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猫、時々姫君  作者: 篠原 皐月
第二章 悲喜こもごも王宮ライフ
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8.義父と実父

 ジェリドの衝撃的な求婚から数日後。

 連日贈られてくる花束やお菓子を、シェリルが抵抗なく受け入れられる様になった頃、予めエリーシアに話を通しておいたクラウスが、二人の部屋を訪ねてきた。


「シェリル、後宮での生活はどうかな?」

 挨拶の呼称は当初『シェリル姫』だったのだが、エリーシアに対しては現在直属の部下でもあり、旧知の人間である事も相まって呼び捨てにしている為、シェリルは彼女に対するのと同じ口調で会話して貰う様に頼んだ。クラウスも、つい最近まで存在すら知らなかったものの、エリーシア同様旧友の養い子でもあるシェリルには親近感を感じており、「内緒にしてくれよ?」と茶目っ気たっぷりに断りを入れて気さくに話し出し、そんなクラウスをその日、人の姿で出迎えたシェリルは、笑顔で返した。


「はい、皆さんとても良くしてくれます。随分慣れてきたので、日中人の姿で過ごす時間も少しずつ増やしています」

「そうか。それは良かった」

「でも、やっぱりまだずっと服を着て過ごすのが慣れなくて……。お天気の良い日は猫の身体でひなたぼっこをしたいですし、寝る時は猫の状態じゃないと落ち着きません」

「まあ、それは仕方がないかな? 少しずつ慣れていけば良いよ」

 困ったような表情のシェリルを眺めながら、苦笑いしつつクラウスがそう述べると、エリーシアが弁解らしき物を口にした。


「シェリルが服に苦手意識を持ってるのは、ここでは色々着飾らなきゃいけないって事も理由に含まれているんです。私達が家に居た時みたいに、軽装なんかできませんから。ここの私室内に居る時は、まだマシですが」

 そう言ってエリーシアが、ソファーに座ったまま膝の所で厚手のスカートを摘まんで軽く持ち上げてみせると、クラウスは納得した表情になった。確かに王妃達の元に出向いたり、公式な場に出る時の正装には及ばないものの、良い仕立てのドレスはそれなりに重量もあり、着替えにも時間と手間暇を要するのが、男性である彼にも十分理解できたからである。


「なるほどなぁ……。私からも王妃様や女官長に、あまり無理をさせないようにお願いしておくよ。公式行事に出る時期は、まだ余裕を持たせておいた方が良いだろう」

「お願いします」

 思わぬ所から援護射撃を貰えそうでシェリルが思わず顔を明るくした時、エリーシアが思い出したように言い出した。


「ところで、クラウスおじさんに聞きそびれていたんですが、どうして父さんは王宮専属魔術師長を辞めたんですか? 辞めた当時は病気じゃなかった筈ですし、さり気なく古参の重臣の方達にお会いした時に尋ねてみても、皆さん好意的に思い出話をして下さって、何かトラブルがあって辞めたとは思えないんですが」

 不思議そうにそう問われたクラウスは、思わず深い溜め息を吐いた。


「そうか……、アーデンの奴が王宮に仕えていた事すら知らなかったんだから、知ってる筈がないよな……」

「私もそれは知りたかったんです。理由はなんですか? 静かな所で、魔術の研究を極めたいからとかの理由だったんでしょうか?」

 真顔で尋ねてきたシェリルにクラウスは微妙に顔を引き攣らせてから、ポツリとある事を口にした。


「一言で言えば……、失恋したんだ」

 あまりにも端的過ぎる言葉に、エリーシアが確認を入れる。

「誰がです?」

「アーデンが」

 そしてシェリルが目を丸くしつつ、質問を続けた。


「誰にですか?」

「……王妃様に」

「はぁ?」

「はい?」

 言い難そうに言われた内容に、二人の目が点になった。それを見て再度溜め息を吐いてから、クラウスが付け加える。


「言っておくけど、冗談ではないから。ミレーヌ様が陛下とご結婚された後引き合わされた時に、一目惚れしたらしい」

「えっと、でも……、あの一見貧相な父さんが、ですか? それに失恋以前の問題じゃないですか。下手すれば不敬罪に問われますよ?」

「いや、アーデンと王妃様は、全く関係が無いから。そこの所は誤解しないで欲しい。アーデンの一方的な、片思いに過ぎないんだ」

 もの凄く疑わしそうにエリーシアが言い返した為、クラウスは溜め息交じりに説明を加え、シェリルが盛大に文句を言った。


「エリー、酷い! 恋をするのに、見た目は関係ないじゃない!」

「だって、あの気品と自信に満ち溢れて、人望を一身に集めている様な王妃様とは、どう考えても不釣り合いでしょうが」

「確かにお義父さんは地味、というか目立たない人だったけど……」

「それに魔力や魔術の腕前は一級でも、見た目押しが弱そうで容姿も平々凡々で、口先三寸で丸め込まれて有り金全部持っていかれそうな人で、実際にそうだったもの。実際街に出た時に、何度露天商に二束三文のガラクタを売りつけられそうになって、その都度私が撃退してたか! もう聞くも涙、語るも涙の物語よ? 王宮専属魔術師長って言うのもおじさんだったら分かるけど、父さんにそんな威厳なんて皆無だったし」

「う……、それは私も同感だけど、お義父さんは立派な人よ?」

 淡々と今は亡き父について論評するエリーシアに、シェリルは口ごもりながらも精一杯弁護した。そんな姉妹のやり取りを聞いて、クラウスがどこか遠い目をしながらしみじみと述べる。


「エリー。すこぶる冷静な人物評価は、間違っていないとは思うが……。そうか。アーデンが反面教師となって、そんなに逞しく育ったんだね」

「何か若干引っかかる物言いですが……。大体父さんは、王妃様に一目惚れなんて間抜けな事をした挙げ句、『俺はこれ以上あの方の近くで過ごすなんて耐えられん』とか何とか一人で盛り上がって、職務放り投げて出奔しちゃったって事ですよね? とんだヘタレじゃないですか」

 そんな風にエリーシアが問答無用で父の行動をぶった切った為、クラウスは旧友を不憫に思って項垂れ、シェリルはうっすらと涙ぐみながら同情した。


「……エリー。あいつにはもっと色々と、深い葛藤があった筈で」

「そうよ! お義父さん、可哀想に……。泣く泣く身を引いたに決まってるじゃない」

「陛下が相手なんだから、身を引くのは当然。個人の感情なんて置いておいて、職務を遂行するのがプロでしょ?」

「やっぱりエリー、男の人に厳しい!」

「当然よ。……でも、今の話でやっと分かったわ」

「え? 何が?」

 思わず文句を言ったものの、エリーシアが真顔で話を変えてきた為、シェリルは当惑した。そんな彼女に、エリーシアが分かり易く説明する。


「あの合月の夜、王太子が最後の結界を破って侵入した件よ。同行していたジェリドさんに、その時の状況を聞いた時、あの王太子より遥かに魔術の素養のあるあの人がそれまで解除出来なかった物を、王太子が楽々通り抜けて不思議がっていたのよ」

「そうだったの? それはどうして?」

「あの一番近い結界は、最初に父さんが構築した物だもの。だから万が一王族の人間が付近にやって来た時、まかり間違って怪我なんかさせない様に、王族のみが保持する特有の物や、名前に属する言霊や言語体系なんかで相手を識別して、該当した場合その防御壁を自動で無効化する様に術式に組み込んでおいたのよ。だから王太子の彼は楽々と、その従兄のジェリドさんは何とか通り抜けられたんじゃないかしら」

 淡々と説明された内容に、シェリルは目を丸くした。


「エリー、簡単に言ってるけど、そんな事が本当に可能なの?」

「普通だったら考えにくいけど、現に通り抜けられちゃったしね」

「本当にあいつは、エリーとはまた違った意味で、規格外の奴だったよな……」

「だけどあんな森の中に、普通だったら王妃様が来る筈もないのに。本当に未練がましいと言うか、何と言うか」

「お義父さん……、きっと王妃様の事が、最期まで好きだったのよね……」

 肩を竦めたエリーシアに、思わず溜め息を吐いたクラウス。そしてシェリルも涙ぐんで何となく会話が途切れてしまった所で、クラウスが恐る恐る口を開いた。


「ところで、シェリル、エリー。随分王宮に馴染んで、知り合いも増えたと思うんだが」

「はい。王妃様やレイナ様が差配して下さって、少しずつ人の姿で顔合わせをしてます」

「お妃様やお子様達は勿論の事、主だった侍女や侍従の方々に、警備に当たって下さる近衛の方、教授陣に内務関係の重臣の方にもお会いしたわよね? 庭師の人達は猫と人間、両方のシェリルを知ってるし」

「猫が同一人物だとは、知られていないけどね」

 そう言ってクスクスと笑い合った二人に、クラウスは尚も問いかけた。


「その……、二人とも。他に顔を合わせないといけない人物は、残っていないかい?」

「他に?」

「う~んと、この前魔術師棟に猫のシェリルを連れて行って、紹介はしたわよね……」

「厨房には人の姿で行って、『いつも美味しいお料理をありがとうございます』ってお礼を言って来たけど……」

 そして顔を見合わせながら真剣な顔付きで考え込んだ二人だったが、程なくして何かに思いついた様に、ほぼ同時に口を開く。


「ねぇ、シェリル。私、今、とんでもない事に気が付いたわ」

「あの……、エリー。私もたった今、怖すぎる可能性を思い付いたの」

 強張った顔のエリーシアと血の気が失せた顔のシェリルが、思わず互いの手を握り締めながら叫んだ。


「ひょっとして、王宮に来てから、まだ国王陛下に挨拶して無いんじゃない!?」

「ひょっとしなくてもしてないわ!! どうして? すっかり挨拶した気分になっていたのに!?」

 その二人の叫びを聞いて、クラウスは漸く肩の荷が下りたらしく、無言でほろりと落涙した。


「それはあれよ! 到着初日に王妃様にご挨拶して、何となく陛下にも挨拶を済ませてしまった気分になってたのよ!」

「でも、どうして今の今まで、誰も言ってくれなかったの!?」

「そうよ! シェリルのれっきとした父親なんでしょう? おかしいじゃないですか?」

 二人揃って勢い良く向き直ってクラウスに訴えると、彼は両目から零れ落ちた涙をハンカチで拭き取っている所だった。そしてそのハンカチを元通りしまいながら、如何にも言い難そうに告げる。


「それが、その……。王妃様が『二人が自分から気付くまで、放っておきなさい。これまで散々無神経で考え無しな事をされていた報いとしては、軽いものでしょう』と仰ったものだから、これまで誰も、余計な事は口にできなくて……」

(ミレーヌ様……、もの凄く怒っていらしたんですね)

(文句無しに後宮一の実力者。やっぱり侮れないわ……)

 思わず項垂れた二人に、クラウスが控え目に声をかけた。


「しかし良かった、気が付いてくれて。それで……、そろそろ陛下と顔合わせをして貰えるかな?」

「分かりました! カレンさん! お願いがあるんです! 侍従長さんに大至急取次をお願いしてください!」

 話を聞くなり慌てて立ち上がり、シェリルは隣の部屋に控えているカレンに話すべくドアに向かって駆け出した。その背中を見やりながら、エリーシアが溜め息交じりに尋ねる。


「……陛下の周辺から、せっつかれましたか?」

「ああ。『全然姫に、自分の存在を思い出して貰えない』と、ウジウジして仕事が捗らないと宰相殿から」

「ご苦労様です」

 不憫な国王の傍近くに使える者達の心情を思って、エリーシアは思わず頭を下げた。そして扉越しに、カレンの楽しそうな声が微かに伝わってくる。


「あら姫様、もうお気付きになられたんですか? あと半年位は放置して良いかと、王妃様とも申しておりましたのに」

 そんな容赦のない事を言って女官長は「おほほほほ」と高笑いし、エリーシアは国王に対して(陛下……、執務棟ではともかく、後宮では存在感も威厳も無いんですね。お気の毒です……)と、憐憫の情を覚えた。


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