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猫、時々姫君  作者: 篠原皐月
第四章 長過ぎる一日

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12.喜劇の幕開け

 幾つかの連続した部屋に立食形式で饗された軽食や酒を楽しんだ舞踏会の出席者達は、開催時間が近づくに従って、その会場となっている大広間に三々五々集まって行った。その開始時間直前、主催者たる国王夫妻も大広間に隣接した控え室に正装して顔を揃え、椅子に座って一連の記念行事の準備・進行の責任者たる、宰相と女官長から報告を受けた。


「陛下。出席者が大広間の方にほぼ出揃いました」

「これまでの所、目立って大きな不都合は生じておりません」

 色々と煩わしい事が有っても、常と変わらない表情で告げてくるタウロンとカレンに、国王夫妻は労いの言葉をかけた。


「そうか……、ご苦労だなタウロン。舞踏会の方も、宜しく頼む」

「心得ております」

「カレンにもこの間、忙しい思いをさせてしまって、申し訳無かったわね」

「とんでもございません」

「それと……、シェリルの方はどうなっている?」

 国王の立場としては、公式行事である舞踏会の前にわざわざ尋ねる事では無いと、ランセルはかなり遠慮しながら尋ねたが、彼女を心配する気持ちは良く分かっていたタウロンは、主君を咎める事はせず、謝罪の言葉と息子に対する悪態を吐いた。


「申し訳ありません、未だに連絡が無い状態でして。あの馬鹿が……。発見できないならできないなりに、その旨の中間報告位、入れれば良いものを……」

 そこで何となくその場に重苦しい空気が漂いかけたが、ミレーヌが明るい口調で取りなす。


「お二方とも、そう心配せずとも宜しいでしょう。何と言ってもシェリルは、あのアーデン殿の術式を封じた首輪を付けている事ですし。そうそうめったな事にはなりませんわ」

「それはそうだな」

 釣られる様にランセルが難しい顔を緩めたところで、ミレーヌはさり気なくタウロンに確認を入れた。


「それより、ラウール殿やラミレス公爵を初めとする烏合の衆や、各国大使も会場に漏れなく揃っていますね?」

「はい」

「それでは、アクセス達からの報告はどうなっている?」

 ここでランセルに問われた近衛軍総司令官のラスティは、これまでタウロンとカレンの斜め後方に黙って控えていたが、一歩前に出てにがり切った表情で報告した。


「こちらも今朝から連絡が途絶えております。大事を控えて慎重になったのか、不測の事態が起きたのか……。なんとか一網打尽にできそうだなどと、昨日は景気の良い話をしておきながら、この体たらく。全くもって、許し難い事で」

 静かに怒っているラスティだったが、そんな彼をランセルは宥めた。


「仕方あるまい。元はと言えば、私の失態が招いた事態だ。いざとなったら、この場で真実を公表する。ファルス公爵にもその旨を話して、了承して貰った」

「陛下……」

「それは……」

 さらりと重大な事を聞かされた面々はさすがに二の句が継げなかったが、ただ一人ミレーヌだけは薄々予想していたのか、少し困ったように微笑んだだけだった。


「ご本人達が納得しているなら、致し方ありませんね。……ですが、そもそも王子の名前を詐称する人間を放置するなど、私は許せません」

「勿論そうだ。連中には、それなりの処罰は受けて貰う。この場合、どこまでどう係わっていたかによって、罪状がかなり違ってくるがな」

 自分の方針を承認しつつもしっかりと意思表示してきたミレーヌに、ランセルも真顔で頷いた。そして国王夫妻の考えを正確に把握し終えた事で、他の面々もつつがなく舞踏会を終えられる様、尽力する事を心がけながら、控え室を退出していく。


「それでは、私達は先に行って控えております」

「逃亡を図る輩が出ても、取り逃がす事の無いよう、警備体制は万全にしておりますので」

「ご苦労。宜しく頼む」

 そして、取り次ぎの側近がドアの前に佇んでいる以外は、二人だけになった室内で、ランセルが改まった顔付きでミレーヌに声をかけた。


「その……、すまないな。ミレーヌ」

「いきなりどうなさいました?」

 不思議そうに問い返したミレーヌに、彼は言いにくそうに話を続ける。

「だから……、例の事を公表したら各国大使の前で恥をかくし、侮蔑的な目で見られかねん。シェリルの後見人にもなって貰ったのに、お前にはいい迷惑だろう?」

 心底申し訳無さそうに口にしたランセルだったが、ミレーヌはそれを朗らかに笑い飛ばした。


「お気遣い無く、陛下。そんな事を気にする位なら、そもそも彼女の後見など引き受けておりませんわ」

「あ、ああ……、うむ。そうかもしれんな」

 そのままおかしそうに笑っているミレーヌを見て(全く、敵わんな)とランセルが苦笑しかけたところで、側近から声がかかった。


「陛下、入場のお時間です」

 その声に、二人は瞬時に為政者としての顔になり、静かに立ち上がる。


「分かった。……それでは行こうか」

「ええ。参りましょう」

 そしてゆっくりと開かれたドアの向こうに足を踏み出した時、二人の表情には微塵も不安や動揺などは見られなかった。

 それと同じ頃。王宮の正門から延びている大通りを、疾走していたみすぼらしい荷馬車が、正門まであと一区画という所で、角に入って静かに停まった。


「やっと着いた……。時間的に、もう舞踏会は始まっている頃合いだよな」

「早く中に入らないと。どうしたの?」

 ディオンがどうして一旦隠れる様にして荷馬車を停めたのか分からなかったシェリルは、不思議に思って尋ねたが、ディオンは自分自身の姿を見下ろしながら苛立たしげに告げた。


「正門が閉じられてる。このボロボロの格好だと、名乗っても門前払いを食わせられるのがオチだ。塀を乗り越えようにも、さっきの屋敷のそれとは比べ物にならない位塀が高くて、浮上術式を使うのは危険だし時間も無いから、さっさとあの門を強行突破しよう」

「強行突破って……、ディオン、どうする気?」

 目を丸くしたシェリルにディオンが手短に方法を説明すると、納得したシェリルは再び首輪の術式で自分の姿を消し、ディオンの膝に乗って彼の姿も消した。それからディオンが手綱を操って、馬を勢い良く正門に向けて突進させ始める。


「おい、あの馬車……」

「何でまっすぐこっちに向かって……、うわあっ!」

「危ない! 避けろっ!」

 門前の衛兵に向かって突撃する様に走って来た、一見無人に見える荷馬車は、正門に衝突する直前に不自然に曲がって停まった。そして回避した衛兵や、叫び声や馬のいななきを聞いて、内側から横の通用門を開けて飛び出して来た数人の近衛兵が、不思議そうに荷馬車を取り囲んで首を捻る。


「何だ、この荷馬車? どうして暴走したんだ?」

「どうした! 大丈夫か?」

「誰も乗って無いよな?」

「馬が勝手に走って来たのか?」

「街中を無人の馬車が走っていれば人目に付くと思うが……、誰も気が付かなかったのか?」

「取り敢えず、馬は大人しくなった様だから、ここに待機させておけ。後から部隊長の判断を仰ぐ事にする」

「そうだな。悪かったな、騒いで。中に戻ってくれ」

 そんな会話が交わされている間に、ディオンはシェリルを抱えたまま極力物音を立てずに荷台から地面に降り立ち、開け放たれていた通用門から王宮内に入った。そして魔術灯が明るく煌めいている主要棟に向かって、勢い良く駆け出す。


「思ったよりあっさり通れて良かったわ」

「そうだな。さて、シェリル。俺は、王宮の構造は殆ど分からないんだ。舞踏会とかに出た事も無いし。会場は分かるかな?」

「任せて! 大広間の筈だから、最短コースで案内してあげる! まずこの庭園を左の方向に直進して!」

「分かった」

 そうして一人と一匹は、波乱の気配を漂わせている舞踏会の会場に向けて、植え込みの隙間をすり抜けて行った。


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