待ち受ける女は八重
果たし状がその日梅が枝のもとに届けられた。
「おやおや、あのかわいらしいお嬢さんがねえ」
くすくすと笑うのは梅が枝の母、八重だ。
もともと梅が枝の所業は八重を見習ってのことなので、八重も梅が枝のやる事にいちいち口を出さない。
自分もとおってきた道なのでそれが悪いとは思わないのだ。
八重はその果たし状を放り投げた。梅が枝も笑ってそれを見ている。
「まあ、返り討ちにしてやろうよ」
くすくすくす。
母子二人で笑い合う。
「あの柳の孫ねえ」
かつて小娘だった八重と、そろそろ年増になりかけた八重がやりあったのは梅が枝が産まれる前。
その時対象になった男は梅が枝の父ではない。
その時の柳のやり口、年増の女が一番嫌がるところを知りつくしたいやらしいやり口は今思い出しても腹が煮える。
「おそらく柳が口を出してくるだろう。心しておやり」
八重はそう言って梅が枝を諭す。
「果たし状など何度受け取ったか覚えてもいないわ」
八重はうわなり打ちをうわなりとしてこなみとして幾度となく戦い抜いた歴戦の猛者だ。そうそう小娘に後れをとることなどない。
その戦いの知識をおしみなく娘に渡すつもりだった。
「無論、たたきつぶせ」
うわなりはこなみにされるがまま許しを請うべきという言いようもあるが八重はそれに従うべきとはかけらも思っていない。
とられるほうが悪いのだ。
「無論、こちらには手勢が控えている」
今仕えている使用人たちを見回す。
主の所業ゆえ、うわなり打ちに慣れ切った使用人たちは不敵な面構えでそこに控えている。
「山吹」
そう呼ばれた女が前に進み出る。その女は第一印象が何から何まで幅広いということだ。
たっぷりとした身体の肉付き。がっちりとした肩幅に太い猪首。その上にがっちりとした顎のある顔が乗っている。
分厚い唇にひしゃげた鼻、小さな眼がどこか鈍い光を放っている。
この家の使用人の中でも一騎当千と言われるのがこの山吹だ。
その体躯から想像できるように十人力の強力の持ち主だ。
そして鈍重そうな体つきにかかわらずその動作は意外に素早い。
怪力と素早さその二つに翻弄されて、戦わずして逃げ去ったものも多い。
一度など山吹の顔を見ただけでだれ一人この家に入ることもかなわず果たし状など忘れたように逃げ去った者もいるくらいだ。
「とはいえあの柳が、戦わずして逃げるなど許すはずもないけれどね」
笹雪ならどうとでもなるが、柳はどんな汚い手を使ってくるかわからないのだ。
「お母様、あの笹雪ご時なら、この手で地にたたき伏せ、目の前で嘲笑ってやるつもりよ」
梅が枝はそう言ってにんまりと笑う。
頼もしい娘だ。
八重は満足そうに微笑んだ。
八重は八重桜から取っています。