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猫、時々姫君  作者: 篠原 皐月
第二章 悲喜こもごも王宮ライフ
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5.小さな初恋

「ミリア様、シェリル様とエリーシア殿がお出でになりました」

「人の姿で、でしょうね? 今日は王妃様をご招待してのお茶会なんだから、あれだけ言ったのに猫の姿でのこのこ出向いたら承知しないから」

 庭園に設置した大きなテーブルの上の茶器や皿を確認していたミリアは、背後からの呼びかけに勢い良く振り返った。すると織り込まれた花柄が上品に生地に浮かび上がっているアイボリーのドレスを着た女性と、すっきりとしたデザインながら端々に精巧なレースが施された若草色のドレスを纏った女性が、連れ立って自分の方にやって来るのが目に入る。


「ミリア様、今日は良いお天気で良かったですね。お庭でお茶会を開催すると聞いていましたから、雨が降ったら残念だと思っていたんです」

「私までお招き頂き、ありがとうございます。ミリア様」

「…………」

 結い上げず、両耳の上で髪飾りで軽く止めただけの黒髪を背後に流しているシェリルと、逆に若干癖のあるプラチナブロンドを纏め、首回りに何も付けない分髪飾りを煌めかせているエリーシアが礼儀正しく挨拶してきたが、それに言葉を返さないままミリアは固まった。


「あの、ミリア様?」

「どうかされましたか?」

 お茶会の主人役であるミリアが無言で佇んでいる為、客として現れた二人が戸惑っていると、人の姿になった彼女達とは初対面だったミリアは、物凄く疑わしそうに問いを発した。


「本当に、シェリル姉様と、エリーシア殿?」

「はい、そうですが」

「何かご不審な点でも? こういうドレスは着慣れないので、どこかおかしい所がありますでしょうか?」

 二人ともすこぶる真顔で問い返すと、ミリアが両手をテーブルに付いて項垂れる。


「何で、どうして、タイプが違ってるけど、二人ともそんな美人っ……。どちらか一人だけならともかく、完敗」

「はい?」

「ええと……」

 俯いたままそんな事を呻いているミリアを見て、二人で顔を見合わせてから、シェリルは恐る恐る声をかけてみた。


「あの……、ミリア様、どうかされましたか?」

 その口調に、ミリアはくわっと目を見開いて顔を上げ、盛大に叱りつけた。


「その敬語!」

「は、はいっ! 何でしょうか!?」

「猫の姿の時はともかく、人の姿の時は、私に対してへりくだらない! 明らかに年上、しかもれっきとした私の姉上なのよ? 私が不当に虐げているみたいじゃない、人聞きが悪すぎるわ!」

 十五歳とは思えない鬼気迫る迫力のミリアに、些か怖気づきながらシェリルが一応反論してみる。


「そう言われましても……。ミリア様はれっきとした王女様なので、私は気にしませんが…」

「私が気にするのよ! 人の姿の時は私の名前は呼び捨てで結構! 敬語も止めてよね? でないと猫の姿でうろうろしてる時、捕まえて縛り上げてあの木に吊すわよっ!!」

「ミリア様!」

「何て事を仰るんですか!?」

 流石に二人のやり取りをはらはらしながら見守っていた侍女達が嗜めてきたが、シェリルは言われた内容を一生懸命に考え、自分に納得させながら口を開いた。


「えぇと……、分かったわ、ミリア。これから宜しくね? 暫くは言葉遣いが慣れないと思うから、気が付いた時にその都度指摘してくれたら嬉しいわ」

 そこでにっこりと笑いかけたシェリルを見て、ミリアが幾分慌てたように視線を逸らしながら言い返す。


「い、妹として当然です。物知らずのお姉様を、フォローして差し上げますわ」

「あらあら」

「まあ……」

「ミリア様ったら」

「シェリル様の前では、随分素直でいらっしゃる事」

(どんな感じかと心配していたけど、シェリルが言っていた通り、結構仲良くやってるのね。良かったわ)

 いつもより多い侍女達が周囲に控えていたが、彼女達が揃って姉妹のやり取りを微笑ましく眺めているのを見て、エリーシアも安心した。そしてミリアの差配によってテーブルに案内された所で、新たな人物の来訪が告げられる。


「ミリア様、レイナ様とカイル殿下がいらっしゃいました」

「あ、お母様、こちらにどうぞ」

 周りを囲んでいる回廊から庭園に足を踏み入れてきた母と弟に向けて、ミリアは笑顔を向けた。


「お邪魔するわね、ミリア。今日はあなたが初めて取り仕切ってくれるお茶会だから、楽しみにしていたのよ?」

「これだけ気持ちの良いお天気ですもの。最後まで気持ち良く過ごせなかったら私のせいね。責任重大だわ。……あら、カイル? 黙っていないで、先客のお二人に挨拶位なさい?」

 テーブルまで母に連れられてやって来た弟が、何故か先に席に着いていたシェリル達の方を見て驚いた顔で立ち止り、無言のままなのを見て、ミリアは年長者らしく苦言を呈した。するとカイルはシェリルの元に駆け寄り、その右手を取って真剣な表情で訴える。


「レディ! 僕はカイル・シーガス・エルマインです。たった今、あなたに一目惚れしました! あなたが好きです!」

「は?」

「僕が大人になるまで、待ってて貰えますか? 結婚して下さい!」

「…………」

 それを聞いたシェリルは不思議そうに何度か瞬きし、他の者は無言で顔を見合わせてその場に沈黙が満ちた。そして母と娘で目線を交わしてから、今日の主催者であるミリアが呆れた様子で口を開く。


「あのね、カイル。この人が誰か、分かってないわよね?」

「名前なんか知らなくても、僕がこの人を好きな気持ちに変わりありません!」

「お母様……、何とか言ってあげて」

 しっかりシェリルの手を掴んだままの、真顔のカイルに半ば呆れながら、ミリアは母に役目を押し付けた。対するレイナも困った顔をしながらも、目の前の人物について説明する。


「ええと……、カイル? そちらの方はシェリル様よ? 人の姿をあなたが目にしたのは、初めてかもしれないけど……」

「え?」

 戸惑ったカイルに、ミリアが容赦なく止めを刺す。


「あなたと私と兄上にとっての、姉に当たるわ。いい加減、目を覚ましてくれないかしら」

「あの、こんにちは、カイル」

「…………」

 シェリルが戸惑いながらも挨拶をした時の、衝撃を受けたカイルの悲壮な顔付きは、まるでこの世の終わりが来たようだったと、その場に居合わせた侍女は後に語った。


「まあ。私とレオン殿が来るまでに、その様な事が?」

「ええ、それでちょっとカイルの顔色が優れないだけですので、お気遣いなく」

 なにやら項垂れて元気がないカイルを心配して尋ねたミレーヌに、レイナが笑いを堪える表情で事情を説明した。それを受けて、隣に座っていたレオンが弟の肩を軽く叩きつつ、慰めの言葉をかける。


「……不憫な奴。だがな、カイル。俗に初恋は実らない物と、相場が決まっているんだ」

 そう言われて、涙ぐんでいたカイルが、ゆっくりと顔を上げて兄を見やる。


「そう……、なんですか?」

「ああ。だから逆に言えば、どうあがいても無理な相手に最初に振られたのは、幸運だったのかもしれないぞ? 頑張れ、お前はまだまだこれからだ」

「あ、兄上ぇぇぇっ!!」

 そうして感極まったように勢い良く泣き出しながら、椅子に座ったままレオンに抱き付いたカイルを見たシェリルは、思わず隣の席のミリアに囁いた。 


「……私、カイル殿下を振った事になるんでしょうか?」

 すると途端に鋭い指導が入る。

「姉様! 弟に敬称は付けない! 敬語は使わない!」

「はいっ! 私、カイルを振った事になるの!?」

「ええ、ばっちり、しっかり、容赦なく振りましたねっ!」

「そんな!」

(すっかり弟妹と馴染んでるわね。安心したわ)

 そんなやり取りを聞いて、笑いを堪えながらお茶を堪能していたエリーシアに、ミレーヌが優しく笑いかけた。


「本当に、お二人が来てから、後宮が一気に賑やかになりましたね」

 それに何かエリーシアが言い返す前に、自分の事を言われているのかと思ったシェリルが、神妙な顔で頭を下げる。


「本当に、色々お騒がせしているみたいで、申し訳ありません……」

「あら、王妃様は皮肉を仰ったわけでは無くてよ? 実際にこれまで以上に、活気が満ちているのだから。ミリアも随分聞き分けが良くなりましたし」

「え? どういう事ですか?」

「ちょっと、お母様。何を言い出すの!?」

 取り成す様に口を挟んできたレイナにシェリルは首を傾げ、ミリアは焦った様に話に割り込んだ。しかしレイナは面白そうに話を続ける。


「だって、今までは『歴史なんて覚えたって、物の役に立たないじゃない!』って、何度も癇癪を起こして授業をすっぽかしていたのに、『全然勉強した事もないお姉様より、物知らずだなんて思われたく無いわよ!』と言って、予習復習を欠かさなくなったでしょう?」

「あっ、あれはっ!!」

 顔を赤くして絶句したミリアをシェリルは驚いた様に眺めたが、レイナは次にカイルに視線を向けながら微笑んだ。


「カイルも、武術の鍛錬は嫌だって逃げ回ってたのに、シェリル姫が黒猫狙いの低俗な輩に追い回されて、怖い思いをした時のお話を聞いたら『今度は僕が姉上を守ってあげます!』って、剣の練習を始めましたしね?」

「はいっ!! まだまだ未熟者ですけど、絶対姉上を守ってあげられる位、強くなってみせます!!」

「ありがとう。頼りにしてます」

 盛大に泣いて何かを吹っ切ったらしいカイルが、服の袖でゴシゴシと顔を拭いてから力一杯宣言した内容に、シェリルは思わず顔を綻ばせた。エリーシアもそれを微笑ましく眺めていると、ここでミレーヌとレイナが顔を見合わせて含み笑いを漏らす。


「レオンもね。見た目は結構分かりにくいけど」

「本当にそうですね」

 それを受けて、その場全員の視線が何となくレオンに集中すると、彼はややたじろいだ様子で母達に向かって問いかけた。


「王妃様、母上。何か仰いたい事があるなら、はっきり口に出して言って頂けますか?」

「あら、はっきり口に出して良いのかしら?」

「レオン殿の心情を慮って、口を閉ざしているのですが?」

「……もう結構です」

 反論を諦めたレオンにミレーヌ達は小さく笑ったが、他の者達は怪訝な顔を見合わせた。


「何かしら?」

「さあね。上品な方々の考えって、いまいち分からないわ」

 シェリルに小声で問われたエリーシアも先程のやり取りの意図する所は全く分からず、義妹と一緒に困惑した顔を見合わせたのみだった。


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