2.辻斬りは陽気で元気
今から遡る事幾星霜、まだこの日本が「侍の国」であったころ。街路において通行人に対して唐突に刃を向ける者、辻斬りと呼ばれる人々が存在していた。
得物の切れ味を試すため、ただただ人を切りたいがため。理由は様々だがやることは現在の「通り魔」と呼称される犯罪行為と同様であり、当時も犯罪行為であったことは言うまでもない。
なぜ今そんな話題が出るか。それはこの平和な町に辻斬りが存在しているからである。
それが出没するのは決まって朝、学生やサラリーマンでにぎわう時間帯、とある高校付近の十字路にて息をひそめて標的が通過するのを待っている。
今朝もその例にもれず、大上段からの一振りが標的を縦一文字に両断・・・せんが勢いの寸止めを木刀にて繰り出していた。
「おまえはもう死んでいる。」
「えーと、ぷぎゃあ?」
沈黙が辺り一帯を支配した。「朝からこいつらは何をしているんだ?」という視線がその大半であり、その次に多いのは「またあいつらか」というものだ。
やがて襲撃者はフッと息を吐くと木刀を少年の頭上から外し竹刀袋にしまった。
「アンアン!ノリが悪い!もっとこう・・・ぷぎゃぁぁっっ!!って感じでやられてくれな虚しいやんか!」
どう考えても朝のテンションでは無い、むしろ深夜2時くらいのテンションで少年、安司に向かって喚く少女。
対する安司は実に涼しげな表情である。朝から「アンアン」言うな、女性週刊誌か!というツッコミを彼に期待してはいけない。いっそ何事も無かったかのような顔をしている。
「おはよう、太野さん。今朝も元気だね。」
挨拶までこの通りである、太野と呼ばれた少女は大げさに肩を落とし、不満を隠そうともせずに革達に挨拶を返した。
「おはよう、アンアン。それにキッカンも。」
「・・・おはよう、くみ。・・・キッカン、いや。」
「かわいいから良いやん、キッ!カン!」
「・・・。」
朝から猛威をふるうこの少女の名は「太野 公美」、安司達の同級生であり中学時代からの友人である。太陽の様な笑顔と熱気を周囲の意思とは無関係にばらまく、人懐っこい犬の様な少女である。・・・アホの子とは口が裂けても言ってはいけない。
そんな彼女は剣術少女でもある。そう「剣術」少女であって「剣道」少女ではない。確かに剣道も嗜むがその本業は「古流剣術」の研究と実践である。先の一撃もその成果の一端であろうことは想像に難くない。
ではいっそ物騒とも言える彼女と安司はどのようにして出会ったのか、その答えはこれまた中学時代の部活動である。
中学時代、彼女は剣道部に入部するも他の部員と折り合いがつかず、わずか一月で退部してしまった。そんな彼女を見かねてとある教師が彼女を自分が顧問を務める部活に勧誘したというわけである。言わずもがな安司が所属していた部活だ。
その振り切りすぎた性格から他人に合わせることが極度に苦手な公美ではあったが、彼らの持つ不思議かつ「何をしても許される」空気によりのびのびと自分を解放しつつ溶け込み、特に安司には「ずっと昔から一緒だった」ように感じるまでになった。
この関係は高校に進学してからも続き今に至る。
ちなみに喬華に関してはかつて轡を並べ剣道を学んだ間柄であり、部で再会してからは旧交を温めながら、時には切磋琢磨してきた。と、公美は主張している。
高校二年になった彼女の日課は安司の襲撃。毎朝どこかの十字路に潜み、安司が通るのを待ち構え様々な型から必殺の一撃を放ち寸止めしている。安司も最初こそ驚いたものの既に慣れっこになっており、また公美の腕前を信用してもいる為うっかり自分に当ててしまうとは思ってもいないので避けもしない。
これが二人の朝の挨拶、儀式と言い換えてもいいかもしれない。なにせ安司が学校を休んでこれをしそびれたなら公美は一日元気が無く、調子も悪い。
「うーん、アンアン反応薄いし一回直撃させて病院送りにしよかなぁ?」
実に楽しげに果てしなく物騒なことをのたまう公美。テンションが変わらないので冗談か本気か全く判断できない。ここまで我関せずの態度を取っていた喬華だったが、この危険発言にさすがに目を細めつつ一歩前、正確を期すなら安司の半歩前、公美との間に割り込んだ。
「・・・なら救急車は2台いる」
「キッカン怖い!でもどっちが乗るんやろ?2代目の救急車」
「・・・3台?」
「パトカーは呼んだらアカンで、お巡りさん嫌いやから」
二人の不穏で物騒な会話に苦笑いを漏らす安司。
少々風変りではあるがこれが彼らにとっての「いつも通り」であり日常だ。危ういバランスの上に成り立ったものではあっても。