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竜王陛下の逆鱗サマ  作者: しきみ彰
第二部 兎は月に花を隠す
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5.疑惑

 雅文ヤーウェンを含めた穏健派の重鎮たちはいつも通り、早朝の会議をおこなっていた。


 ここ最近の議題は『竜宮内にいる内通者』の件と『竜族領で広まっている、原因不明の病について』である。


 前者は、先日起こった『再拐さいかいの役』を機に浮上した疑惑であった。


 あそこまでなんの障害もなく、兎姫と鼠姫が囚われた。


 そのことに疑問が向けられたのは、ある意味当然である。そのため穏健派や六部内では「内通者がいたのではないか」と考えに至り、様々な調べが行われていたのだ。


 内実を調べるための役割を担っているのは、御史台ぎょしだいである。それは六部とは別の管轄であった。

 彼らは、竜宮内で起きた揉め事を中心に取り締まる監察官だ。

 誰がいるのか、どのような調査方法なのか。官たちにはそれすらも知られていない。ゆえに彼らは官たちに最も恐れられているわ竜王直属の監査官集団であった。


 その報告を全て受け取っているのは、竜王のみ。

 彼が口を開かない限り、それが日の目を浴びることはなかった。

 ただ官たちの間では、「過激派がとうとう問題を起こしたのではないか」といった嫌な噂として流れていたりする。それもあり、早々にカタをつけなければならないことであった。


 一方の『竜族領で広まっている、原因不明の病』に関しては、竜宮直属の医官を送ることが決まっている。こちらは対策が考えられているだけありまだ不穏な空気は漂っていないものの、微妙な雰囲気が流れていた。


 会議室の空気は見事に凍りついており、誰もが強張っている。

 雅文はそれを眺めながら、息を吐き出した。最近は何かと、こういった雰囲気になることが増えたからだ。それは今まで平穏だった十三支国が、悪しきもので脅かされていっているような、そんな前触れにも見えた。


 そして彼はその矛先が、自身の愛おしい伴侶に向かわないかと危惧したのだ。確かにとても頃合いが良いが、それは決して彼女のせいなどではないのだから。


 再度詰めた息を漏らし、視線を彷徨わせる。そこでとあることに気づき、竜王は首を傾げた。


「刑部尚書、侍郎はどうした」


 刑部尚書の座席が、珍しく空いていたのだ。彼女は毎朝の会議にはほぼ休むことなく出席し、必ず意見を述べていたのだが。

 尚書が座る席が珍しく埋まっている中、刑部尚書のところだけ空いているのが妙に目に付いた、というのも気にかかった理由だ。


「用事があるとかで、今日は欠席すると言ってたが……」


 兵部尚書である栄仁ロンレンが困ったように言う。

 彼が困るのも無理はない。朝から用事とはどういうことだ、と思うのが普通だ。雅文ですらそう感じた。がしかし、彼女がそう言ったのであれば、それは本当なのであろう。雅文はそう納得し、凍りついた会議を再開する。


 なんせ兵部尚書――蛇族の美紫メイズは、そういう生き物なのだから。



 ***



「……わたしが、間者だと?」


 赤髪の男から語られた言葉に、佩芳ベイファンが馬鹿にしたような口調で告げた。

 さすがの瑞英ルェイインも、彼女と同様の心情である。


(間者って、なんの証拠が……)


 確かに、佩芳ベイファンは茶会にも顔を出さず部屋に閉じこもっていたが。

 閉じこもっていた上に、滅多に外に出ていないという状態だったようだが。

 部屋にはたくさんの紙が丸められていたが。

 だからと言って、そんなことするはず。


(……あれ。信用に足る要素がひとつもないんだけど……)


 そこではたりと、瑞英は気づいた。

 これだと、間者であるかないかは分からない。つまり、第三者の目線から言うとどっちが正しいかなんて分からない、ということだ。明確な証拠があるなら話は違うが、彼女の侍女の言葉は信用に欠ける。狗族の奉公人は、主人の命令ならなんでも聞くからだ。


 瑞英は藍藍ランラン鈴麗リンリーの背に隠れながら、竜族の男の様子を窺った。


 赤銅色の髪に、同色の瞳。好戦的な目つきは、今のこの状態を愉しんでいた。

 身長は、そこそこ高い。美雨メイユイと同じくらいではないだろうか。顔立ちも整ってはいるものの、ほぼ毎日雅文を見ている瑞英としては「まぁまぁだな」としか言えない程度の容姿であった。

 言葉遣いから見ても、格下獣族を敬う気はないらしい。


(これが例の過激派かな……)


 完全に蚊帳の外に置かれた瑞英がそんなことを思っていると、佩芳が鋭い睨みを利かせ言う。


「どのような証拠があって、そのようなことを言いに来たのだ。そもそもここは陛下の庭。お前たちのようなものが入ってきて良い場所ではないはず」

「証拠ならあるさ。鳥族が外からやってきたとき、お前の荷物が外から届いた。そのときに届けられた荷物は狗族、お前だけのものだ。それに入って奴らがやってきたのだとすれば、納得はいくだろう?」


 提示された証拠とやらを聞き、瑞英は首をひねった。


(それは、証拠と呼ぶには弱くないか?)


 むしろあの状況において、佩芳宛の荷物だけが届いた、ということのほうがおかしい。普通は効率を重視するため、幾つかの荷物をまとめて運ぶはずだ。鼠族でそれをやっているのだから、竜族がやらぬわけがない。

 毎日何かしらの流通がある竜族領で、そういった状態になるほうが変なのではないだろうか。


 ただここでそれを指摘しても、「雑魚は黙っとけ!」で終わりそうである。竜宮内での位はこちらのほうが高いのにもかかわらずだ。そのためさしたる文句も言えないまま、胸にわだかまりばかりが残る。


(そう言えば美雨メイユイが、過激派は同族ですら弱者を見下す、って言ってたなぁ……)


 同族でないのであれば、眼中にも入れないらしい。弱小獣族の瑞英からしてみたら、考えられない思考だ。彼らのようなものは、上にいる種族こそ警戒する。その気になれば潰されてしまうからだ。

 しかしその程度の証拠で、雅文が佩芳を捕らえるために命令するとは思えない。彼らはおそらく、独断で動いているはずだ。


(入り口を塞がないでくれれば、外に行って助けを呼べるのに……!)


 そう思い、扉のほうへと意識を向けたときだった。


 ずるずる、ずるずる。

 そんな、何かを引きずるような、聞き慣れない音が響いたのは。


 初めて聞くそれに、瑞英が縮こまる。とても不気味な音だった。強いて言うなら、布が床を擦っているときと同じような音がする。

 正体不明の音をゆっくりと鳴らしながら、それはだんだんと近くなっていく。しかしながら、周りは誰ひとりとしてそれに気づかなかった。


 ずるずる、ずるずる。


 音はさらに近くなり、這うような音を響かせる。

 それは扉のすぐ側で、ぴたりと音を止めた。


「あなた方は一体、誰の許可を得て、ここへ来ているのでしょうか。宜しければ、わたくしに教えてくださいませんか?」


 声を張り上げているわけでもないのに、それは確かに響き大気を震わせた。

 艶やかでありながらゆったりとした、女の声。穏やかなはずなのに、瑞英は思わず震える。

 それは全員が同じであったようで、皆揃って声の聞こえたほう――扉の外へと視線を向けた。


 また、ずるずると音がする。人垣が自然と二つに割れた。

 そこから現れたのは、ふたり。

 蛇族の女と、狗族の男だ。


 頭部を繊細な刺繍が施された黒い布で隠しているため顔は分からないが、少しだけ覗く口元には真っ赤な紅が引かれている。

 豊かな谷間を主張するような開けた衣。そしてそれより下、服で隠れない部分から覗くのは、蛇族特有の尾であった。


 漆黒の鱗で覆われた美しい尻尾を、彼女は見せびらかすように振る。尾は長く、それだけで瑞英と同じほどの長さがあった。

 初めて目にした蛇族に、瑞英の緊張が否が応でも高まる。


(まさかあの、蛇族がいるとは……)


 蛇族には、蛇族しか持ち合わせない特殊な技能があった。ゆえに彼らは、その目元をひた隠す。


 侍郎を引き連れ中に入ってきた刑部尚書は、竜族の男のことなど気にもとめずこちらに深々と頭を下げた。


「お初にお目文字仕ります。刑部尚書、美紫と申します。この度は大変申しわけございませんでした、狗妃こうひ様、鼠妃そひ様。わたくしどもに至らぬ点がございましたために、ご不快な思いをさせてしまい。この者どもに代わり、心よりお詫び申し上げます」


 あまりにもへりくだった態度で謝られ、瑞英のほうが驚いてしまう。

 それが癇に障った赤髪の竜族、紅晋ホンジンは、怪訝な顔をして口を開いた。


「これはこれは、刑部尚書ではありませんか」


 口調をわきまえる辺り、彼女の立ち位置を理解しているのであろう。しかし高圧的な態度は、一向に抜けない。むしろ先ほどよりも、覇気が強くなっているのを感じた。

 そんなものなど微塵も気にせず。美紫は緩やかな弧を口元に描く。


「紅晋殿。あなたはいい加減、ご自身の立ち位置を理解されたほうが宜しいかと存じます。後宮ここをどこだと思っているのですか? 陛下以外の殿方が、さしたる証拠もない、権限もない状態で入って良い場所ではありません」

「ほう。ではあなたは、間者を野放しにしておけと?」

「論点を差し替えるのはやめていただけますか? 確たる証拠がないにもかかわらず間者扱いとは、随分とご自身の考えのみに毒されておいでで。そしてそれを決めるのはあなたではありません。観察方である御史台であり、我ら刑部です。――分かったのであれば早々に失せろ、青二才が(・・・・)。これ以上、陛下の御心を煩わせるな」


 ドスの効いた声に、さすがの紅晋も怯んだらしい。一瞬肩を揺らし、されど直ぐに戻る。


「我らの考えが事実だったとき、あなたの顔がどのように歪むのか楽しみです」


 そんな捨て台詞を残し去っていく面々に、瑞英はあんぐりと口を開く他なかった。


(な、なんだったの、一体……)


 あまりのことに、頭が痛くなる。

 理不尽かつ不条理だ。序列的強者のみが上に立ち、それ以外の意見を一切聞き入れないとは。横暴極まりない。


(穏健派の方々が、断じて過激派を受け入れない理由が分かった……)


 あれでは無理だ。少なくとも、雅文が描いている現在の道筋と正反対のほうを歩んでいる。恐ろしい。

 そこでふと、とある疑問に辿り着く。


(……でも、穏健派のほうが実力的に強いんだよね? ならなんで、過激派はあそこまで大きな態度でいられるんだろう)


 よく分からない。それが竜族というものなのだろうか。

 つらつらと疑問を脳裏に浮かべていると、美紫が大きなため息をこぼした。そして再度頭を深く落とす。


「誠に申しわけございませんでした。こちらの監督不行き届きです」

「い、いえ。わたしはただ居合わせてしまっただけなので……」


 現に、紅晋は瑞英を眼中にすら入れていなかった。ただ佩芳を糾弾するつもりで、こちらに来ていた。瑞英は、運が悪かっただけだ。

 彼女はそのとき、改めて美紫を見つめる。


(……やっぱり、綺麗だ)


 美雨とはまた違った美人である。顔も見えないのにそう断言できる理由は、彼女自身からにじみ出る雰囲気のせいだろう。

 袖から覗く爪には漆黒の爪化粧が施され、衣も地味でありながら洗練された印象を与える。決して華美ではないが、だからと言って外面に気を使っていないわけではない。そんな見目だった。


 何より好感が持てるのは、その態度である。先ほどの啖呵もとても素敵で、不覚にも胸を打たれてしまった。


 一方の佩芳は、重たいため息を漏らし呻くように言う。


「構わない。むしろとても助かった。あなたが来ていなければ、あの男どもはわたしを無理矢理連れ出していただろう。ありがとう、刑部尚書」

「礼など」


 美紫は首を横に振り、しかし毅然としたまま口を開く。


「ただ、先ほどのような疑いをかけられていることも事実です」


 瑞英は瞠目する。

 美紫は控えめながらもはっきりとした声で、佩芳に告げた。


「狗妃様。わたくしからいくつか伺いたいことがあるのですが……宜しいですか?」

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