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竜王陛下の逆鱗サマ  作者: しきみ彰
第一部 最弱姫は氷王の心を溶かす
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5.竜族

 お昼時、瑞英ルェイインは運ばれてきた食事に箸をつけていた。

 品は、肉や野菜を混ぜた餡を小麦粉で練った生地で包んで蒸した饅頭。そして、中くらいの魚が丸々一匹使われた辛く酸っぱい味が特徴の汁物だ。後者は香草がふんだんに使われているらしく、独特の風味がする。瑞英の好みの味だった。


 多くの獣族が共存するこの土地では、獣の肉も食用として食べられる。それはひとえに、獣族内での階級にあった。


 獣族は大きく分けて、三つに分類される。

 ひとつは、瑞英たちのように人型になり、言葉を交わすことができる上位種。

 二つ目に、人型にはなれないが、意思の疎通は交わせる中位種。

 最後に、ただ本能のままに行動する下位種だ。基本的に食されるのは下位種である。むしろ他の領地に勝手に入り作物を荒らす彼らは、駆逐の対象とされている。その上下位種は同族すら手を出す。面倒を嫌がり、殺して食べることが多いのは、そういうわけだ。

 瑞英は雑食なためなんでも食べるが、種族によっては葉物しか食べないこともある。


 竜宮の料理人も大変だ、と瑞英は思った。


 昨日さくじつの告白があってから日にちをまたいだが、今のところ大きな変動はない。それを良いことに、怠惰に過ごそうとしていたはずだった。


 のだが。

 今瑞英の目の前には歓迎しない客が、自らの侍女たちを従えて我が物顔で椅子に腰掛けている。


「瑞英様は、そのように質素な料理を食べているんですの? 量も少ないようですし、大丈夫ですの?」

「……ええ、夢花モンファ様。特にわたしは体が小さくあまり動きませんので、なんら問題ありませんよ」

「そうでしたのね。もったいないですわ」


 そう、夢花だ。

 彼女は前置きもなく瑞英の部屋に押し入ると、自らが食べる食事を卓に並べ共に食事を始めたのだ。

 そのため卓には、豪華な料理が所狭しと並べられている。


 品は、瑞英よりも多い。その上肉食な猫族のことを考慮したのか、肉料理が大半だった。竜族特有のこってりとした味付けが、部屋の中に充満している。あっさりめの味付けが好みの瑞英としては、実に鼻につく香りだ。


 見ている瑞英が胸焼けしそうなほどの量を、夢花は苦もなく平らげる。

 いったいどこに栄養がいっているのだろうか。その豊満な胸だろうか、と考えを巡らせながら、瑞英は夢花の侍女から食後の茶をもらっていた。


 因みにこの場を取り仕切っているのは夢花の侍女である。藍藍ランランは残念なことに、あまり役に立っていない。夢花の侍女たちが優秀なのもあるが、数が圧倒的に多いのだ。藍藍の出る幕がないのはそれが理由である。


 背後で居心地悪そうにたたずむ姿を不憫そうに見つめながら、瑞英は茶を口にする。

 すっかり皿を空にした夢花は、侍女から茶をもらいながらようやく口を開いた。


「ところで瑞英様。昨夜のことなのですが」

「……はい、なんでしょうか」


 思わず目を泳がせる瑞英。そんな心情を知ってか知らずか、夢花はわずかに身を乗り出す。


「瑞英様はどうやら、竜族の方に関する知識が乏しいように思いますわ。そこでわたくし、色々とお教えしてあげようかと思いましたの」


 瑞英は瞠目した。そしてとても素直に、礼を口にする。


「……左様ですか。夢花様のお心遣い、痛み入ります。是非ともお願いいたします」


 ふん、と鼻を鳴らして笑みを浮かべる夢花に、瑞英は内心改めて感謝した。どこか馬鹿にしたような口調で言ってはいるものの、夢花はこういったことを教えてくれる。今までも何度かそういうことがあったのを、瑞英は思い出していた。


 夢花が教えてくれると言ってくれなければ、瑞英はまた書庫に忍び込んでそういった文献を探す予定だった。ただその場合、雅文ヤーウェンがいる可能性がある。そのため気軽に近寄れないのが現状だった。


 しかし雅文や幸倪シンニーに直に聞いてみても、昨日のように流されてしまうかもしれない。その状況においての夢花からの進言は、瑞英にとっては願ってもみないことだった。

 かなり乗り気な瑞英に機嫌を良くしたのか、夢花は満面の笑みで説明をしてくれる。


「まず竜族の方は、普段から覇気を放っておりますの。それは強い個体であればあるほど、強いのですわ。そして今代竜王陛下は、意識的に覇気を放たなくとも相手を威圧できるほどの最強者ですのよ。きっと昨夜の宴では、瑞英様は直ぐに倒れてしまわれたでしょうね」


 瑞英は無言のまま遠いところを見つめた。

 そして「ここで平気な顔して起きてました、とか言ったら墓穴だよな」と思考し、無駄なことを言わないようにと口を引き結ぶ。それと同時に、昨日のことがばれていないことに安堵した。夢花はかなり近くにいたため、気づかれていたら冷や冷やしていたのだ。結果として、取り越し苦労だったわけだが。

 無言を肯定と捉えた夢花は、ふふん、と胸を張った。


「此度のことで、大半の獣姫たちが竜王陛下に恐れを成しましたわ。おそらく、自主的にお帰りになる方も多いと思います。そのおかげで無駄な抗争がなくて楽ですの。まぁ瑞英様には、縁遠い話でしょうが」

「ああ、なるほど。昨日まではあれだけ騒がしかった後宮が、葬儀の後のように静かなのはそのためなんですね。夢花様は毎回駆り出されて大変そうでしたね」

「ええ、ええ、そうですのよ。わたくし猫族の姫ですもの。他獣族の姫君方に、負けるわけにはいきませんから」


 今回後宮内で静かな抗争を繰り広げていた派閥は、大きく分けて三つの獣族だ。

 それこそ、宴の際になんとか起きていられた、猫族、狗族、兎族である。


 適当に相槌を打っていると、夢花がべらべらと饒舌に語ってくれる。


「基本的に、竜王陛下の覇気に耐え切れるのは猫族、狗族、兎族ですの。選ばれる妃の最低条件は、竜王陛下に会いまみえても、倒れないことですもの。仕方のないことですわ」


 夢花の言を聞き、瑞英は「そりゃそうだよなぁ」と頷く。むしろ会うたびに倒れられた竜王の心情は、かなり複雑なものになるだろう。


(いや、あの竜王陛下が落ち込むところなんて、まったく想像できないけど)


 もしかしなくとも、「ああ、そうか」くらいの返答で終わるかもしれない。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、夢花が腕と足を組み憤りをあらわにする。


「猫族と狗族はもとから耐性が強いですから当然のことですが、兎族は違いますでしょう? 憎たらしいことに兎族は、竜族の方の寵を得るために幼い頃から竜族の方と触れ合って徹底的に習熟させるのですわ。本当にこの種族は、見た目に反して図太いですのよっ」

「獣族内では下位に当たる兎族の姫君が持ち上げられていたのは、そういうわけだったんですね」

「ええ、そうでしてよ。なんせあの儚げな見目でしょう? それを理由に召し上げられたことが幾度となくあるからこそ、兎族はそのようなことをなさるんですの」


 夢花の話を聞いて、頭の中にかかっていたもやが晴れる。昨日から気になっていた兎族のことを知れ、瑞英はほう、と息を吐いた。

 気分がさらに高調したのか、夢花が拳を握り締めながら語る。あまりの熱の入りように、瑞英は若干引いた。


「本当に浅ましいですわっ! 竜族の方の恩恵が欲しいからと言って、下品です! 確かに竜王陛下の花嫁になれば、その獣族は素晴らしい恩恵をお恵みいただけますわ。ですがやり口が卑怯ですわ!!」

「……えっと、その。恩恵というのは、なんでしょうか」


 たじろぎながらも問いかけると、夢花は思い出したように頷く。


「そうでした。瑞英様は竜族の方のことをさほどご存知ないのでしたわね」


 そう切り出し。


「竜族の花嫁に選ばれますと、その獣族は嫁いだ姫が妃でいる間、安泰でいることができますの」


 と言った。


「……安泰、ですか?」


 瑞英は戸惑った。安泰、という言葉が、あまりにも抽象的で分かりにくいものだったからだ。


「ええ、安泰ですわ。たとえるならば、豊穣や子宝に恵まれたりしますわね。本当にすごいんですのよ。穀物や食物ならば、普段の倍以上は採れるんですの」

「それは……妃になろうと、躍起になるわけですね」


 むしろそこまでの恩恵を受けれるのにもかかわらず、今まで鼠族が率先して姫を送り出そうとしなかったことのほうが驚きだ。頭が回るだけに、やりようはあったように思うのだが。


(いや、そもそも、遠すぎて眼中に入れてなかったのか。そうか)


 さらに話を聞いていけば、覇気に慣れるのはかなりの習熟が必要になるらしい。それは下位獣族になればなおさらで、最弱の鼠族が慣れるためには、かなりの回数で竜族に会う必要があった。

 効率至上主義が集う鼠族としては、割に合わない作業だと思ったのだろう。確かにそれならば、せっせと土地を耕したほうがよさそうだ。鼠族は、数だけならばどの獣族にも負けないという自負がある。いらん自負だと思うのは、別に瑞英だけではないだろうが。


 しかし、この辺りでやめておけば良かったものの、少しでも竜族に関する知識を増やそうと思っていた瑞英は、夢花にさらなる情報を求めてしまった。

 それを皮切りに夢花の饒舌さに火がつき、瑞英はこれから三刻(六時間)ばかり、夢花の話に付き合わされてしまうことになる。

 夕餉ゆうげまで共にした夢花が嬉々とした様子で立ち去った頃には、外はすっかり暗く変わっていた。それと同時に、瑞英の体力も地に落ちている。


 夢花の体力はいったいどこから来るのか、ああ、食事の量か、そういうわけか、などと言ったあまり実のない知識を得つつ、その日の瑞英は直ぐに床につき、朝までぐっすり眠ってしまった。

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