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猫、時々姫君  作者: 篠原皐月
第四章 長過ぎる一日

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10.微妙過ぎる術式

「門が見えないな……。向こうの騒ぎは酷くなる一方だし、どうするか……」

 塀まで駆け寄ったものの、周囲には結構な本数の木立が茂り、どちらが門の方向なのか見当が付かなかった。かと言って炎上している上、今まさに落雷したり人が封じ込められた柱がポンポン飛び交っている屋敷の方には、シェリルの首輪の術式のおかげで、危害を受ける可能性は低いと分かっていても近寄りたくは無かった為、ディオンは難しい顔で考え込んでしまう。すると彼の腕から飛び降り、塀をペシペシと叩いていたシェリルが、突然顔を輝かせた。


「あ! いい考えが有るわ、ディオン! すっかり忘れていたけど、私、空中に浮かび上がれるの!」

「……何、それ?」

 当惑した顔を向けたディオンに、シェリルが明るく説明を続ける。


「私が子猫の頃、木の枝から上手く飛び降りられなくて、怪我をした事があって。父が心配して、この首輪のガラス玉に、落下を防ぐ為の浮上術式を封じたの。でもそれから木から落ちるような事は皆無だったから、全然使っていなかったけど」

 そう言って苦笑いしたシェリルだったが、それを聞いたディオンは物凄く不審そうに問い返した。


「子猫って……、どうして小さい頃から猫に変身してるわけ?」

「えっと、それは……」

 鋭い突っ込みを入れられ、シェリルの顔が盛大に引き攣った。


「それにさっきから気になってたんだけど、ジェリドさんの話だと、シェリルはかなり上級の貴族らしいのに、父親と姉が魔術師なんだよね? どういう事なのか、できれば俺にもきちんと理解できるように説明してくれないかな?」

 ディオンはすこぶる真顔だったが、シェリルは最重要課題を持ち出して押し切る事にした。


「細かい話は後! もう暗くなってきたわ! 早く王宮に行って、ハリード男爵を止めないと!」

「分かった。話は後だ。じゃあシェリル。姿を消した時みたいに、君を抱えていれば俺も空中に浮くのかな?」

 ディオンが取り敢えず意識を他に向けてくれた為、シェリルは安堵しながら頷いた。


「試してみる価値は有るわ。ここを乗り越えられれば早いでしょう?」

「確かにそうだな」

「じゃあ早速、試してみましょう!」

 そうして再びディオンに抱えて貰ったシェリルは首輪に手を伸ばし、以前教えて貰った一番左側の青いガラス玉を触りながら、術式を起動させた。


(起動……)

 そう念じると同時に、シェリルがしがみついているディオン諸共、ゆっくりと垂直に上昇し始めた。


「うおっ、と。凄いな、本当に浮いた」

「良かった、ちゃんと起動して。ディオンも一緒に浮いたし」

「頼むから離さないでくれよ? シェリル」

「大丈夫よ」

 ディオンは目を丸くしたものの、すぐに余裕を取り戻して上昇するのに任せた。そして塀の縁まで到達した時、シェリルに問いを発する。


「あっさり上がれたな。じゃあシェリル、向こうに行くから、水平方向に移動する方法を教えてくれないか?」

「え? 向こう?」

 予想外の事を言われたといった感じの声音に、ディオンの表情と口調が固いものへと変化した。


「まさか……、この術式って、垂直方向に移動するだけ、とか?」

「多分……。落ちそうになった時に、体を浮かせるのを目的にしている術式だし……」

 そんな話をしている間も、ディオン達は緩やかに上昇を続ける。


「……因みに、ここでその術式を解除したらどうなるかな?」

「た、多分……、落下するかな? あ、でも、地面にぶつかる直前でまた術式を起動させれば、また浮いて怪我はしない筈だから!」

 精一杯弁解したシェリルだったが、ディオンは視線を逸らしつつ、乾いた笑いを漏らした。


「は、はは……、うん、良く分かった、ありがとう。……やっぱり微妙な術式だよな」

「…………」

 何も言えずにシェリルは黙り込んだが、ディオンはすぐ気を取り直したらしく、真剣な口調で言い出した。


「シェリル。頼みがあるんだけど。これから俺が言う通りにして貰える?」

「分かったわ。何をすれば良いの?」

「この術式を解除してくれ。そして俺が声をかけたら、急いでまた術式を起動させて欲しい。そしてこの間俺は両手を使うから、自力で俺にしがみついていて欲しいんだ。できるかな?」

 正直、“自力でしがみつく”という所には不安を感じたシェリルだったが、大人しく頷いてみせた。


「大丈夫。やれるわ」

「じゃあ、俺にぶら下がって。爪なんか幾らでも立てて良いから」

「分かったわ」

(ディオンは何をする気かしら?)

 訝しんだシェリルだったが、遠慮無くディオンの肩に前脚を伸ばして服に爪を立てた。そして服の下の皮膚に到達したような感じがしたが、本人が何も言わない為、それに関しては触れない事にする。


「じゃあ手を離すよ?」

「ええ、大丈夫」

 そしてディオンがシェリルの身体から右手を完全に離し、それでも左手は添える様にしながら、声をかけた。


「よし、それじゃあ術式を解除してくれ」

「分かったわ」

(解除……、きゃあ! やっぱり落ちる!)

 浮上術式をシェリルが解除した途端、当然の事ながらディオンの体は落下し、予想はしていたもののシェリルは心の中で悲鳴を上げた。しかしディオンは距離を測りながら、素早く両手を伸ばす。

 そして見事両手で塀の縁を掴み、下半身を丸めて塀に引き寄せた。


「とりゃあぁぁっ!!」

「うひゃあぁっ!!」

 ドゴッと音がする位勢い良く塀の上部にディオンの両足が衝突した瞬間、シェリルはその衝撃に思わず情けない悲鳴を上げたが、ディオンはその衝撃の反動と両腕の力を限界まで出し、塀を軸に自分の身体を半回転させるように空中に跳ね上げた。


「田舎育ち、なめんなぁぁっ!!」

「きひゃあぁぁっ!!」

 ディオンの雄叫びとシェリルの悲鳴と共に、二人の身体は見事塀の外に放り出されるように飛び出した。そして当然、勢い良く落下する。


(振り落とされそう! 景色が凄い速さで回ってる!)

 そして空いた両手で、目を回しかけているシェリルをしっかり抱え込んだディオンが、背中から地面に向かって落ちながら絶叫した。


「シェリルーっ!!」

「起動ーっ!!」

 本来念じれば良いだけの所を、シェリルが力一杯叫んだ瞬間、地面まで拳一つ分を空けてディオンの身体が落下を止め、ふわりと浮かび上がった。その感覚を捉えた二人が、まだ幾分、茫然としながら言い合う。


「た、助かった?」

「なんとか。じゃあこの術式、また解除してくれる?」

「ええ。解除……」

 そして脱力したようにシェリルが呟くと、ディオンの身体は地面にドサリと、大した衝撃を伴わずに落ち、落ちた弾みでその胸からコロリと転げ落ちたシェリルは、腰が抜けた放心状態で座り込んだ。


「は、はは……、また寿命が縮んだ。俺……、もう、長くないかも」

 そして地面に四肢を投げ出したまま、中空を見据えているディオンがかすれた声を出したが、シェリルも本当は泣き喚きたかった。


(それ、こっちの台詞なんだけど!? 飛び越えるなら飛び越えるって、一言言ってよぉぉっ!!)

 しかしこうなった原因の多くが自分に起因するもので有るため、シェリルはその文句を辛うじて飲み込んだ。そんな二人を見守る様に、小さな蝶もどきが相変わらず二人の頭上をヒラヒラと舞っていた。


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