巻きこまれた女は小松
笹雪が布を断っていた。
その布は兵衛が通ってきた時から糸をつむぎ、染め、織りあげていたものだ。
それを惜しげもなく断っていく。
美しい青は何度も何度も重ねて染め上げたもの。
「笹雪さま?」
小松はその姿を不思議そうに見る。
兵衛はその布がおりあがる前にいなくなり、その布の用はなくなってしまった。何を作ろうとしているのだろう。
「小松、これはね、私の小袖を作るの」
笹雪の表情はない。
怒りも悲しみも恨みも。
小松は笹雪を不憫に思いながらもこうなってよかったのだとも思っていた。
笹雪の乳姉妹である小松にも言いよるような態度をとっていた男だ。無論うかつに相手をすれば小松など立ちどころにこの家から叩き出される。
そのため適当に話を合わせ、その上で極力顔を合わせないようにしていたのだが、むしろいなくなって清々していた。
そんな男とも知らないで、はたの準備をいそいそとしている笹雪が哀れだったが、人の一つで口をつぐんでいた。
あの舞い上がった笹雪のことだ。あの時点でそんな話をしても聞く耳はもつまいと思ったのだ。
「うわなり打ちに、着ていくための小袖よ」
笹雪は低い声でそう言った。
「あの、やっぱりやるんですか?」
聞きたくはないが、念のためという風に小松は尋ねた。
「ええ、これはけじめなの、兵衛さまへの気持ちがこもった布でできた小袖で、うわなり打ちに行くの」
笹雪の表情がないのはあまりに感情が激化しすぎて、かえって表情に表れなくなったためらしい。
そのことに気づいて小松は青ざめた。
うわなり打ちに出るならば、乳姉妹である小松も当然引き出される。
噂で聞くうわなり打ちは相当凄まじいものであるという。
場合によっては重症者が出ることも珍しくないとか、無論死人は出ないうちに止めてくれるらしいが、それでも不測の事態というものは常にある。
おとなしくて気の弱い小松にとってありがたい事態ではなかった。
「果たし状を出せば、もうあの人が帰ってこないことを認めるということ。もう帰らないことはわかっているけど、それでもそれを私が認めることになる」
笹雪の言葉は抑揚がない。表情と同じく平静そのままだ。
しかしそれは見せかけだ。
「だったら、その場合あの人への気持ちがこもった小袖を着ていきたいの。本当はあの人のはかまを仕立てて差し上げたかったのに」
言葉の端に恨みがにじんだ。
「けじめよ、最後の最後、仕立ててあげられなかったあの人の着物の代わりに恨みを晴らす衣装を縫うの」
座くっと再び布にはさみが入れられる。
どうやら自分の命運は決まったようだ。
できれば怪我をしたくないのだけれど。
しかし乳姉妹の自分が先頭に立って戦わねば示しがつかない。
ふらっと立ちくらみを起こしそうになりながらたぶん手伝うと言わないほうがいいんだろうなと思ってその場を立ち去ることにした。