捨てられた女は笹雪
大和撫子の本当の意味は日本原産の撫子って意味さ、大陸撫子と区別するための言葉さ哺乳類のことをさすことは決してない。
女が泣いている。長い黒髪を打ち伏して、しどけなくさめざめと。
塗込の間に敷かれた畳の上でとめどなく。
もとは夫婦の寝間であった。しかし、そこで泣いているのは女一人だけ。
どれほど泣いてもその思いは尽きないように泣き続ける。
婚儀をあげてまだ半年、短すぎる結婚生活だった。
若草色の袂を涙で濡らしているのは、ようやく髪を上げることを許された、数え十四ほどの少女。
名を笹雪という。
今は泣き腫れているその瞳も円らで頬も丸々として愛らしい顔立ちの、いまだ少女めいた女だった。
その笹雪が夫を迎えたのも、髪上げを迎えてすぐ、夫となった兵衛はこのあたりでも評判の美男子で、そんな婿を迎えられるなどうらやましいと、笹雪の友の女衆は口々にほめそやしたものだった。
そのまま睦まじく暮らしていた。いさかい一つ起こったこともない。にもかかわらず唐突に兵衛は笹雪のもとを去った。
どれほど考えてもわからない。何故唐突に出て行ってしまったのか。
塗込の外で、笹雪の両親が心配そうに様子をうかがっているのが見える。
ふいに笹雪の嘆くばかりの心持が揺れた。
親を心配させないようにここは泣きやんで出ていくべきだろうか。しかしそれではあまりに軽い。もう少し泣いていようか。
そう千々に思い乱れ始めたころ、ふいに泣く気が失せた。
出て言ったものは仕方がない。もし戻ってくるのなら戻ってくるだろう。
そう腹が決まった。
泣き腫れた目をこすって、涙をぬぐう。
ずうっと同じ姿勢で鳴いていたので、負荷のかかった筋がギシギシと痛んだ。
それでも何とか気を取り直し、背後を振り返った。
「父上、母上、もう泣きません」
かすれた声でそう宣言する。
「あの人は、戻ってくるときは戻るでしょう。そして戻らないのなら、もうどうしようもないのでしょう。私が至らなかったのです」
ふいに涙がこぼれた。
「申し訳ありません、せっかく婿を迎えたのに、たった半年で去られるなんて、私が至らないから、父上母上にまでいらぬ恥をかかせてしまって」
笹雪は震える声でそう言うと、再び漏れそうになった嗚咽を袂の下に押し殺す。
「笹雪、お前が悪いのではありません」
そう言って笹雪をそのまま老けさせたような母親は笹雪を抱き寄せる。
「ですが」
「いいえ、お前の咎ではありません」
母親ははっきりとそう言って笹雪を抱く手に力を込めた。
そんな時、端女の一人が一家のもとに駆け込んできた。
「大変です、旦那はあの西の梅が枝殿のところにいるそうで」
その名を聞いた時、笹雪の目がつりあがった。
「なんですって」
低い声、先ほどの甲高い鳴き声とは雲泥の差の低い冷たい声。
母親は抱いていた手を離した。
父親はじりじりと後ずさっていく。
「あ~の女ねえええ!!!」
最後は絶叫だった。
大和撫子が紳士の格闘技を志す女子のことならば正しい言葉だね。