表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜王陛下の逆鱗サマ  作者: しきみ彰
第一部 最弱姫は氷王の心を溶かす
26/66

番外編2 双子の侍女は主人の笑顔を見守る

時系列的に言えば11〜17。

双子の侍女のお話です。

 鈴麗リンリー鈴玉リンユー

 双子の侍女の仕事は、自らの主人のことの世話を焼くことと、その姿を遠くから見守ることにある。




 朝、主人が起きるのと同時に、双子は洗い物を持って洗濯場所に向かう。

 そこで、大して多くもない洗濯を済ませてしまうのだ。


 主人、瑞英ルェイインは、本当に手間のかからない姫だ。


 侍女である双子が物足りなさを感じるほど、瑞英は大抵のことは自分でやってしまう。

 聞けば、侍女は藍藍ランランひとりだったらしい。そもそも鼠族は、王族であろうと贅沢はできないほど財政が困窮していた。

 子どもが多いことも理由のひとつだという。

 生まれてこの方竜族のそれが当たり前だと思っていた双子は、それを聞きとても驚いた。それと同時に、姫の気性の穏やかさに納得する。


 鼠姫は、上下関係というものを本当の意味で知らないのだ。


 しかし双子にはそれが、とても好ましく見えた。


「鈴玉、終わったです?」

「はい、鈴麗。終わりましたですよ」


 双子は似た顔を見合わせ頷く。

 それから昼まで瑞英は、美雨による指導を受ける。その間にやることと言えば、休憩のための茶の用意をし、頃合いを見計らい持っていくこと。食事の用意をし、その毒味を済ませた後主人にそれを提供することだ。

 その合間合間に藍藍との交流を深めるのも、この双子の日課である。


 そして昼を過ぎると、瑞英には自由時間ができる。

 彼女はその時間、大抵書庫へと向かう。

 書庫には、竜王である雅文がいるのだ。そこに入ったときは、双子は扉の近くを観察するだけにとどめる。数少ない逢瀬の時間を邪魔するのが嫌だったからだ。雅文がいれば、瑞英の身に危険が迫ることはないと分かっているからでもある。

 しかしその日はなぜか、いつもと違った。


 瑞英が書庫に入ってから少しして、外に出てきたのだ。


 その細い腕の中には、数冊の書物が抱かれている。

 その様子を見て、双子は気づいた。「書庫から、竜王陛下の気配がしない」と。

 普段は当てられないためにもかなり遠くから観察していたため、その違いに気づかなかったのだ。双子は顔を見合わせ、かっくりとうなだれる。

 どうやら最近、気が緩んでいるようだ。

 ふたりしてそう思った鈴麗と鈴玉は、ぐっと拳を握りそれを突き出す。


「しっかりしましょう、鈴玉」

「はいです、鈴麗」


 そんな言葉を交わしながら、双子はその小さな背を追った。








 瑞英が向かった先は、庭だった。桜の森よりも手前の庭である。

 今の季節、そこには大輪の牡丹が咲き誇っていた。


 双子はその様子を屋根の上から見つめる。瑞英がいる庭がまるまる覗けるそこを選んだのは、そのほうが監視しやすいからだ。白の屋根は青くきらめき、太陽の光を吸い込んでいる。


 どうやら双子の主人は、外に出るのがとても好きなようだった。

 その証拠に瑞英は、ふたりにとってはまるで真新しくないただの花や草木を見て目を輝かせている。その姿が見目相応に初々しく、双子は声を合わせて笑ってしまった。


 本人がそれを見ていれば「いや、ちゃんと成人してるからね?」と文句を垂れそうだが、その微笑みは瑞英の耳に届くことなく風に流される。

 茶髪が揺れるのを感じながら、双子はそれを黙って見守っていた。


 がその後、瑞英は予想外の相手と顔を合わせることになる。

 なんと彼女が声をかけたのは、ウサギ族の姫君である宇春ユーチェンだったのだ。


「兎姫様がなぜ、こんな場所にいるのです?」

「一応、美雨様に報告しておいたほうがいいですかね?」

「そうですねぇ。もしものことがあったとき、美雨様の手は借りたいですし」

「分かったです。じゃあ行ってくるです〜!」

「行ってらっしゃいです〜」


 鈴玉、鈴麗、と交互に交わされた会話は、鈴麗がその場から離れたことによりなくなる。


 そのまま観察を続けていた鈴玉は、ふたりが共に何かを拾っている姿を捉えた。

 それから何やら動きがあった後、顔を合わせ笑う。


「これはもしかしてもしかしなくても……友情ってやつが生まれた瞬間ですっ?」


 鈴玉が拳を握り締め、その瞬間をしっかりと記憶する。女同士だからか気兼ねする様子のない瑞英は、普段よりも柔らかい笑顔を浮かべていた。


「幸せそうな瑞英様が、一番素敵です」


 ぽつりとつぶやき、鈴玉は笑む。するとその垂れ耳が、誰かの足音を拾った。

 近づいてくる足音は、鈴玉が最も聞き慣れたものだ。

 その予想違わず。やってきたのは鈴麗だった。


 そつのない動きで、庭から屋根に跳んだ鈴麗は、乱れた衣を軽く直してから前髪を払う。


「ふう。行ってきましたです!」

「はい、おかえりです」


 鈴玉はそれから、瑞英と宇春がいるほうを指す。


「どうやら瑞英様は、兎姫様とお友だちになったみたいです」

「そうなのですかっ?」


 身を乗り出すようにしてそこを見る鈴麗に、鈴玉は笑う。すると少しだけ仏頂面をした鈴麗が、鈴玉のことを睨んだ。


「な、なんで笑ってるですかっ」

「いやいや、なんでもないですよ〜」

「そんなわけないですー! ほら、言わなきゃくすぐるですよー!!」

「そ、それは反則です! ってちょ、ま、い、言いますから! 言いますからくすぐりはやめてくださいです!!」


 珍しく双子の姉妹らしい行動をしたふたりは、屋根の上でじゃれていた。そのため寝転び、互いに顔を見合わせる。

 そして鈴玉がぽつりと、先ほど笑った理由を答えた。


「瑞英様の侍女をしていると、わたしたちまで笑顔になれるんだなって。そう思っただけなのです」


 双子はしばし無言のまま、仰向けになり空を見上げた。

 今日も今日とて澄んだ青色を覗かせている空は、とても美しい。


 そういえばこんなふうにゆっくり空を眺めたのは、いつぶりでしたかね。


 鈴麗はそう思った。

 そして鈴玉も思う。


 空って、こんなに綺麗でしたっけ? と。


 それは、神経が広がっていくような感覚だった。

 今まで見てきた、そして感じてきたものが、ちっぽけだったような気がしたのだ。


 そう。瑞英が瞳を輝かせて見ている世界はきっと、もっと美しく広い。

 瑞英と接するうちにそれに気づいたのは、今回で何回目だろうか。


 狗族の奉公だからという理由で虐げられ、奴隷のように扱われる日々。

 そんなものは日常茶飯事だ。そもそも奉公に出されること自体、狗族の間では褒められるものではないのだ。


 外に出してもらえる、ということはつまり、「狗族領なかにお前たちの居場所はない」ということで。

 自らの一族から見放された者は、奉公という形で外に出される。実質的に言えばそれは、人身売買と同義であった。

 狗族領にいるのは、本当に優秀な武闘家たちやそれを受け継ぐ家系だけ。双子はそれを知っている。


 ただ双子が恵まれていたのは、最初の奉公先である蛇族領から竜族領へと、奉公先が変わったことだろうか。


 始めのうちはびくびくしていた竜族領の者たちは、ある一部の者を除けば皆等しく扱ってくれた。それもこれも、今代竜王である氷王陛下が決めた方針によるものだという。


 竜族は、竜王である者が下した方針に沿って傾向が決まってくるのだ。だから双子は、とても運が良かったのである。


 しかしこんなふうに上を見たのは、瑞英にあってからだった。


 今までは、捨てられないためだけに働いてきたから。捨てられないために、暗殺術を磨き続けた。それは確かに評価されたが、双子の心から恐怖が去ることはなかったのだ。


 されどその思いを、瑞英は軽々と打ち砕いた。王族であろうと見下すことなく、むしろ同等に接する姿に、双子の常識は粉々になったのだ。

 そして手に残ったのは、瑞英が作り出した新しい常識だ。


 双子はほぼ同時に体を起こし、顔を見合わせた。そしてふふふ、と笑う。


「……鈴玉。わたし、瑞英様のことをお慕いします」

「奇遇ですね、鈴麗。わたしもなのです」


 命を捧げてでも守りたいと思ったのは、瑞英が初めてであった。

 それならば彼女は我らの主人なのだろうと、双子は思う。


「……あ。ふたりが書を読み始めたです」

「あ、本当です。瑞英様、楽しそうですね」


 そんなことを言い合いながら、ふたりによる瑞英の監視は続く。





 そんな主人が鳥族に連れ去られるのは、もう少し先の話である。

【第一部番外編二回目】

今回は本編が瑞英視点なため、どうしても影が薄くならざるえなかった双子の侍女のお話をしました。

そしてちょっとだけ、狗族の奉公事情を。

狗族にも狗族なりの価値観というものがあるのです。

詳しくは第二部辺りで書けたらな、と思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ