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猫、時々姫君  作者: 篠原 皐月
第二章 悲喜こもごも王宮ライフ
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6.想定外の訪問者

「シェリル様、エリーシアさん、お届け物です」

「何、これ?」

「リリスさん、何事なの?」

 エリーシアの部屋で朝食を取り、シェリルの部屋へと移動した二人は、居間の大きなテーブル一杯に花束や箱が乗せられ、そこから溢れた物が周りの椅子などに所狭しと置かれている光景に面食らった。するとリリスが簡単に事情を説明する。


「全部、近衛軍第四軍司令官の、ジェリド様からのお届け物です。母から聞きましたけど、お二人は王宮にいらしゃる前に、ジェリド様と面識があるそうですが?」

 その名前を聞いた二人は、真剣な顔で考え込んだ。


「ええと……、その名前って、確か、レオンと一緒にエリーシアが弾き飛ばした人?」

「あの残念王太子の片割れ? 何でそいつが今頃?」

「お手紙が付いてましたから、読んでみては?」

「そうね。読ませて貰うわ」

 リリスから差し出された白い封筒を、エリーシアは素直に受け取って空いている椅子の所まで行って腰掛けた。そして指を一本払う動作で魔術を使って簡単に封を開け、中の便箋を取り出して読み始める。そして無言のまま読み進めた彼女は、何も言わないまま再び封筒に便箋をしまい始めた。


「エリー?」

 不思議そうに床の上からシェリルが説明を求めると、エリーシアは多少困惑した顔つきになって、事情を説明した。


「どうやら私達がここに来るのと前後して、四か月に一度の第四軍の演習で、今まで国境沿いまで行ってたんですって。昨日王都に戻ったらしくて、ご挨拶が遅れて申し訳ないって書いてあるわ。これは例の時に驚かせた、お詫びの品ですって」

「別に、ここまでして貰わなくても、良いんだけど」

「そうは言っても、相手は公爵家の嫡男でれっきとした一軍の将軍様な訳だから、これ位でお財布が痛むわけではないと思うし。……付き返したりしたら、却って失礼に当たるんですよね?」

 後半はリリスに顔を向けて意見を求めると、彼女は尤もらしく頷いた。


「エリーシアさんの仰る通りです。姫様、ここは黙って受け取ってお礼の手紙を送れば、それで事は済みますから」

「そうなの? じゃあ、今日はミリアの所に呼ばれているけど、そこから帰ったら文面を一緒に考えて貰えるかしら?」

「はい、お任せ下さい」

 そんな風に話が纏まった所で、エリーシアがリリスを促した。


「じゃあ、ちょっと中身を確認してみない?」

「そうですね」

 そして二人で包装を解いて中身を確認する度に、驚愕と感嘆の声が生じる。


「あ、これ、今、城下で人気の菓子店の物ですよ!?」

「こっちは香草茶よね。うわ~、上物。開封しなくても良い香りだって分かるわ」

「きゃあ、このガラス細工、可愛いです!!」

「このレース……、これで好きなドレスを作って下さいって事よね。何種類あるのよ」

「このショコラ美味しいんですよ? 早速今日のお茶の時にお出ししますね!」

 そうして二人が夢中になっている間、大して興味が無さそうにしていたシェリルは、トコトコと隣室に向かい、待機していたカレンに「すみません、貰った花束を、花瓶に活けて貰えないでしょうか?」と冷静に申し出たのだった。


 その日の午後、ミリアの元に出向き、盛りの花があるからと庭園に連れ立って散歩に出かけたシェリルは、ふと視線を感じて顔を上げ、回廊の方に目を向けた。そして柱の陰に佇み、自分達の様子を窺っているらしい長身の男性の姿を認めて、足を止めて首を傾げる。


「あの人は確か……」

「シェリル、どうしたの?」

 猫の姿の時は何となくぞんざいな口調になってしまうミリアだったが、この時お付の侍女達はその言葉遣いを窘める前に何となくシェリルの目線を追い、意外そうな呟きを漏らした。


「あら、ジェリド様だわ」

「え? ジェリドがどうしてこんな所に来てるのよ?」

「本当に、こちらの方に顔を出すなんて、珍しいですわね」

「そうなんですか?」

 主従が口々に感想を述べ合うのを聞いたシェリルが不思議そうに問いかけると、ミリアが怪訝な口調で返してきた。


「だって一応一軍を預かる将軍だから、それなりに忙しい筈よ。それに私達の従兄とはいえ、流石に頻繁に後宮に出入りするわけにもいかないしね。ここに来る許可はちゃんと取っている筈だけど。でもシェリルは、ジェリドと面識が有るの?」

「はい、一応、少しだけ」

「ふぅん」

(何となく、レオン殿下と一緒にエリーに吹き飛ばされた事は、言わない方が良い様な気がする……)

 不思議そうに首を傾げたミリアだったが、やはり育ちが良い為、それ以上余計な事は詮索してこなかった。そして詳細を追及されなかった事に安堵しながら、シェリルが朝に届けられていた数多くの品物について思い出した。


「実は今朝、ジェリド様からお部屋の方に、ご挨拶のお手紙と一緒に、お菓子やお花や小物の類をたくさん届けて頂いたんです。ちょっと失礼して、お礼を言ってきても構わないでしょうか?」

「そういう事なら構わないわよ? 普通だったらそうそう会う機会も無いし、行ってきて?」

「はい、ちょっと行ってきます」

 断りを入れるとミリアが鷹揚に頷いた為、シェリルは軽く頭を下げてからジェリドの元に歩み寄った。その後姿を眺めながら、ミリアと侍女達が二人に聞こえない程度の声で囁き合う。


「あのジェリド様が、わざわざ女性に贈り物ですか?」

「でも、今の姉様は猫だもの。単にジェリドは猫好きなんじゃないの?」

「そうかもしれませんね」

「知られざるジェリド様の秘密ですね。なかなかおかわいらしい所がおありの様で」

 そう言って微笑ましく女性達が見守る中、ジェリドの足元までやって来たシェリルは、きちんと足を揃えて座り、話題になっていた人物を見上げて声をかけた。


「お久しぶりです、ジェリド様。レオンから、エリーに飛ばされた時にレオンを庇って怪我をされたと聞きましたが、その後お身体の調子の方は大丈夫ですか?」

 自分が様子を眺めていた相手がまっすぐこちらに向かって来たのを見て、ジェリドは僅かに躊躇った素振りを見せたものの、目の前にやって来たシェリルに相好を崩し、石畳に片膝を付いて恭しく頭を下げた。そして再び頭を上げた時、その濃い茶色の前髪の間から見えた明るめの緑色の瞳を見たシェリルは、思わず(家の近くの木に絡まってなっていた、葡萄と同じ色……。今頃食べごろだよね……)などとどうでも良い事を考え、流石に「美味しそうな瞳ですね」などと言ったら失礼だろうと思って口を噤んでいると、そんな連想をされているとは夢にも思っていないジェリドは、益々嬉しそうに言葉を返した。


「お名前を覚えて頂いた様で光栄です。あの時は本当に失礼いたしました。あの程度の怪我など、数の内には入りませんからご安心ください」

「そうですか。それなら良かったです。それと、部屋の方にジェリド様のお名前でお菓子やお花が随分届けられていましたが」

「はい、食べて頂けましたか? 王妃陛下に姫とエリーリア殿の好みをお聞きして、お好きそうな菓子を城下で見繕って届けさせたのですが」

「はい、とてもおいしく頂きました。ありがとうございます」

「それは良かったです」

 取り敢えずお礼の言葉を述べてから、シェリルは首を傾げながら質問を繰り出した。


「あの、でも、どうしてあれだけ沢山下さったんですか? お騒がせしたお詫びにしても、少し大げさかと思いましたが」

「それは、その……、勿論、驚かせてしまったお詫びもあるのですが……」

「はい」

 そこで急に黙り込んでしまったジェリドの次の言葉を、シェリルはそのままの姿勢で大人しく待っていたが、微動だにしないで何をやっているのだろうとミリア達主従が不審に思って近寄って来た辺りで、漸くジェリドが思い切った様に真剣な顔で話し出した。


「実はお二人の住居に出向いたのは、あの時が初めてではないんです。四年程前、付近の集落に人を訪ねて行った帰り、お二人の住居のある森に迷い込みまして」

「そうだったんですか? でも家をお訪ねにはなっていませんよね?」

「はい。満月の晩、姫が人の姿に変化する所に遭遇しまして。驚愕のあまり木立の陰で固まって、そのまま朝まで過ごしました」

 その話の内容に、シェリルは少し驚いた。


「……そう、だったんですか?」

「はい。それから暫く様子を窺っていたら、姫が人の姿になるのが分かってからは、合月の夜毎に出向いてお姿を拝見していました」

「はぁ……」

(そんなのこれまで、全然気が付いて無かったわ……。エリーも、防御結界があるから、そんな近くまで人が入り込むなんて、思ってなかったんでしょうけど)

 相手の話に一人で「う~ん」と悩んでいると、いつの間にかジェリドによって右前脚を取られて、軽く持ち上げられていた。それに遅れて気付いたシェリルが(何事?)と不思議そうに相手を見やると、真剣極まりない表情が目に入る。


「初めてお姿を拝見したとき、一目惚れでした。ですが年齢差がある上、立場上も差し障りがありますし、難解そうな術がかけられているのは一目瞭然でしたから、なかなか正面から気持ちを打ち明ける事が出来なかったんです。不甲斐無い私をお笑い下さい」

「いえ、あの……、笑うも何も、気にしていませんから。というか、全く気が付いていませんでしたし」

「姫の寛大なお心に感謝します。それに甘えて、この場で求婚させて下さい。どうか私の妻になって頂けないでしょうか?」

「…………は?」

 いきなり理解不能な言葉の数々の奔流を受けたシェリルは、文字通り全身を硬直させて思考停止に陥った。と同時に乱暴とも言える手つきで、素早く抱き上げられる。


「シェリル!! この男から離れて!! 駄目よ、近寄っちゃ!!」

「ミリア殿下? 何事ですか?」

 殆ど叫びながら固まったままのシェリルを掴み上げたミリアは、そのまま彼女を腕で抱き込んで片膝を付いて座り込んだままのジェリドを険しい視線で見下ろした。対するジェリドはキョトンとして、暴挙に至った主筋の姫を見上げたが、二人の間に更に侍女達が割り込み、ミリア以上に冷たい視線で彼を見下ろす。


「ジェリド様……、これは同じ女性として見過ごせない、由々しき事態ですわ」

「即刻ここからお引き取り下さい」

「あの……、それはどう言う事でしょう?」

 困惑しながら立ち上がったジェリドに向かって、彼女達が淡々と意見を述べる。


「ジェリド様……、先程『四年程前に姫に一目惚れした』とか仰ってましたが、その時シェリル姫が何歳でいらしたと思っておられるんですか?」

「十二か十三でいらした筈。そんな年端もいかぬ年齢の少女に、立派な成人が一目惚れ……。加えて猫の姿の姫様に求婚とは、二重の意味で問題がおありかと」

「いえ、決して色々邪な事とか、私に変な趣味があるとかではなく」

 事ここに至って、ジェリドも目の前の女性達にあらぬ疑いをかけられているのが分かったが、その弁解をする前に冷え切った口調で最後通牒が告げられた。


「取り敢えずお引き取り下さい」

「姫様達も奥に戻られましたし」

 その台詞に、とっくにミリアとシェリルがその場から姿を消しているのが分かったジェリドは、大人しく彼女達に頭を下げた。


「……分かりました。失礼致します」

 そして心なしか影を背負って近衛軍の業務棟に戻ったジェリドだったが、そこに戻るのとほぼ同じくして、王太子からの至急の呼び出しを受ける事になった。


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