5.捜索開始
脱出する為、まず部屋中の窓や扉を確認してみたシェリルだったが、どれも猫の姿の自分には手に余る代物だった。
(やっぱり駄目……。バルコニーに出る大きな窓は、留め金の位置が高い上、小さくて操作できないし、飛びつけないし。だいぶ日が傾いてきたのに、どうしよう……)
本気で泣きそうになったシェリルだったが、ここで突然、天啓の如く閃いた。
(そうだわ! 自分で開けられないなら、外から他の人に開けて貰えば良いんじゃない! どうしてこんな簡単な事に気が付かなかったのよ、私!)
そうして脱出の手筈を考えながら、シェリルはそれに必要な物を探した。
(そうなると、あれが適当かな?)
そこでドアの近くに置いてあった、ポールを支える三本の脚に猫足の装飾が施されているコート掛けに目を付けたシェリルは、それに走り寄り、身体全体を使ってそれを窓際に向かって押し始める。
(倒れたらおしまいだから、そのまま動いてよ?)
シェリルは結構苦労したものの、コート掛けを直立させたまま、何とか窓際まで移動させる事ができた。
(よし、後はこれを窓に向かって倒すだけ。行くわよ!)
そのコート掛けに向かって、シェリルは躊躇う事無く勢い良く飛び上がり、斜め上に突き出ている部分にぶら下がってわざとバランスを崩させた。ぐらりと傾いたそれが、シェリルと一緒に窓に向かって倒れ込んだが、窓に衝突する前に彼女は素早く床に飛び降り、ガラスの破片が身体に降りかからないように、窓際から飛び退く。
それとほぼ同時に、それなりに重さがあるコート掛けが窓にぶつかり、ガラスを撒き散らしながら派手な音を立てて完全に倒れた。
「みゃうっ!!」
(大成功! それじゃあ、次は……)
廊下の方から複数の人の声と乱暴な足音を察知したシェリルは、急いでドアの前まで駆け寄った。そして大人しくチャンスを待つと、すぐにドアが大きく開かれた。
「……なんだぁ? 派手に何かが割れる音がしたから見てみれば、コート掛けが倒れてるだけか?」
「だが、部屋に誰も居ないよな? どうして倒れたんだ?」
「変だな……、それにあれは、窓際には置いて無かった筈だが」
「ベランダとかに、誰か隠れていないか? 注意して調べてみろ」
(開けてくれて、ありがとう!)
駆けつけた人相の悪い三人の男達が、ドアを開けたまま窓際に近付いて行き、姿を消していたシェリルは見咎められる事無く、彼らと入れ替わりにあっさりと廊下へ抜け出る事に成功した。
(さて、出られたのは良いとして、せっかくだから本物のディオンを探さないと)
そして人気の無い廊下を見回しながら、シェリルは当てもなく歩き始めた。
(確か地下室って言ってたから、普通に考えたら出入り口は一階に有る筈。だから、二階は見なくても良いわよね?)
そんな事を考えながら、上に続く階段の前を素通りしたシェリルだったが、尚も歩き続ているうちに、段々うんざりしてきた。
(意外に広いわね。一体どんな屋敷なのよ。内装や装飾品も立派だけど、王宮と比べると統一感が無いし、どこかちぐはぐな印象なのよね。これはあれかしら? 以前エリーから聞いた事のある“成金趣味”って奴なの?)
半ば八つ当たり気味に考えを巡らせていると、あるドアの横で椅子に座ったまま、居眠りしている初老の男に気が付いた。
(あの人、廊下で何をしてるの? あ、ひょっとして見張り? じゃあ、あのドアが地下室の入口?)
周囲に何も無い場所であり、シェリルは首を捻ったが、ある可能性に気が付いた。そして再び悩み始める。
(うぅ、でもどうしよう。やっぱり一人でドアは開けられないし、開けて下さいって言っても無理だろうし)
姿が見えなくなっているのを幸い、男の前でうろうろしながら考え込んだシェリルだったが、そうこうしているうちに廊下の向こうから仕立ての良い服を着た、横柄な感じの男がやって来た。そして自分より年上の男の肩を掴み、乱暴に揺り起こす。
「おい! 起きろ! 見回りの時間だ」
「あ? こりゃあすいませんね、ダンナ」
目をこすり、寝ぼけ顔で一応謝罪してきた相手に、やって来た男は苦々しい顔付きをしながら文句を付けた。
「全く、面倒な事だ。お前が寝こけて危うくあいつを逃がす所だったから、こんな所に閉じ込めたり、公爵から見回りの回数を増やす指示が出たんだぞ? 少しは自覚しろ!」
「そんなに神経質にならんでも、いいんじゃないすかねぇ……」
ぶつぶつ言いながら男はベルトに紐で通してあったらしい鍵束を外し、立ち上がった。そしてドアノブの下にあった鍵穴に、束からより分けた一つの鍵を差し込んで回す。それを見たシェリルは驚くと同時に、忌々しく思った。
(ご丁寧に、ドアに鍵までかけてるの!? それならなおの事、こっそり開けるのは無理だわ。この機会に、一緒に入れて貰おう)
するとやって来た男がドアを開けながら、見張りの男にきつい口調で言いつけた。
「おい! すぐ戻るから、鍵はかけなくて良いからな。さっきは下りて戻って来るまでの間に、早々と鍵をかけて熟睡しやがって。閉じ込められて難儀したぞ」
「へへ……、こりゃあ、すいません」
(よし! 今だわ!)
見張り番が誤魔化す様に嫌らしく笑った隙に、シェリルは二人の足元をすり抜けてドアの向こうに入った。そして目の前にあった狭くて薄暗い階段を、慎重に下り始める。
(一応、魔術灯は有るけど……、やっぱり薄暗いわね)
そして背後から響いてくる靴音に追い付かれ無い様に、急いで最後の段まで下り切ったシェリルは、目の前に広がった光景を見て本気で憤慨した。
(下に着いた……、って、ちょっと! あの伯爵! 何が『地下室』よ! これじゃあエリーに本を読んで貰った時に挿し絵で見た、地下牢そのものじゃない!!)
壁も床も切石を積み上げ、敷き詰めて作られた空間を鉄格子が二分しており、その鉄格子の向こうには簡易製のトイレらしき物と、木製の寝台が有るだけだった。
勿論その寝台には柔らかなマットなどがあるわけは無く、傍らに毛布が丸めて置いてあるだけである。そこに自分と同年代と思われる黒髪の青年が腰かけていたが、彼について考えを巡らせる前に、後から下りてきた男が鉄格子の前に立った。
「やあ、ディオンさん。ご機嫌はどうですか?」
その嫌味ったらしい声に、奥の壁の方に向けていた体を正面に戻した青年は、不愉快そうに前髪を掻き上げて男を睨み付けた。その顔の左側にただれて引きつれた痕を認めたシェリルは、先程の呼びかけの台詞もあり、ディオン本人だと確信する。
(やっぱりこの人が、ハリード男爵の息子さん本人みたい。でも、これはちょっと酷くない?)
火傷の痕以外にもディオンの顔はあちこち腫れ上がって痣になっており、口の端も切れていた。更に着ている服をよく見れば、肩や腕が切れており、袖の下からは包帯らしき白い物が見えている事から、ディオンが脱走を図って抵抗したらしい事を察する事ができた。
「……これで『上々だ』と言える程、堕ちたくは無いな」
「減らず口は相変わらずだな。大人しくしてろよ?」
面白く無さそうにボソッとディオンが呟くと、男は満足したように笑って踵を返した。そして階段を上って行く音と、それに続いて微かにドアを施錠する音を確認してから、シェリルは自分の首輪に前脚を伸ばした。
(さあ、行動あるのみ! 何としてでもここを抜け出して、この人を王宮まで連れて行かないと!!)
そう決意を新たにしながら、シェリルはまず人間の言葉で会話できる術式を作動させてから、自らの姿を見えなくしている術式を解除した。




