3日目
(はぁ、どうするか)
俺は携帯電話を睨みながら、そう心のなかで呟いた。
俺が通ってたと考えられる、東光大学に連絡するべきかどうかである。
(連絡したところで、俺のことを教えてくれるかな)
下の名前しか答えられない以上、十分怪しまれる可能性が高い。
それに、今も通ってる学生なのかもわからない。財布には学生証がなかった。
もちろん、保険証や運転免許などの身分を示すものはなかった。
そもそも、携帯電話に大学の電話番号しかないのは怪しい。
(誰かの意図が感じられるな。その狙いはなんだ?)
大学の電話番号しかなかったのではなく、残さなかったのではないか。
しかし、このままネットゲーム上で情報収集するわけにはいかない。
現実でなにか行動しなければ。
(そうだ。実際に大学に向かうべきだな)
東光大学、とインターネットで調べれば位置情報がわかるかもしれない。
大学のことも知る手掛かりになる。
(よし。早速パソコンで検索だ)
意気込んで、パソコンに向き合う。
すると、パソコンから聞き慣れた音が聞こえた。
メールの着信音である。嫌な予感がしてくる。
(ここは無視するべきだな)
気にせず、検索エンジンを開く。
またしても着信音だ。無視してから5分も経ってない。
それでも無視していると着信音が断続的に聞こえてくる。
(だぁー、すげぇうるせぇ)
とうとう我慢できなくなり、直ぐにNEXTCITYにログインする。
(あのAI女。文句いってやる)
こうして、またしてもログインすることになる。
これが長くて苦しい1日の始まりだとは知らずに。
「やぁ!コウヘイ。お久しぶりだね」
「なにが『お久しぶり』だ!昨日もあっただろ!」
「あれ、そうだったけ?まぁ気にせず、一緒に遊ぼうよ」
「忙しくて無理だ。自分の記憶の手掛かりを探すのに精一杯なんだよ」
「えー、じゃあなんで来てくれたの?」
「ショートメールについて文句を言いに来たんだよ」
「内容について?仕方ないでしょ。時間がなかったんだから」
「違うわ!回数についてだ。一度に何通もショートメールされると困るんだよ」
「だって、直ぐに返事してくれないんだもん。メールに気づいてないかと思って」
「俺にも事情というものがあるんだ。ゲームを楽しむのなら一人でお願いする」
「そんなケチなこと言わずにさぁ。アイって名前つけてくれたんだし」
「君が考えてくれって言ったんだろ。俺が好きでつけたわけじゃない」
「まぁまぁ、そんなゴブリンみたいな顔しないでさぁ」
「誰がゴブリンだ!」
昨日まで心配していたのはなんだったんだ。
(俺が馬鹿みたいだろ・・・ん?)
アイの後ろに誰か隠れている。背の小さいPCである。
「お前の後ろに誰かいるのか?」
「おっと、そういえば紹介がまだだったね。彼女とはさっき村の商店街で知り合ったんだよ」
「彼女・・・?」
すると、アイの後ろからそのPCが控えめに出てきた。小さな女の子のPCである。
「は、初めまして。療術士のメルです。よろしくお願いします」
「お、おう。よろしく」
改まった態度で挨拶される。療術士ってことは回復関係の職業か。
まるで聖職者みたいな服装をしている。なぜだか、常におどおどしている
「彼女は初心者を支援するギルドに入ってるんだって。私にできることがあればって」
「ああ、なるほどな」
つまり、ギルド活動の一環としてアイとパーティーを組むわけか。なにはともあれ俺には関係ない。
「仲間ができてよかったな。それじゃあ2人で冒険を楽しめよ」
「コウヘイもいくのよ。3人でやったほうが楽しいって」
「だ、か、ら、俺は忙しいって・・・」
「い、一緒にいきましょう」
小さな女の子の療術士、メルから唐突に言われて動揺する。
「2人では前衛がいませんし、アイさんのいう通り3人で遊んだ方が楽しいです。一緒にいきましょう」
「ぜ、前衛は大丈夫だよ。アイの錬金術で吹き飛ばせば」
「錬金術を唱えるには時間が必要です。そのための時間稼ぎは・・・残念ながら私にはできません。
しかし、回復ならできます。そこでコウヘイさん、でしたっけ。あなたの力が必要なのです」
「お、俺ズブの素人だぞ?大丈夫なのか」
「もちろんです。そのために私はいますから」
「う、うーん」
「それに・・・」
「ん?」
「アイさんがその・・・とても楽しみにしてましたから。『またコウヘイと一緒にいられる』って」
「・・・え?」
「ちょ、ちょっと!メル、冗談止めてよ。一緒に遊べるっていったのよ」
「あれ、そうでしたっけ」
「ただ、初めて仲間ができたからさ。楽しみにしてただけよ・・・」
そんなことを言われると余計断れなくなる。これは卑怯だ。
「・・・わかったよ。いけばいいんだろ。いけば」
「やった!じゃあ早速フィールド作成ね」
「よかったですね。アイさん」
2人の笑顔につい目がくらむ。俺はとんだお人好しだな。