待ち構えた女は山吹
決行日八重の家まで徒歩で進む。
家に仕えている女達と、早蕨の伝手で加勢に来た女達が連れ立って進んでいる。
そして柳の命令一過用意された凶器を積んだ荷車。
それを押して、ゆっくりと進む。
笹雪は虫垂れ布をさばいて空を仰ぐ。いやになるほど天気が良かった。
「笹雪様」
小松が気遣わしげに声をかける。
「ああ、大丈夫、天気がいやにいいなって思ったの」
空と同じく、笹雪の着ている小袖も鮮やかな青だ。何度も藍に付け込んで染めた糸だ。手伝った小松もよく知っている。
それに細かく詩集を刺してあった。
襟周りに小さな花をさした。せめてもの笹雪の意地だ
それに袴をつけている。
笹雪だけでなく女たちは全員。傍らに杖をついている柳すら。
その恰好が否応なしにこれからなすことを表している。
ああと小松はため息をついた。
別に人を殴らなくてもいいのだ、調度などを破壊してもうわなり打ちは成り立つ。できるだけものに当たることにしようと小松は決心していた。
できるだけ簡単に壊れる調度は何だろうと思いをはせながら歩いていた。
ついにやってきた梅が枝の家、周囲に人影はない。
家の中で息を殺しているのかと様子をうかがう。
生垣の向こうから飛んできたものがある。笹雪の足元に落ちたそれは。
「石?」
生垣の陰に身を隠し、数人の女が石を投げてきた。
小さく悲鳴をあげて、女達の大勢が崩れる。
「読んでおったわ、八重め」
柳がそう叫ぶと、荷車に積んでおかれていた戸板を持ち出させた。
女達は一斉に市女笠を投げ捨てる。
数枚の戸板越しにじりじりと身体を進める。
何度か石が当たったのかドンと手ごたえを感じるが、戸板に阻まれて怪我をすることはなかった。
笹雪は、小松が支える戸板越しにそっと梅が枝の家の様子をうかがう。
今はまだ石を投げている数名しか見えないが、まだ家の中にいるはずだ。
笹雪はギュッと拳を握りしめた。
「殴る時は腕だけで殴らない。下腹に力を入れて殴る」
教えられたことを何度も復唱する。
効いていた小松が冷や汗をかいていると、笹雪の頭すれすれで石が戸板を貫通して飛んできた。
「え?」
人はあまりに常軌を逸したものを見ると、しばし現実を受け入れられなくなるものだ。
小松は茫然と戸板に空いた穴を見ていた。
「なんかすったなんか」
自分の頭をなでながらきょろきょろと笹雪はあたりを見回している。
石を手に一人の女が仁王立ちしていた。
幅広い身体に太い猪首。がっちりとした顎、分厚い唇をへの字に歪め笹雪たちを見据えている。
山吹の小さな眼が鈍い光を放っていた。
虫垂れ布とは市女笠から下がっている布です。身分によって長さが違い笹雪と柳が窓にかかるカーテンくらいで小松以下はハンカチくらい。
旅装束で女性も袴は履いていました。