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猫、時々姫君  作者: 篠原 皐月
第二章 悲喜こもごも王宮ライフ
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9.王の嘆き

 主君の意向をどうでも良い呼ばわりしたカレンだったが、早速その手腕を発揮して国王、王妃、レイナの側近達と即座に予定を擦り合わせ、翌日には会談の運びとなった。その会場となった王妃の私室に、気合の入ったドレス姿で出向いたシェリル達だったが、極度に緊張していたのも最初だけで、段々と虚脱感がその心中を占めていった。


「その……、シェ」

「最近シェリルが私達に、随分人の姿を見せてくれる様になって嬉しいわ。一緒にお茶も楽しめますしね」

「そう言って頂けると、私も嬉しいです」

「あの、ところで」

「今日はこの前私が贈ったドレスを、早速着てくれて嬉しいわ。やっぱり若い方には明るい色が似合う事」

「レイナ様、ありがとうございます。私には勿体無い位のドレスです」

「ドレスと言えば」

「まあ、シェリル、これ位は当然ですから、あまり恐縮しないで。でも、やはりレイナは趣味が良いわね。普段からミリアに着せる服を整えていますから、若い方の流行にも明るいし。あなたにお任せして正解だったわ」

「そんな! 普段使いからともかく、正装をする際の衣装なら、ミレーヌ様のセンスにお任せしなければいけませんわ。私ではとてもとても。シェリル様に恥をかかせてしまいます」

「その、シェリルの」

「正装と言えば、近々シェリルを御披露目する為の、夜会を催そうかと考えているの」

「私達で衣装及び装飾品の一切を相談中ですわ。楽しみにしていて下さいね?」

「ありがとうございます、ミレーヌ様、レイナ様」

「…………」


 大きな円形のテーブルに、国王であるランセルを挟んでミレーヌとレイナが座り、その向かい側にシェリルとエリーシアが座ってお茶会、という体裁を取っていたのだが、最初に挨拶を交わしてからは、ミレーヌ達がランセルを無視して笑顔でシェリル達に語りかけ、彼抜きで和やかに会話が進んでいった。

 ランセルは何とか会話に加わろうと努力するものの、悉くミレーヌ達にスルーされてしまい、とうとう無言で項垂れてしまう。ここについて来た侍従や警護の騎士達が、そんな主君を壁際から憐憫の眼差しで見ているが、妃達の侍女達はニコニコと微笑ましくその様子を見守り、一種異様な雰囲気に成り果てていた。当然シェリルもどうすれば良いか分からず、困惑顔で隣の義姉に囁く。


「エリー……、ちょっと陛下が可哀想」 

「私に言われても……」

 流石にランセルに同情し、エリーシアは向かい側で笑いさざめいているミレーヌとレイナを見ながら、頭痛を覚えた。 


(ずっと陛下が会話に入れないって……。王妃様とレイナ様に、見事に爪弾きにされてるわね)

 主君のあまりの不憫さに、思わず彼女は溜め息を吐いた。


(一国の王様が、正妃と側妃に邪険にされてるってどうなの? やっぱりお二人は、シェリルに対するこれまでの扱いについて、未だに陛下に怒っておられるわけよね。そして、それが明らかになったのは、話を聞いた時私が大暴れしたせいで、お二人の耳に入った事がきっかけだったそうだから……)

 そこまで考えたエリーシアは、取り敢えずランセルを救済する事にした。


(遅かれ早かれお耳に入ったとは思うけど、一応国王様だし気の毒だし、フォローはしてみましょうか)

 そして適当な話題は無いかと素早く考えを巡らせ、思いついた事を控え目に申し出てみる。


「あの、この場をお借りして、陛下にお尋ねしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」

「あ、ああ。何かな?」

「その……、この子の名前ですが、後宮内でシェリルと認識されていますが、御披露目をする時にはちゃんと陛下が考えた、他の名前を呼称とするのでしょうか? それなら今からその名前で呼んでおいた方が、煩わしくないと思うのですが」

 挨拶の後、場を弁えて黙り込んでいたエリーシアが唐突に問いを発した事に、問われたランセルは勿論、ミレーヌとレイナもちょっと驚いた表情で彼女に顔を向けたが、エリーシアは堂々とその視線を受け止めた。それでランセルもいつもの調子を取り戻したらしく、重々しく断言する。


「いや、エリーシア殿、それは構わない。シェリルがこれまで慣れ親しんだ名前以外の物を付けようとは思ってはいないから、シェリルのまま通そうと思っている」

「そうですか。分かりました」

「それに、アーデンが王宮に伺候していた間、彼と親しく語らう機会が何度もあったが、彼は本当に博識で聡明な人物だった。故に彼が姫にシェリルと名付けたなら、それ相応の理由が有るに違いない。その由来とかを知らないか?」

 そう親しげに問いかけられて、エリーシアは即座に頷いた。


「はい、存じています。大陸西方では多神教のグラディウス教が信仰されていますが、それで生命を司る女神の名前がラルシェリールと言って、その言葉を伝える動物が黒猫だそうです。それでシェリルを拾った時瀕死の状態だったので、女神の加護が受けられるようにと、その名前からいただいたと聞いております」

 それを聞いたランセルは、何度も小さく頷きながら涙ぐんだ。


「そうか……。そういう名前を付けてくれたか。本当に、彼は私などより遥かに物の道理を分かった人物だった。王宮を去る時も、散々引き留めたのだが」

「ですが、父が王宮を出ていなかったらシェリルを拾う事も無かった訳ですから、ある意味正解でした。私も父の元に、引き取られる事はありませんでしたし」

 自分を宥めるように述べた彼女に、ランセルは怪訝な顔になった。


「うん? エリーシア殿はアーデンの実子では無いのか?」

「父は一度も結婚していません。私はやっと物心が付く位の時に母が病で亡くなりまして。その前から父は居りませんでしたし、お葬式をしている最中、近所の人達が私をどうしようかと囁いていたのは覚えているのですが、気が付いたら父の養女になっていました」

 冷静に事情を説明したエリーシアだったが、ここで驚愕の声が上がった。


「え? エリー、その話、本当!?」

 隣に座るシェリルが目を丸くしているのを見て、エリーシアも目を瞬かせる。

「は? 私、この事を話していなかった? 父さんも?」

「全然聞いてないから!!」

「……驚いた」

「驚いたのはこっちよ!」

 姉妹で顔を見合わせて呆然としていると、年長者達が目頭を押さえつつしみじみと言い出した。


「そうか……、身寄りのない子供を引き取るなど、なかなかできる事ではない。まして変な術がかかった者など、余計に手間がかかって大変だっただろうに、エリーシア殿だけでなく姫までこんなに立派に育ててくれて。礼を幾ら言っても足りないのに、既にこの世の者では無いとは……」

「本当に、アーデン殿のお人柄には、頭が下がります」

「惜しい方を亡くしました。五年程前にご病気で亡くなったと伺いましたが?」

 レイナにそう問われて、エリーシアは頷いてから詳細を告げた。


「はい。あれだけ魔術に長けていても、流行病にかかってしまって呆気なく。元々胸が痛む時がありましたし、知らないうちに静かに死んでおりましたから、大して苦しまなくて済んだかと思います」

 そこでランセルが、思い出したように口を開く。


「そうか……。そうだ、エリーシア殿には、アーデンの墓所の場所を尋ねるつもりだったのだ。機会を見付けて、出来るだけ近いうちに墓参に行きたいと思っている」

 そう言われて、エリーシアは感謝の気持ちを込めて頭を下げた。


「ありがとうございます。私達の住居の裏手に墓を作りましたので、場所をお教えする事はできますが、森の入り口から家まで結界を三つ張ってありますので、他の魔術師同伴で出向いても解除に多少手こずるかと。お声をかけて頂ければ、私が同行致します」

「そうか。それではその時は宜しく頼む」

「畏まりました」

 すると今度は、ミレーヌ達が申し出た。


「私達はそうそう外に出られませんが、お花を準備致しますから、墓所に手向けて頂けますか?」

「シェリル姫の養い親に対して、私達も敬意を示したいですから」

「はい、承ります」

 笑顔でエリーシアが頷くと、ここで色々感極まったらしく、ランセルがむせび泣きし始めた。


「ふぅっ、……おぅぅっ、……えぐぅっ」

「あらあら陛下、そんなにお泣きになるなんてみっともないですわよ?」

「シェリル殿もエリーシア殿も驚いておられますわ。落ち着いて下さいませ」

 それを見たミレーヌとレイナが両側から苦笑交じりにランセルに声をかけて宥め始め、ハンカチを差し出したり背中を擦ったりと甲斐甲斐しく世話しているのを見て、シェリルは安心してエリーシアに囁いた。


「ありがとう、エリー。王妃様もレイナ様も、陛下に普通に接してくれるようになったみたい」

「さすがにちょっと、陛下が可哀想だったものね」

 苦笑交じりに返した義姉に、ここでシェリルが尚も愚痴っぽく呟く。


「でも……、エリーは父さんの本当の子供だって、今の今まで信じていたわ」

「本当に、どこか抜けていた人だったわね」

 その論評を否定する事などできず、シェリルは無言で小さく溜め息を吐いたのだった。


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