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竜王陛下の逆鱗サマ  作者: しきみ彰
第一部 最弱姫は氷王の心を溶かす
25/66

番外編1 琥珀の竜姫は苦言を呈す

美雨視点のお話。時系列的に言えば、「11.教育」の夜辺り。

 普段と変わらない夜、変わらない報告の時間。

 しかし今回は少しだけ、違った話題が上がった。


「失礼いたします、陛下。美雨メイユイです」

「ああ、入れ」


 普段と変わらぬ台詞で入ってきた美雨は入室早々、いつもより厳めしい顔つきをして足早に雅文ヤーウェンの前にやってきた。


 今日も今日とて執務机に向かい、遅くまで書類を読み込んでいた竜王が顔を上げる。しかしそれよりも先に、茶器の乗った盆を持ってきた幸倪シンニーが声を出す。


「……美雨、どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもありません。お二人とも、どうして瑞英ルェイイン様に、ちゃんとした説明をしていないのですか」


 唐突に放たれた言葉に、ふたりはぽかんと目を丸くした。

 思わず顔を見合わせる主従たちに、美雨は軽く執務机を叩く。


「本日わたくし、瑞英様にひととおりのご指導をさせていただきました。あの方は普通の者ならば嫌がるである量を、嬉々として消化していったのです」

「それはまた、瑞英様らしいですね……」

「ええ、わたくしも驚くほどの吸収力でした。しかしわたくしが問題視しているのは、そこではありません」


 もう一度、先ほどよりも強く執務机を叩く美雨。その瞳は尖っている。かなり怒っている彼女にたじろいだのは、番である幸倪だ。思わず一歩下がってしまったのは、仕方のないことだろう。

 そんな自らの夫の恐怖になど構わず、美雨は鋭く言い放つ。


「わたくしが言っているのは、瑞英様にどうして番に関してのお話をしていないのか、ということです」


 そう。美雨が怒っているのは、瑞英に対しての説明が大いに不足している、ということだ。

 番という単語は聞いていたにもかかわらず、瑞英は美雨に問うたのだ。そう、「つがいと花嫁の違いとは、なんでしょうか……?」と。


 一番始めに説明しておく部分が欠如しているとは、どういうことだ。


 美雨が言いたいのは、そういうことである。

 すると幸倪が、ああ、と頷き首をかしげる。


「確かに以前聞かれたときは、状況が状況でしたし、話すならば雅文様からの方がいいと思ったので省かせていただきましたが……その後、雅文様がお話なさったのではないのでしょうか?」

「いや、すっかり失念していた」


 美雨は思わず、心の中で「おい」と言ってしまった。

 どうしてこう竜族の男どもは、こういうことに関してとても適当なのだろうか。美雨としては腹立たしさしか湧かない。

 細かいことは気にしない性格、というべきか、はたまたそっちに関しての関心が薄い、というべきか。片割れがずぼらだともう片割れがしっかりしている、という謎の法則が、竜族内にはあった。そして傾向的に、男の方がずぼらであることが多い。


 そして雅文も幸倪も、仕事面に関しては非常に優秀だが、恋愛面に関してはとんと駄目だ。幸倪はまぁ相手が美雨なためそのあたりは置いておくが、雅文など六百年近く番が見つからなかった。興味が湧くわけもない。


 瑞英様のためにも、わたくしがしっかりしなくては。


 美雨は拳を握り締めた。

 そして体を前のめりにし、雅文に詰め寄る。その顔は鬼気迫る何かがあった。


「……雅文様? あなた様は少々瑞英様に対して、適当すぎる面がございませんか?  共にいるだけでは駄目なのです。それでは何も、瑞英様のためにはなりません。そう! 夫婦というのは、そんな甘っちょろい幼少期の恋人同士のような、青春に満ち溢れた関係ではないのです!!」

「な、なるほどな」


 珍しく、自らが雅文の家臣であることを忘れて力説する美雨。そんな彼女の行動に、雅文も珍しくたじろいだ。とことん感情を見せることがないのが、雅文という竜族だ。その上力が強いため、苦言を呈す者などごくわずか。その中でも雅文に面と向かって意見できるのが、この美雨と幸倪という夫妻だ。

 そんな美雨をなだめるために、幸倪が割って入る。


「落ち着いてください、美雨。雅文様は、女性関係には無知です。そしてもともと、見つける気もありませんでした。そういったことに関しての知識が抜け落ちているのは、仕方のないことでは?」

「ええ、そうです、そうでしょうよ、ええ。ですが問われたことくらい、ちゃんと答えたらどうですか幸倪。何事も早々に言うのがいいに決まっています」

「え、わたしのほうにとばっちりですか……?」

「そうですよ。というかあなたにはわたくしという番がいるのですから、そういった繊細な問題に関してしっかりと教えてあげるくらいの心意気をを持ったらどうなんですか!」

「あ、はい。すみません……」


 がしかし、何故か夫婦喧嘩に発展してしまった。

 美雨に出会った頃から頭が上がらない幸倪は、彼女が相手だとたじたじだ。そのためただただ謝るしかできなかった。

 そして瑞英に関しての説明不足さから話が変わり、今度は夫としての出来の悪さについて移行する。


「そもそもあなたというひとは、家族をほったらかしにしすぎなのです! 子を身ごもったこともあり、わたくしが職を辞したのが百年ほど前の話です。その間にあなたは、何回我が家に帰ってきましたか? 二ヶ月に一度ですよ二ヶ月に一度! いくら忙しいと言っても、それはどうなのですか!? せめて一週間に一度は帰ってきなさい!!」

「え、いまさらそれを言うんですか……?」

「今思い出したのです、悪いですか!! わたくしとて、我慢しているのです!」

「あ、すみません、はい、本当にすみませんでした……」

「そのくせして、毎年わたくしの誕生日になると帰っていらっしゃるとか、本当なんなのです。なんで毎年花や贈り物を持って帰ってくるのですか。たらしですか。そんなふうにされたら、文句が言えなくなってしまうではありませんかっ!」

「え、えー……いやだってですねぇ、美雨の誕生日を忘れたことは、あなたに出会ってから一度もありませんよ? 大切な日ですからね」


 が何故か、ただののろけになってきた。しかし当の本人たちにとってこれはのろけでなく苦言だ。夫婦漫才よろしく言い合いを続けるふたりを、雅文が興味深そうに見つめる。


「ふむ、そうか。わたしも瑞英とこのような会話をすることになるのか……それは面白いな」


 感慨深げにこぼす雅文。その瞳は瑞英との幸せなやり取りを想像していた。

 そんな天然なつぶやきを拾ったふたりは、たがいに顔を見合わせ頬を赤らめる。

 しかし直ぐに気をと取り直すと、ひとつ咳払いをした。


「こほん。……えーとにかく、です。女には女の扱い方や接し方というものがあるのです。特に雅文様に関しましては、相手が竜族でなく鼠族の姫君であられます。意思疎通を言葉を介さずとも分かる竜族同士とは違い、しっかりと言葉で自らの想いを伝えるべきかと思いました。……申し訳ございません、出過ぎた真似を」

「いや、構わぬ。それにちょうどわたしも、瑞英に対してどのように接するべきか悩んでいたのだ。あの姫はどのようなことをすれば喜ぶであろうか?」


 真面目な顔をして首をかしげる竜王に、家臣たちは顔を見合わせる。

 美雨は現在の主人が喜びそうなことを、頭の中に浮かべてみた。


 瑞英様が喜びそうなこと……。


 美雨は真顔になった。

 あの姫ならば、ある程度のことなら嬉々として跳び上がりそうなものだと思ったのだ。

 なんせ庭に出ただけで満面の笑みを浮かべるような、無垢な姫だ。目新しいことをやってやるだけで、絶対に笑顔になるはずだと無駄な確信が美雨の胸の内を支配する。


「……雅文様。おそらく、瑞英様は大抵のことをお喜びになるかと」

「ほう」

「そういえば以前は、庭に出ただけで楽しそうにしていた、と言ってましたね」

「はい。ですから、そうですね。たとえば色つきの図鑑を見せたり、季節の花をともに見たり、夜空を眺めたり、ということをしたらいかがでしょう? 瑞英様の笑顔が増えると思いますよ」

「なるほど、そういうものでいいのか」


 それからも恋愛会議じみた話が続き、美雨は夜も遅いため部屋を後にする。

 そしてふたりの主人が徐々に距離を縮めていくであろう未来を想像し、表情をほころばせた。


「どうか雅文様と瑞英様の行く末が、幸せなものでありますように」




 ――誘拐騒動の後それらのいくつかが実行に移されたことは、今の美雨には知る由もないことである。

【第一部番外編一回目】

「11.教育」で美雨が「つがいと花嫁の違いは何?」と問われ「なんで教えてないんだ」という風に怒った後の末路をお送りしました。

何故か分からないが、ただののろけになった。何故だ。誰得だ。間違いなく私得だ。

ただまぁあんまり揃ってスポットを当てていなかった、幸倪&美雨夫妻の小ネタや痴話喧嘩ができたのは、とても良かったと思う。この三人は書いててとても楽しい。

話中にも出てきましたが、この夫婦には既に子どもが二人ほどおります。

その子どもたちの話もまた本編などでできたらいいな、なんて思ってます。

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