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竜王陛下の逆鱗サマ  作者: しきみ彰
第一部 最弱姫は氷王の心を溶かす
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11.教育

 雅文ヤーウェンに会った翌日から、美雨メイユイによる本格的な教育が始まった。

 内容はもちろん、瑞英ルェイインが持ち合わせていない竜族についての教育だ。

 今日も今日とて几帳面に髪の上部を結い上げた美雨は、その美貌を和ませた。


「おはようございます、瑞英様」


 そんな言葉とともに満面の笑みを美雨は、後ろに山のような書物を持った宦官かんがんたちを従えていた。その様は圧巻で、上下関係がくっきりと現れている。瑞英はそこで改めて、美雨のすごさを悟った。


 それ以上にすさまじいのは、持ってきた書物の量だろう。

 普通の者ならば絶望するであろうその量を、しかし瑞英は諸手を挙げて歓迎する。早々に机についた瑞英は、うきうきした心地で美雨のことを見上げていた。

 そんな鼠姫に苦笑しつつも、美雨は教本を片手に説明を始める。


「本来ならば歴史からやっていくのが良いのかもしれませんが、それだと進行が遅くなってしまいますので、とりあえず必要なことを中心にやらせていただきます」

「はい」

「まずはじめに、竜族社会特有の順位付けというものについて、説明いたします」


 美雨はそう言うと、書の山から一冊のそれを、瑞英の前に広げてみせる。そこには、竜宮における部署や位付けが図で描かれていた。


「竜族は基本的に、実力者を評価する位付けをしております。実力とひとえに申しましても様々で、その分野が飛び抜けて強い者を、上位に据えることをしているのです。そのため竜宮の周りにあります六つの塔、そこを任されています六部りくぶ尚書しょうしょには、竜族の者以外も多数勤めています」

「実力者至上主義、ですか」

「そういうことになります。なので出自はさほど関係ございませんね」


 瑞英からしてみたら、夢のような制度だ。期待も膨らみ、思わず色々と質問をしてしまう。彼女の学ぶ意欲の強さに驚きながらも、美雨は嫌がるそぶりひとつ見せずその細部まで返答をした。


 結果分かったのは、本当に多種の獣族が竜宮に勤めていること。性別が女であっても一応、差別はされないこと。ただ一部の過激派は、竜族を至高とし、暴力のみに重きを置いていること、などだった。


「そこを踏まえまして、竜族には二つの派閥があります。ひとつが穏健派。もうひとつが先ほど説明させていただきました、過激派です」

「過激派は、極端に鳥族を嫌っているんですよね。そのため鳥族との小さな抗争ならば、最近も幾度かあるとか」

「はい、そのとおりです。鳥族は、竜族が十三支国を統治する以前から仲が悪うございまして。向こうも敵対してきていますので、お互い様というものかもしれません」


 美雨が淡々と言葉を重ねる。されど、その教え方は実に上手い。時折こうやって雑学のようなものを入れてくれるのだ。瑞英の知識欲はいかんなく満たされていた。

 そしてさすがの瑞英でも、竜族と鳥族の仲の悪さは知っている。


 竜族と鳥族は互いに空を駆ける獣族だからか、昔から対立を繰り返してきた。そのため竜族が治め始めてからかなり時が経つ今でも、小競り合いは続いているらしい。面倒臭い話だ、と彼女は眉をしかめながら思った。強者の考えることは、瑞英には理解しがたい。

 そんな彼女を美雨が、表情を緩めながら見つめていた。


 その間に、双子の侍女はせっせと部屋の掃除を済ませていく。藍藍ランランは引っ張られながらそれについていっていた。

 藍藍は、複数の侍女と協力して何かをやったことがない。良い機会なので色々学ばせてもらえ、と瑞英は内心で合掌しつつ思った。


 途中茶菓子とともに休憩が挟まった。振舞われたのは、餡や木の実、胡麻、干し葡萄などを小麦の皮で包んだ伝統的な茶菓子と、緑茶だ。茶菓子は上面に模様が描かれ、艶やかな光沢を放っている。見るからに美味しそうだと瑞英は空腹を訴える腹を抑えながら思った。


 茶菓子はおろか甘いものなど、鼠族からしてみたら年に一度食べれるかほどの嗜好品である。かなり大きな円盤状のそれを一口割って、瑞英は口に含んだ。木の実や胡麻の食感が楽しいそれは、茶とともに食すと口の中で解けてなくなる。はじめての味に、瑞英は絶句した。疲れた体に、甘いものはよく染みる。

 実に美味しい菓子だ。むしろこれだけ良いものを使っていて、まずいはずがない。


 茶も香りの高い良質なもので、一口含めばみずみずしく爽やかな香りが鼻を抜けた。後にわずかに広がる苦味もまた良い。


 ひとつひとつのことに感激したり考え込んだりする瑞英を、侍女たちはほっこりとした表情で見つめていた。

 されど高級品を堪能した瑞英は瑞英らしく、突如真面目な顔になると、「この贅沢三昧な生活に、慣れないようにしないと……」と内心焦りを見せている。百面相を繰り返す姫は、自分が愛玩的な対象となっていることに気づいていなかった。


 その後もつらつらと基本的な話をされたところで、教本は別のものに変わる。

 それは瑞英が一番関係してくる、竜族の婚姻についての話だった。


「さて、ひととおり基礎的なことを話したところで、竜族にとっての婚姻についてご説明します」

「はい。……あ、その、質問良いですか?」

「はい、構いませんよ」


 美雨がそう切り出してきたところで、瑞英はとあることを思い出し質問をする。美雨は快諾した。それに安堵したところで、彼女は以前から気になっていたことについて話す。


「その。つがいと花嫁の違いとは、なんでしょうか……?」


 瞬間、今まで穏やかだった美雨の表情が凍る。瑞英は、喉の奥から漏れそうになる悲鳴を唇を引き結んで耐えた。

 されどその怯えが伝わったのか、美雨が慌てて表情を取り繕う。そして引きつった笑みを浮かべた。


「番、というのは、竜族で言うところの伴侶です。ただ他獣族とは違い番は、生涯を共に過ごす相手、という意味合いを持ちます。『死が二人を別つまで』と言ったところでしょうか?」

「……えーっと?」

「つまり、瑞英様は雅文様の番。他の方はあくまで、花嫁候補、と言ったところです。雅文様の孤独を唯一埋めてくれるのは、瑞英様だけなのです」


 瑞英は頭の上に疑問符を浮かばせた。誰かに傾倒するほど恋い焦がれたことがないだけあり、彼女はそちらの感情にとんと疎い。

 そのため瑞英には、番と孤独がどのように繋がるのかまるで見当がつかなかった。


「竜族の方は、番が見つかるまで孤独なのですか?」

「そうですね。竜族は、番を見つけるまで常に心にうろを抱えています。それは、番以外の誰かと触れ合うだけでは埋まらないのです。そのため若い頃は、それに耐えかねて暴れたりすることもあります。……他獣族の瑞英様には、分からない感情かもしれませんね」


 だんだんと表情に憂いをにじませる美雨に、瑞英はなんとも言えない気持ちにさせられた。歯痒はがゆいというべきだろうか。どこか諦めたようなそれを見ていると、彼女は昔のことを思い出す。

 どうしようもなく無力だった頃の、自分を。


「……だからわたしは、知りたいんです」


 いつの間にか固く握り締めていた手を開き、瑞英は教本にそっと触れる。そこには、今まで竜王の花嫁となってきた姫たちの名が綴られていた。

 瑞英が目に留めたのは、ちょうど竜族が十三支国を統治し始めてから、一度たりとも内部の娘を王妃に迎え入れていない点だ。しかも外部から迎え入れている花嫁の大多数が、兎族か猫族だ。時折狗族が紛れているが、頻度は少ない。この選び方にも、何か意味があるのではないか、と瑞英は踏んでいた。


 そして今の番の話と、数千年前から始まった花嫁集めの話。それはおそらく、瑞英が番だということと深く密接しているのだろう。しかしそこには、言えない何かがあるのだ。聡い鼠姫は、そこまで予想していた。


「陛下の御心に嘘偽りがないことなど、何度か会っていれば分かります。お優しい方なことも、分かります。ですがわたしは、陛下をそこまで深く想えません。陛下と同じような位置に立つには、わたしがもっと、陛下のことを知らなくてはいけないと思うのです」


 婚姻が嫌なわけではない。瑞英は腐っても王族だ。政略結婚などザラにあることだし、むしろその政略結婚で竜王に嫁いだことは、他姫から見ればかなりの玉の輿だろう。そう。婚姻に文句はない。


 されど。

 嫁ぐだけでは、瑞英は雅文と同じ位置には立てない。いつまでも施しを受けるだけだ。


(そんな平等じゃない依存関係なんて、認めるものか)


 瑞英の中での結婚は、互いが同じ位置に立っていることが前提だった。


「陛下から与えられた愛を受け止めるだけじゃ、平等じゃない。できることならばわたしも、陛下の救いとなりたいのです」


 きっぱりとした口調で美雨を見上げるその瞳は、清々しいまでに真っ直ぐで真摯だ。

 美雨は胸を、鋭い何かで射抜かれるような心地がした。純粋な想いのみが込められたそれは経験したことがない痛みを放ち、彼女の頭に衝撃を与える。

 そのとき美雨は、昨夜雅文が言った言葉の意味をすべて理解した。


 自然と笑みがこぼれる。それは先ほどのように洗練されたものでなく、ふと溢れてしまった剥き出しの笑みだった。


「瑞英が雅文様の番で良かったと、わたくし思いました」


 そう言われた瞬間、瑞英の表情に困惑が広がる。


「それ、昨日も陛下に言われたのですが」


 少しむくれたような口調は、とても子どもっぽい。愛らしい姿に瞳を和ませた美雨は、改めて教本を持ち直した。


「さて、授業を再開させましょう。竜族の内部事情についてはいずれ、しっかりとお話できるときが来るかと思います。……そのときはどうか、陛下のことを嫌わないであげてくださいませ」

「……善処します」

「素直ですね」

「どうなるかは、そのときにならないと分からないので。無責任に頷くことは、わたしにはできません」


 きっぱりとした物言いで言い切った瑞英は今度は何も質問することなく、おとなしく授業を再開させる。それに声を漏らしながら笑う美雨に、瑞英は居心地の悪そうに肩を竦めて目を逸らした。


「陛下の前では、そのままの瑞英さまでいてあげてくださいませ。それが一番よろしいと思いますから。――ただ」


 びくりと、瑞英が肩を震わせた。おそるおそる見上げれば、そこには満面の笑みをたたえた美雨がいる。

 されど幻覚だろうか。その背後に、何か禍々しいものを感じる。


 瑞英は口を両手で押さえ、己の口の軽さを呪う。しかしときすでに遅し。美雨のうちに芽生えたそれは、瑞英の手では摘み取れない。


「公の場にてそのような発言をされることはいただけませんので、これから礼儀作法につきましてもみっちりと教育させていただきます、瑞英様。これからしっかりと予定を立てさせていただきますので、ご容赦を」

「お手柔らかに、お願いします……」

「善処いたします」


 心底反省した瑞英は金輪際、美雨のことを怒らせるのはやめようと誓った。

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