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猫、時々姫君  作者: 篠原 皐月
第二章 悲喜こもごも王宮ライフ
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7.求婚の余波

「大体、猫の姿のシェリルに求婚するなんて、お前は正気か!?」

 長期の演習から王都に戻って来たばかりで、事務処理その他諸々の仕事が山積みで、それ程暇では無かったジェリドだったが、レオンに呼びつけられた場所が場所だけに、部下に面倒な事を全て押し付けて機嫌良くその場に出向いた。しかし挨拶もそこそこに怒鳴られた為、気分を害しながら言い返す。


「本気です。私は人の姿だろうが猫の姿だろうが、あの変わらない神秘的な琥珀の瞳を持ち、周囲を優しく包み込む穏やかなオーラを醸し出している姫を、以前から丸ごと愛しいと思っていますから。勿論、本来の人の姿になられた時は、愛しさが倍増ですが」

 さも当然の事の様に言われたレオンは、赤に近い金髪を両手で掻き毟ってから、先程よりも声を張り上げた。


「人だろうが猫だろうが、丸ごと好きって言い切ってる段階で、明らかにおかしいだろうが!? 少しは躊躇えよ! 我が身を振り返って、自分自身を冷静に見つめ直せ!」

「そんな事、この四年強で、数えるのを諦める位経験済みです」

 どこか遠い目をしながら冷静に告げる従兄に、レオンは半ば自棄になって吐き捨てた。


「達観するな! 大体当時シェリルは十二歳か十三歳だろ? どうしてそんなに惹かれるんだよ? 幼女趣味じゃ無かったよな? 花街のエスタ館のマリアンヌとか、ブリュワーズ館のレナーテとか、テレズム館のシンディとか贔屓にしてるしな!」

「何でそんな事を知ってるんですか!? 第一あれはあれ、これはこれです。彼女達と姫を同列に扱わないで下さい! 彼女は私の運命の人なんです」

 その暴露話に、流石に動揺を隠せなかったジェリドだったが、すぐにレオンに文句を言った。しかしレオンも負けじと言い返す。


「同列になんか扱えるか! しかも勝手に運命なんぞと決めつけるな! この事を父上や宰相に知られたら、お前下手したら首が飛ぶぞ?」

「猫だろうが何だろうが、シェリル姫に求婚するつもりだと、家族には打ち明けましたよ? 両親、弟、妹に、揃って呆れられましたが」

「……そりゃあ、呆れるよな」

 ジェリドの話の内容を聞いた瞬間、叔母一家の団欒がどうなったのかを想像して、レオンは思わず項垂れた。そしてそこで漸く気持ちが落ち着いたのか、疲れたように溜め息を吐いて大きなテーブル突っ伏す。


「全く……、何でシェリルの方なんだ。それならそうと、最初からはっきり言えよ……」

「は? どういう意味です?」

「お前が四年以上前からこそこそ様子を窺いに行ってるなんて、エリーシアの顔を見に行ってたんだと、思い込んでいただろうが」

「どうしてです? 私はこれまでそんな事、微塵も口にしたつもりはありませんが?」

 愚痴っぽく呟かれて、横に座っていたジェリドは、不思議そうに顔を覗き込もうとした。そこでレオンが勢い良く頭を上げて喚き立てる。


「当時十三歳のシェリルと十七歳のエリーシアだったら、当然エリーシア狙いだと思うだろ!?」

「それは先入観と言うものです」

「しれっとして言うな! 誰が見てもそう思うよな?」

「申し訳ありません、女官長。私には手に負えません。レオン殿下の暴走を、矯正してあげて下さい」

 そこで男二人が同時に背後を振り返り、壁際に慎ましく控えている筈のカレンに意見を求めたが、笑いを堪えている風情のカレンとリリスの他に、予想外の人物までそこに存在していた。


「……どうでも良いけど、他人の部屋で何を騒いでいるのよ、あなた達」

「えっと……、こ、こんにちは? レオン。先程は失礼しました、ジェリド様」

「いえ、また姫の愛らしいお顔を見られて嬉しいです」

「猫なんですけど……」

 シェリルを片手で抱き上げたまま、もう片方の手でしかめっ面のこめかみを揉み解しているエリーシアと、彼女の腕の中から戸惑いながら声をかけてきたシェリルを見て、ジェリドは瞬時に満面の笑みになった。しかしレオンは動揺著しく、椅子を盛大に後ろに倒しながら立ち上がって絶叫する。


「何でここに居るんだ!?」

 まるで叱り付けるその口調に、エリーシアは益々不快そうな口調で言い返した。


「ご挨拶ね。ここは元々、私達の部屋なんだけど。ミリア様の侍女から『シェリル姫の一大事です』って呼び出しを受けて慌てて魔術師棟から出向いてみれば、いきなり求婚されたらしいシェリルは固まっているし。引き取って部屋に戻って来たら、男二人でわけの分からない事を言って喚いているし、一体何なのよ?」

「う……、あ、あの……」

「因みに、どこら辺から聞いていましたか?」

 咄嗟に言葉が出ないレオンの代わりに、ジェリドが同様に不安に思った事を尋ねてみた。するとエリーシアはカレン達と顔を見合わせながら、含み笑いで答える。


「そうですね……、『達観するな!』とレオン殿下が喚いていた辺りからでしょうか? カレンさん、リリスさん」

「ええ、その辺りからだと思われます」

「お二人とも全然気が付かれていなかったんですか? 武人として人の気配に鈍いのは、どうかと思いますね~」

「……もっと早く声をかけろ」

「女官長……、傍観するにも程ってものがあるでしょう」

 男二人が居心地の悪い空気に耐えながら、口の中で恨み言を呟くと、何やら考え込んでいたシェリルが控え目に問いかけた。


「あの~、レオン、ジェリド様? ちょっと質問して良いですか?」

「何だ? シェリル」

「何なりとお聞き下さい」

 先程までの話題とこの空気を変えるなら何でも良い、とばかりに二人はシェリルの質問に食いついたが、事態は更に悪化する事になった。


「さっき二人でお話してた、『花街』ってなんですか? 今までエリーから聞いた事は無かったので、教えて欲しいんですけど」

「だぁって、私には足を運ぶ用が無いものね~」

「え?」

「それは……」

 エリーシアからニヤニヤしながら反応を眺められた二人は、当然答えに窮した。そんな相手の戸惑いなど全く分からないシェリルは、不思議そうに問いを重ねる。


「エリーから、同じ種類の物を売るお店が固まっている、問屋街の話を聞いた事は有るんですけど、そうするとお花屋さんが集まっている所ですか?」

「あ、ああ、まあ……、そんな所かな? ジェリド」

「そんな風に思っていただければ……」

 既に冷や汗ものの返答をしている二人だが、シェリルは真顔で感想を述べた。


「ジェリド様は良くお花を買って、詳しいんですね。でもそれを知ってるなら、レオンも一杯買ってるのよね? やっぱり貴族のお付き合いって、大変でお金がかかるのね」

「いや、そんなに買ったりとかは……」

「それなりに、節度は守っているつもりですので……」

「…………」

 未だシェリルを抱っこしているエリーシアは、男二人から視線を逸らしつつ、空いている手で口を塞ぎながら涙目で笑い出したいのを必死に堪えた。それを見たレオンの顔が引き攣ったが、ここでシェリルとジェリドが和やかに言葉を交わす。


「私、家の周りに咲いていた花しか知らないので、王宮のお庭に綺麗なお花が一杯咲いているのを見てびっくりしましたし、ジェリド様からお庭にも無い様な色々なお花を贈って貰った時、とても嬉しかったんです」

「それは良かったです。贈った甲斐がありました」

「今、少しずつお花の名前を覚えている所なので、ジェリド様はたくさんご存じみたいですから、良かったら今度教えて下さいね?」

「はい、姫のご要望とあらば」

 物凄く満足そうに頷いたジェリドを見たシェリルは、(この人、本気で植物図鑑丸ごと頭に入れてきそう)と思いつつ、この場を収拾する為の台詞を口にした。


「さて……、お二人さん。花街の本来のうんちくを熱く語るか、このまま静かに立ち去るか、どっちかにして欲しいんだけど? ところで、どうしてここに来たわけ?」

 そこで訪問の目的を思い出した二人は、神妙な表情で口を開く。


「その……、ジェリドがいきなり猫のシェリルに求婚なんかするから、さぞかし驚いただろうし、怖がっていたら申し訳ないから、詫びを入れさせようと」

「私は姫の保護者たるエリーシア殿にも、直に求婚の事に関して、お話ししておこうかと思いまして」

「ええと、あの驚きましたけど、怖くは無いですよ? でも……、正直結婚と言われても、実感が全然ありません」

 それを聞いたシェリルは、少し困った様に答えた。するとジェリドが、微笑みながらそれに応じる。


「そうでしょうね。私も今更すぐにどうこうとは考えていません。近々陛下に願い出て正式に婚約を許可して頂きますが、それも諸手続きに時間がかかりますし、実際に結婚するのは更に先ですから、心配しなくて良いですよ? そうですね……、具体的に言えば姫が人の姿に慣れて、全く猫の姿にならなくても普通に生活できるようになったらですね。どうです? まだまだ先でしょう?」

「ああ、そうなんですか。良く分かりました」

「そこで素直に納得するな、シェリル!! 全然分かってないだろう!?」

「え? どうして?」

 素直に頷いてジェリドと笑み交わしたシェリルを見て、レオンが悲痛な声を上げた。それに不思議そうな顔をしたシェリルから、冷静にやり取りを観察していたエリーシアに視線を移し、口調だけは丁寧にジェリドが申し出る。


「それでその間、エリーシア殿には、私が姫の夫にふさわしいかどうかをじっくり品定めしていただく、という事で」

 不敵な笑みを浮かべているジェリドに、エリーシアも負けず劣らずの物騒な笑みを見せながら応じた。


「……殊勝な物言いをしている様ですけど、何となく自分以上の人間など居る筈が無いとか言う様な、傲岸不遜なオーラを感じるのは気のせいでしょうか?」

「勿論、気のせいですとも」

 シェリルは何も感じていないらしく、少し当惑顔で二人の顔を交互に眺めたが、そこはかとなく二人の間に冷たい空気が漂っているのを容易に察したレオンは、片方を回収する事にした。


「長々とお邪魔しても悪い。……行こうか、ジェリド」

「そうですね。お騒がせしました」

 取り敢えず最初から挨拶だけにとどめるつもりだったらしいジェリドは、意外にあっさりとレオンに引き摺られてその場を後にしたが、男二人の姿がドアの向こうに消えた途端、遠慮の無い声が上がった。


「全く、度し難いわね、男って」

「お二人とも、まだまだ人生経験が不足していらっしゃる様で」

「よりにもよって姫様の部屋で、あんな事を大声で喚いたら駄目ですよね~」

 そうして暫くの間、女三人で先程の話題について口々に意見を述べていたが、シェリルは一人話についていけず、加えて何故か他の者が詳しく説明してくれる事も無く、(男の人がお花の話をするのは、駄目なのかしら?)などと、ぼんやりと考え込んでいた。


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