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短編

リグレット

作者: かふぇいん

 君がこの手紙を読んでいるということは、私は間違いなく、ここ、にはいないだろう。いや、あるいはこの手紙を手にしているのは君でないのか。しかし、今となってはどちらでも構わない。とにかく、言い残していきたかったんだ。


 君に出会ったのは、私が新人育成のために、一度後方へと送られたときだった。新人育成なんて言ったって、実質はただ数を詰めるだけの振り分け作業だ。それは、きっと君の方がよくわかっていただろう。上は皆、君たちを継ぎ足すための数字としか見ていなかったし、ひょっとすると、私もそう思っていたかもしれない。言い逃れのようだけれど、ずっと生き残ってきたことで傲慢になっていたのだと思う。

 正直、あの時、私は戦いにうんざりしていた。何度も何度も飛んで、そうして私が壊しているのは、いったい何なのか。国を守るために、私は軍人になったはずだった。しかし、あの頃にはもう、自分がやっているのは何のためなのか、すっかりわからなくなっていたんだ。わかるね、あの戦いはひどかった。どちらも死ぬしかないと言われていたのに、なら、私は何を守るために戦っているのかって。自棄になっていたし、あの時ほど、ひどく酒を飲んでいた時もない。でも、あれ以来一滴も飲んでいないんだよ。わかるかい。

 君と出会った時だ。きっと、今まで鍬や鋤を持っていただろう、田舎から引っ張り出された青年たちの一団。銃を持っても、追いまわしたのは狐やノロジカくらいなものだろう、ひどく戦争の匂いから遠い君たちの姿だ。君たちを見回して、私はそこで目が覚めた。火の躍るひどい夢の中から。殴られたような衝撃だったよ。

 君たちはみんな、怯えた目をして私を見ていたね。当然だったろう、君たちから見れば、私は戦争そのもののような姿をしていたはずだ。ただ国を壊していくばかりの、恐ろしい人間の一人に見えただろう。皆が何を思っていたかは想像に難くないよ、死にたくない、早く帰りたい、家で家族と一緒に安楽に過ごしたい。ああ、当たり前の願いだ、私だってそうだった。その中でも、ああ、悪く思わないでくれよ。特に今すぐにでも死んでしまいそうな顔をしていたのが君だった。

 私は、ようやく何のために戦うのかを思い出したんだ。国民は、爆撃や砲撃に怯えて家にいる人間だけじゃあない。こうして、戦地に送りだされて、縋るように銃を抱えて、塹壕の中で震えている兵だって、国民だったんだ。そして、その一人ひとりの帰りを待つ家族も国民で、私が守るべきものだった。私は決めたんだ、君たちを全員、生かして帰してやりたい、そのために戦おうと。君たちに掛けた言葉を覚えているよ、我ながら、恥ずかしい演説だと思う。しかし、真っ先に君が返事をしてくれた。嬉しかったよ。

 君たちが訓練所から戦地へと経っていってすぐ、私もまた戦線に戻されたんだ。膠着していた戦線が動いたとかでね。あの時ほど、闘志に満ちていた時もない。とっとと戦争を終わらせれば、それだけ君たちは助かると、私はどこへだって行くつもりだった。そうして、向かったのはあの町だった。夜間だったからね、灯りの少ないのにとても安堵したものだよ、そして、私は仲間と共にそこを爆撃した。指示したのは私だ。翌日、向こうの降伏の報があって、戦争は終わった。私は達成感でいっぱいだったよ。引き上げの列車が満員でね、彼らが笑っている中に、君の笑顔もあるものだと当たり前のように思っていたんだ。

 少しして、民間に被害が出ていたことを聞いたけれど、そのときは別段何も思わなかった。ひどい人間だろう。戦争に被害が出るのは当たり前だと思っていたし、その時の私は勝利に酔っていた。犠牲になった数よりも助けた数を考えればいいと、しばらくは何も思わずに過ごしたんだ。私は根っからの軍人だったよ、勲章の数と英雄という言葉に、足を延ばして休めるだけには、軍人だったと言える。そして、うん、どこか矛盾するだろうけれど、自分が殺した人達が眠るところにはとても行くことができなかった。罪悪感はあったんだ。

 だけど、2年くらい前だったかな、とうとうあの町へ行ったんだ。ラジオで復興と慰霊の話をしていたし、美しい町だと聞いたんだ。本当に、軽い気持ちだった。そこで、あの慰霊塔を見た。君は、きっとよく知っているだろう。いや、君こそあの塔を何度も見たはずだ。刻んである名前も。

 絶望したよ。なんとなく眺めていた名前の中に、君の名前と同じものがあったから。女性のものが2つ。珍しい名字だから、きっと間違いはないだろう。いや、間違いない。あの名前は、君の奥さんと娘さんだったんだろう? どうして、君の家族があの町にいたかは知らない。でも、確かなことは、私が君の家族を殺した、それだけだ。きっと、君にはもう、私のことはそれだけの人間としか映っていないだろう。ああ、いい。それでいいんだ。実際それだけの人間だ。開き直りじゃない。心からそう思うんだ。

 先日、君に手紙を貰った時、決めたんだ。もし君がどういうつもりでいるとしても、私はそれを受け入れようと。元より、片づけがいるような身の回りじゃない。ただ、少しばかりのお金は、もし、私が家に戻らなかったときに、あの町へ寄付してくれるように頼んでおいた。

 君の性分は、短い間だったけれど、よくわかっているよ。だからこそ、思う。どうか、君が君自身に手を下す前に――ああ、もちろんそれは私の後であってほしいが、この手紙を見つけてほしい。そうして、欲を言えば、君に生きてほしいと思う。

すまないね。謝って消える罪じゃないが、せめて最後くらいは、君を生かそうとしていた意思が頑なだったと思わせてくれないか。


 きっと私は、君の奥さんや娘さんとは、同じ所へは行けないだろう。

 だから、私の謝罪は、君がずっと生きた後に伝えてくれないだろうか。

 厚かましいことを言うけれど、本心だ。


 すまない。どうか、よろしく頼むよ。

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