あの時は早すぎて、今では遅すぎる -Another-
ずっと、好きだった。
生まれた時からずっと一緒で、幼稚園も小学校も中学校もずっと一緒で、これからもずっと一緒なのだと信じて疑わなかった。
いつから好きだったとか、どこが好きなのかとか、そんなの今さら言われても分からない。気づいた時から。今まで見てきた全部が。好きだったんだ。
小六の卒業式の日だっただろうか。好きな人に振られた、とあいつの部屋に行って夜通し泣いた日があった。
長い時間居座られて迷惑だっただろうに、何も言わず頭を撫で続けてくれていた。いつの間にか私より大きくなった掌の感触に、ああ男の子なんだなと実感してちょっとだけドキッとしたのは今でも秘密だ。
それから気持ちはどんどん大きく膨らんでいって。十六歳になったらプロポーズしようと幼いながらに私は決めた。男子の結婚十八歳からだけど、あいつは密かにモテるから私が予約しておかなければいけないんだ。だから、十六歳の時。それまでは、仲の良い幼馴染みでいようと決めた。
だけど、それは叶わなかった。
十五歳の時に、私は引っ越してしまった。
聞いた事もないような遠い遠い場所。行ってしまったら、きっともう会えないような気がして。引っ越しの前日、あいつの部屋へ行った。いつものように窓枠を乗り越えて。
「あした、だろ…」
「…うん」
「お前の母さんのタルト、もう食えねぇんだな」
「……うん」
確か、そんな何でもない話をした気がする。私は涙をこらえてずっと下を向いていた。膝を抱えて、あいつに背を向けて。
違う、こんな事を話す為に来たんじゃない。いっそ、言ってしまおうかと思った。けれど、もし拒絶されたら?そんな事を考えると怖くて怖くて、とてもじゃないけど自分の気持ちなんて言えなくて、結局一度も目を合わさないで帰ってきた。
窓を越える時、風がとても強くて、これならあいつには聞こえないんじゃないかと思ったら、無意識に言葉がこぼれた。言葉と一緒に涙も溢れてきて、ひどく鼻声だったけど「好きだよ」と一言、呟いた。
引っ越し当日。とうとうあいつは部屋から出てこなかった。体調不良だったらしい。
それから十二年。私は愛する人と出会い、結婚して、子どもも授かった。笑い方が似ているね、とよく言われる。
新居は私の産まれた街、私の育った家に決めた。今頃、あいつも可愛い奥さんと一緒に暮らしてるのだろうかと思って一人笑みをこぼした。
再会したあいつは、昔よりもずっと背が高く、声も低くなっていた。付き合っていないのが不思議なくらい格好良くなっていたあいつは、優しく微笑んで迎えてくれた。
昔、あなたの事が好きだったのよ、なんて笑って話せる日がくることを願っている。臆病だった過去の自分が今の私を見たら、少し驚くかもしれないね。でもね、私は今、確かに幸せだよ。
さよなら、私の恋心。