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竜王陛下の逆鱗サマ  作者: しきみ彰
第二部 兎は月に花を隠す
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18.白黒

 夢花モンファが打倒波浪ポーランを宣言し、ばちばちと火花を散らしていた頃。

 栄仁ロンレンは少し遠くの壁に寄りかかり、その様を観察していた。


「……なんか、意外だな」


 栄仁が感じた意外という感覚は、ある意味正しい。彼の中で「猫族の姫」は、淑やかな空気を醸し出しているくせにどこか高飛車で、なんとなく鼻につく性格をしていたからだ。


 そしてそもそも、猫族の姫は戦闘などしない。できない。「わたしがそんな下賤なことをする必要、ないでしょう?」とでも言いたげな態度でいるのだ。どうやらそれが、王族に生まれた女の特権らしい。


 強さがすべての竜族には、分からない感覚だ。なんだそれと首をかしげてしまったことを、よく覚えている。それゆえに、余計に印象が悪かったのだろう。


 だから栄仁は、夢花の態度が好ましく映ったのだ。


 ……なんつーか。こう、なんだ。俺に似通ってる部分あるしな!


 なんでもかんでも言葉でなく拳で語ろうとする辺りに、既視感と親近感を覚える。夢花に対する栄仁の好感度は、うなぎのぼりであった。


「猫妃様はもとから、反発する気はなかったしな」


 ぽつりとつぶやき、あらためて安堵する。会ったときから思ってはいたが、夢花はとても雅文ヤーウェンに好意的であった。瑞英ルェイインのことも、大切に思っている。曰く、竜族領に来る前からの友人だそうだ。


 栄仁は瑞英に会ったことはないが、雅文の最愛ということで一目置いていた。ふたりには幸せになってもらいたいものだと思う。なんせふたりはつがいだ。竜族において番は、唯一無二の絶対。竜族はその価値を知っているため、番にだけは手を出さないふうになっていた。


 しかしその一方で、ここは竜宮である。竜宮にいるのは竜族だけではないのだ。

 彼らの価値観の中に、番という観念はない。つまりそれは、その痛みも苦しみも分からないということになる。


 言葉の意味を知っていても、その価値を知らない者は多々いる。知っていてなお利用する者もいる。


 そして妃という存在を、そこにいるだけでは認めない者もいるのだと言う。

 なんせ代々の妃は、何かしらの功績を残し後世に繋いできたのだ。そして彼らの住んでいた領地では、それ相応の素養がある者が妃になるのである。

 だから『竜王の番』と『竜王の妃』の違いが、彼らにとってはまったくもって同じことなのだと言う。


 そう、刑部尚書が言っていた。だからこそ今、鼠姫には何かしらの功績が必要なのであるらしい。

 かの姫は、弱者そのものだから。


 それは、竜族の栄仁には分からない感覚だ。それゆえに、はじめに相談を持ちかけられたときには疑問符を浮かべた。番が一緒にいるのは当然で、当たり前なことだからだ。過去にそれで、竜王に悲劇が起きたことがあったとしても、栄仁はそう思っている。


 栄仁には、頭を使う類のまつりごとは分からないし理解しようと思っていない。今までがいびつであっただけ。今の、番である存在が妃という位置にいることこそが自然で、正しいと思っていた。


 しかし刑部尚書たる美紫メイズから熱弁されたため、こうして他種族の妃に頼り、また彼女たちが協力的かどうか試すという、必要かどうかも分からないことをしているのだが。


「……雅文の最愛がどうとかはともかく、確かに必要なことなのかもな」


 夢花から視線を外した栄仁は、そっとため息を吐き出した。

 彼が見つめる先には、狗族の妃佩芳ベイファンがいる。

 彼女はあちこちを見て回るだけで、誰かに話しかけようとはしなかった。そして周りも、話しかけようとしない。


 一日目は様子見をするつもりなのであれば、ここは慎重だと考えるべきなのかもしれない。しかし周りの武官たち――特に狗族の武官たちからの嫌悪感が漂ってきていた。

 普段はここまで、険悪な雰囲気にはならない。なるとしてもこちらが納得出来るだけの理由があるか、口論が白熱した結果拳で語り合うことになったりするくらいである。


 しかし彼らは明らかに、佩芳に対して悪感情を抱いていた。彼女もそれを理解しているらしく、遠巻きに見つめるだけだ。向けられるその視線にすら嫌悪感をにじませているというのだから、たちが悪い。


 狗族の姫と狗族の武官。

 この双方には、明らかな線引きがされていた。


 ……これは、聞くべきだな。


 そう判断した栄仁は、近くで休憩に入っていた狗族の武官に声をかける。


「なあ、ひとつ聞いてもいいか?」

「はい、なんでしょうか?」


 彼は手ぬぐいで汗を拭きながら、栄仁の元へ駆けてきた。

 その様子を見ても、栄仁に対し敬意を払っているのが分かる。それはそうだ。彼はかなり長く、武官として働いているからである。栄仁ともそこそこの付き合いだ。歳は四十後半だったはずだ。狗族においては全盛期を過ぎた辺りであろう。にもかかわらず、彼は未だ現役で若手などには負けたことがなかった。

 その態度を確認しながら、栄仁は人差し指を立てて問題の箇所を指し示した。


「あれってさ、どういうことなんだ?」


 そう問えば、彼は一度瞠目した後に視線を逸らす。


「……あれが狗族というものなのですよ。尚書」

「……あれがか?」


 狗族の男は、辺りを見回した。そして息を吐き、声をひそめる。


「一族の恥をお見せすることになるため、とても言いにくいのですが……狗族領と言うのは、自領にいる者以外の狗族を、狗族と認めてはいないのです」

「…………は? どういうことだ?」


 栄仁は混乱した。確かに頭が良いわけではないが、直接的に言われていることが理解できないほどではなかったはずだ。むしろそうと信じたい。

 そんな様子でいる栄仁に、男は申し訳なさそうな顔をする。


「価値観がとても違うため困惑したかと思いますが……狗族領にいる者にとって、奉公という理由で外に出た者や他領へ逃げた者は、自領民ではなくなるのです。狗族において自領に残れる、また残っているということは、それだけ優秀な存在であるということなのですよ」

「……自領民以外は狗族じゃない、と? そんな阿呆みたいな理由が通じるのかよ」

「通じてしまうのが、狗族という存在でして……」


 彼は一度、佩芳のほうを見た。そして再び視線を戻し、口を開く。


「故にここにいる者は皆、かの姫に好意を抱いてはいません。彼女が迫害者側の存在であり、また彼女自身も我らを一族の者として認めていないからです」

「……それじゃあ、王族の特権はどうなるんだよ」

「そんなもの、ここにいる者には使えませんよ。我らは外に出て狗族でないと認めたと同時に、体に刻印を押され狗族領の規則から外されます」


 口調こそ丁寧であったものの、その声色からは隠しきれない憎悪がにじんでいた。

 彼もまた、狗族領にいる狗族を嫌悪しているのだと気づき、栄仁は愕然とする。


 同じ種族という括りの中にも、また別のものがあるのかよ。


 そしてそれは今こうして、竜宮で浮き彫りになっている。


「狗族というやつは、そうして弱者を廃絶していっているんですよ。そしてそれは今もなお続いています。我ら弱者は、奴らから虐げられた日々を忘れない。そしてそれが許されるあの場所のことも、大嫌いです。――早々に滅びれば良い」


 ぽろりと本音を吐き出したところで、彼が我に返った。そして気まずくなったのか顔を逸らし、礼をする。


「それではわたしは、これで失礼します」

「あ、ああ。ありがとな。助かったわ」


 彼は栄仁が礼を言うと、嬉しそうに微笑む。


「わたしたちはここへ来て初めて、他者から礼を言われたのですよ。尚書」

「……それ、は」


 栄仁が何かを言い終える前に、彼は去って行ってしまった。

 栄仁は一度開いた口を閉じてから、頭をかかえる。


「想像以上に、溝がでかいな……」


 ここにいる狗族が竜王に反旗をひるがえす者でないと分かったのは、最大の収穫である。しかしそれとほぼ同じくらいの問題が、今目の前に佇んでいる。


 狗族の姫と、竜宮の狗族との関係をどうするか。


 むしろどうするべきなのだ。そう、栄仁は思う。佩芳が歩み寄り、また狗族の武官たちがそれを認め許さない限り、この問題は解決しない。

 そしてそれは彼女がここに居続けるのであれば、立ち向かわなくてはならない課題でもあった。


 しかし今の様子を見る限り、佩芳にその気はない。故に周りも、彼女という存在を認めていない。


 難儀である。


「オレひとりで対処できる問題じゃねえとか……勘弁してくれよ、ほんと。オレは頭脳派じゃないんだっつーの」


 栄仁は天上をあおぐ。天井は、竜族が竜化して飛んでも問題ないだけの高さがあった。

 そこには過去に付けられた傷が深々と刻まれている。その大半が、竜族がつけたものであった。ここでは時々、竜族の武官が決闘と称して、一対一の真剣勝負が行われることがあった。そのときについた傷である。


「拳でぶつかり合えば大体のことが解決する竜族とは、全然違うんだな、狗族ってのは……」


 思わずため息が漏れ出た。頭で考えなくてはならないことは苦手である。


 雅文や美紫に報告し、対策を考えなくてはならないな、と栄仁は頭を痛めた。

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