寝取った女は梅が枝
女が長い黒髪をくしけずっていた。
上質な油をたっぷりと染み込ませた黒髪は濡れ濡れとした艶を放っている。
高価な紅を惜しげもなくたっぷりと塗り付けた唇をにんまりと曲げて笑う。
「何が楽しいんだい、可愛い人」
颯爽と言う言葉が似合う美丈夫にしなだれながら女は笑う。
「これが笑わずにいられましょうか」
するりと蛇のように白い腕が男の頭に絡む。
「愛しいお前様がここにいてくださる。こんな嬉しいことはございませぬ」
媚を含んだ笑みで烏帽子をかぶったあたりを撫でまわしながらささやきかける。
切れ長な目に細面で、目鼻のつくりは繊細だが、やや厚い唇にはふてぶてしさが漂う。どこかアンバランスなそれでいて目を引く美貌。
笹雪が、小動物のように愛くるしいとすれば、毒々しい花のように美しいとするべきか。
「笹雪のことは」
「言わないでおくれ、お前という真実にたどり着くため、それだけの存在だ」
兵衛はぬけぬけとそう言って自分の頭に回された梅が枝の手首をつかみきつく抱き締めた。
梅が枝は目を伏せる。
笹雪の名を出したとき、梅が枝は幽かな優越感を感じていた。
この女は人のものを横取りし、それで優越感に浸るという悪癖を幼いころから持っていた。
人のものほどほしくなるというやつだ。
子供のころと違い、最近ほしがるのは人になった。人の恋人や夫を横取りすることに血道をあげ出したのだ。
そんな梅が枝を親は止めなかった。なぜなら、母親もまた、あちらこちらの人の夫に手を出して悶着を起こし続けた前科があったからだ。
見事な似たもの親子である。
止める者もなく暴走した梅が枝は今日も自らの戦利品に目を細めている。
そして梅が枝を知るすべての人間が薄々感づいていることもある。
笹雪が最後の犠牲者であるなどあり得ないと。
しかし今は、己の勝利に酔っている。
梅が枝の家は、笹雪の家よりほんの少し、裕福ではない。しかし、梅が枝自身でその差を埋めたのだ。
その裕福でなくなった理由は母親の若いころの所業が多少関係していたことは言うまでもない。
そんな話を笹雪のところまでわざわざ言いに来た者もいた。
兵衛と梅が枝のとの睦言や、二人で笹雪をくさしていたことまで事細かに。
ギリギリと、歯を噛み鳴らし、肩を小刻みに震わせていた笹雪を面白そうにうつむいた影に隠しながら。