そそのかす女は早蕨
畳は室町時代では贅沢品で寝るところか座るところに一枚だけ引いてあるということで、畳を敷き詰めた部屋は将軍くらいしか使えなかった。そんな感じで
笹雪の家の端女に、兵衛のことを知らせたのは早蕨という女だった。
主一家は上座の畳の上、早蕨は小作農民の身分ゆえ下座に藁座も使わず直接板場に座っている。
騒ぎを聞きつけ駆け付けた笹雪の祖母も難しい顔をして早蕨を睨みつけていた。
何故捨てられたのかもわからないでいた笹雪にほかの女の存在を知らせたその女は面白そうにこれから起こることを待っていた。
おそらくすでに兵衛がほかの女に心変わりしたことを両親は知っていた。知っていてあえて言わなかったのだ。
ある程度ほとぼりが冷めるのを待っていたのだろう。
余計な事をという目で早蕨を見ていた。
そして、離れに住んでいた祖母に当たる柳は孫娘の結婚から離婚そのいきさつを眉根を寄せて聞いていた。
「つまり、梅が枝は八重の娘だな」
梅が枝の母親の名前を柳は憎々しげに呟く。笹雪の母がああ、と袂で顔を覆った。
笹雪の母、合歓の父が死んだのは合歓が幼いころのこと。そのあと柳は再婚した。
それからしばらくは平穏な日が続いていたのだ。その再婚相手が、梅が枝の母八重のもとに引っ張り込まれるまでは。
あの時の柳の怒り用は凄まじく、その間の大騒ぎは合歓の心の傷になって残っている。
そんな時笹雪がよりによって八重の娘に夫を横取りされたことが分かった。このことを柳が知ればあの時の悪夢の二の舞だ。
厭わしげに合歓は早蕨を睨んだ。どうしてこの女は親切ごかしにいらないことをわざわざ知らせに来たりしたんだろう。
「無論、このままで済ませれば、お嬢様に傷がつきます」
しゃあしゃあと早蕨は言ってのけた。
「こちらでも手配して差し上げても」
「手配ということは」
柳が重々しく口を開いた。
「うわなり打ちをせよということか?」
ああと合歓は顔を覆った。
恐れていたことが現実になる。
「うわなり打ち……」
笹雪が小さく呟く。
「そうね、あの女に目に物見せてやらねば」
笹雪はすっくと畳の上に立ちあがった。
「日付はどういたしますか、最低でも十日はいただきとうございます」
「十日」
笹雪はしばらく考え込んでいたが、では、十五日ぐらいで、その代わり準備は」
「お任せください、いいのを取りそろえておきますから」
早蕨はにんまりと笑うと、柳を見た。
「無論、お婆様もねえ」
「不足あってはならぬぞ」
じっとりとした目で柳は早蕨を見据えた。
「では笹雪、果たし状を書くのじゃ」
「はい」
笹雪は畳を降りると、自分の部屋に戻る。
そのまっすぐに延びた背中を見送りながら、これは止めても無駄だと両親は嘆いた。
実は両親は兵衛を厄介払いで来たと清々していました。