することなく、瑞英の隣りにぴたりと付いている。その態度に、瑞英は安堵した。目が合うと、にこりと笑う。どうやら、「大丈夫ですよ」と言いたいらしい。

 前方には美雨がおり、道案内をしてくれている。彼女には精霊が見えているからだ。


(情けないな……わたしは、妃なのに。みんなに支えられてばっかり)


 瑞英が主人なのに、侍女たちに支えられている。本来ならば瑞英が守る立場にいるはずなのだ。

 それがなんとも言えず、瑞英は苦い思いをする。

 今の瑞英には、何もかもが足りない。


 これじゃあ、雅文様を支えられない。


 それが悔しくて、情けなくて。瑞英は気を紛らわせるために、美雨の視線の先を見た。


(……何も見えないなぁ、やっぱり)


 精霊なる存在が見えたらなぁ、と思ったが、そんな日はこないようだ。残念極まりない。

 そんなことを思いながら進んでいると、ふわふわと蝶が飛んできた。


 例の、黒い蝶だ。

 しかしその姿が以前とは違いうっすらと輝いているのを見て、瑞英は息をのんだ。


「きれい……」

「この蝶は夜になると、光って見えるのです。曰く、暗闇の中で光る特殊な鱗粉をまき散らしながら飛んでいるからとか。それゆえに短命なのですよ」

「そうなんだ……」


 少しでも美しくあろうとするために、命を散らして飛ぶ蝶。

 その姿を見て瑞英は、「命が短いってことは別に、悪いことじゃないんだな」と思う。


 要は、生き方だ。短命であろうと自分の満足いく生き方さえできれば、悔いなく死ねるのだろう。


(この蝶みたいに生きられたらいいな)


 そんなことを思いながら、瑞英は美雨の後ろに続いた。


 歩くにつれて蝶が増え、幻想的でありながら妖しげな空気が漂ってくる。

 風が強く強く吹いてきた。


 風の壁を超えて少ししてから、牡丹の花園が見えてくる。


 大輪の牡丹はうっすらと光を帯びて、夜闇の中で咲き誇っていた。


 白と真紅、桃色。様々な色を持つ牡丹が浮かび上がる。それは完成された美しさは、荒らしがたい雰囲気が漂っている。


 緑王が「玉香ユーシャン」という名をつけたくなる理由も分かる。玉のような、香り高い花だ。


(そういえば、花の王なんて呼ばれてるんだっけ)


 気品が高く豪奢な花らしい、呼び名だ。

 美しいが近寄りがたい。そんな花の王らしい姿は、どこか雅文を彷彿とさせた。


(昼間見たときも綺麗な場所だと思ったけど、夜はもっと綺麗……)


 それを感じていたのはどうやら、瑞英だけではなかったらしい。美雨も藍藍も、その光景にぼう、と見つめていた。


「どうやら、蝶の鱗粉をまとって、輝いているようですね……」


 いまだ冷めない熱を抱えながら、美雨がつぶやく。瑞英も頷いた。美しすぎて、壊したくない気持ちのほうが強くなってしまったのだ。

 ゆえにこの花を摘んで荒らすということは、なんとなく躊躇われた。


 しかしこの花が、精霊たちによって無理矢理咲いているのだとすれば、摘まないわけにはいかない。瑞英は宇春から借りた鋏を手に持ち、恐る恐る花に手をかけた。


 取るのは花と根である。


 牡丹は昔から、その根が生薬として使われていた。そのため本来の目的は牡丹の根を抜いて取ることなのだが、今回は違った。国良に「花も摘んできてほしい」と言われていたのである。


 三人はとにかく無心で作業をした。

 根はまとめてから持ってきていた布に包み、花は花束のように腕に抱える。

 重たいものはすべて美雨が引き受けてくれた。よって瑞英と藍藍は、花を腕いっぱいに抱えることになる。


 ひと通りの作業が終わった頃、花園は半分ほどなくなっていた。

 しかし荒らされてもなお、花は気高く咲き続ける。


 瑞英は最後にその光景を記憶に焼き付けようと、あらためて牡丹の花園を見つめた。


 そのときだ。


 ――あり、がとう。


 風に乗って、そんな声が聞こえてきた。


「え?」


 瑞英が目を見開くと同時に、声が再び響く。


 ――ありがとう、姫様。

 ――気づいてくれて。救ってくれて。

 ――ありがとう、姫様。

 ――氷の君と、これからも支えてあげて。

 ――ありがとう、愛おしい方。


 声はいくつも聞こえてきた。どこから聞こえてくるのか分からない。しかし確かに聞こえるのだ。透けるような、美しい声が。


 瞬間、一陣の風が吹く。

 とてもとても強い風だ。その風は牡丹を中心にして渦を巻き、高く高くのぼってゆく。

 その風は咲いていた牡丹を一瞬でさらっていった。


「あ……!!」


 そのとき瑞英の目は、その姿を確かに捉えていた。


 裾の長い衣を身にまとった乙女が、花たちを摘んでのぼってゆくのだ。

 その中のひとりは瑞英と目が合うと、ふわりと微笑み手を振ってくる。

 乙女たちの優雅な踊りを、瑞英はただ見ているだけしかできなかった。


 ――どうか、お幸せに。


 乙女たちは最後にそんな言葉を残し、遠く彼方へ消えてしまった。


 後に残るのは暗闇と、花がなくなった牡丹。


 一瞬すべてが夢なのではないかと思ったが、腕いっぱいの牡丹の花がそれを否定していた。

 そして瑞英が最後に見たものは間違いなく、この場にいた精霊たちであろう。美雨はそれに気づき、驚いた顔をして瑞英を見つめていた。


「瑞英様、もしかして……」

「……美雨。あれが、精霊?」


 瑞英の言葉に確信した美雨は、一瞬曇り顔をみせる。しかしすぐに笑みを浮かべると、こくりと頷いた。


「はい。あれが、精霊です」

「そっか……すごく綺麗な、方々だった」

「そうでしたか。そう言ってもらえるならば、彼女たちも嬉しいでしょう」


 ふたりがそんなやり取りをしていると、藍藍が困った顔をした。


「もしかして瑞英様、精霊を見たのですか?」

「うん、そうみたい」

「本当ですか!! ほわー!!」


 見えた瑞英自身よりも藍藍の方が気を高調させており、それがまた面白い。瑞英はくすくすと笑った。


「きっとたまたまだよ。精霊たちが、今回だけ見せてくれたのかもしれないし」

「どちらにしても、すごいです!

 いいなー瑞英様ーわたしも見てみたかったです」

「……あれ。藍藍ってそういうの信じたっけ?」

「いや、仲間外れなのが嫌なだけです」

「きっぱり言わないでよ……」


 瑞英が呆れた顔をしていると、美雨がにっこりと微笑み言う。藍藍がひっと短く悲鳴を上げた。


「戻りましょうか。まだ問題は解決していませんし」

「……はい。申し訳ありません……」

「反省してくださったのであれば宜しいのですよ。藍藍」


 そのやり取りがまたおかしくて、瑞英は笑ってしまいそうになった。しかし気合いで唇を引き結び、なんとかこらえる。

 少しだけ空気が和らいだまま、三人は屋敷へと戻っていった。











 瑞英たちが摘んできた牡丹はその後調合され、順々に患者たちの元へと運ばれていった。それを飲んだ竜族は皆熱が下がり、比較的軽度な症状を訴えていた者は翌日には治ってしまった。


 症状が一番重症であった竜族も、薬を飲んでからは竜化も解け、数日後には完治することとなる。

 それを機に、瑞英たちも数名の医官を残して竜宮へと帰還することとなった。




 こうして竜族の不審な病は、ひとまず終結したのである。


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