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2:Heven Or Hell


遡ること数分前ーーー。



◆2:Heven Or Hell



「いいか。あのバカ長いリーゼントをくぐっちまえば、あとは血祭りだ」

 ここは地下のコロシアム。の、すり鉢状になった闘技場の観客席の真下にある控え室。

 十二メートル四方の真っ白な部屋の中を、四本の真新しい蛍光灯が照らす。青いプラスチック製のベンチに壁には大きなガラス。丁寧に救急セットまでその部屋にはあった。

 その部屋に、男女が一組。中年の男――オグルはベンチに座っている女、いや少女に愚痴をもらすように言った。

「わかってんだろうな。万が一負けるような事があれば、その手足に爆弾つけてやったっていいんだぜ?まあ俺が整備したら負けるはずがないからな」

「寝言は寝てから言いなさいよ若ハゲ。だいたいあなたの整備なんてかえって動きづらくて邪魔なのよ。ネジちゃんと巻いたの?不安で不安でしょうがないわ」「言うじゃねえか色ガキ。そこまで言うなら今ここで取ってみるか?その手足。整備士がいないとろくに立つ事もできねぇくせに、ナマ言ってんじゃねえよ。いいか?今テメェがこの街で生きていられるのは整備士である俺様のおかげだ。それをよーくわきまえな。本来なら俺がファイトマネー全部持っていってもいいんだぜ?」

「あなたホントに脳みそとろけちゃってるんじゃないの?何度も笑わせる話、聞かせないでよ。むしろ重石かついで今までなんとかしてきた私に感謝して欲しいわ。鈍くさせるだけが能のド三流のくせに」

 両者勝るとも劣らない暴言のラリーは留まる事を知らない。これが試合直前の控え室の光景だろうか。

 痺れを切らしたオグルは少女の前に立った。今にも殴りかからんとする勢いで、少女に襲いかか


「ウエストコーナーの選手、スタンバイお願いします」


る直前に、静止が入った。

「チッ・・・」

「入場よ」

「言われなくてもわかってんだよそんなこと!いちいち口だすんじゃねえ!!」

 もはや問答は無用とばかりに、少女はオグルの激昂を鼻でフンっとあしらうように受け流した。

「わかってんだろうな。俺の言うとおりに戦わなかったらどうなるか」

「フンッ。知らないわよそんなこと」

「クソガキが。せいぜい今のうちに吠え面かいてな」

 少女は白銀の髪を揺らしながら、戦場に歩を進めた。



   ◇◆◇◆◇◆



 客席は超満員。あんな朽ち果てた街によくこれだけの人間が住める容量があったのか。

 地下深くに掘られたこのドームは、もとからこの街のある意味でのシンボルらしい。

 今はどこに逃げたかしれないこの街の前町長が、もともとこの闘技場を軸に街を発展させるつもりだった。経済的に言えばこういうスタジアムやドームでスポーツの大会を催すなり、有名な歌手を招いてライブを行えば、自然と周囲にある街も潤うからだ。当時不況だったこの街を救うための、いわゆる町おこしの先駆けとして、ドームはこの街に生を受ける予定になっていた。

 しかし、なにごともそううまくはいかない。経済的に不況な街がドームを造るには、到底資金が足りなかった。全天候型ドームを一つ造るのに、どれだけ莫大な金がかかることだろう。

 だが、科学・工学が発展したこの時代において、もはやスタジアムというのはどこも受け入れてもらえない。

 そこで町長は思案した挙句、一つの回答に行き着いた。

「地上が駄目なら地下に造ってしまえばいい」と。

 住民の反対もあったが、町長はそれを権力で強引に捻じ伏せて、半ば独断で地下ドームの建設を執り行なった。

 しかし、やはり二兎追うものは一兎も得ず。ギリギリまでコストを減らした結果、スポーツを行うには中途半端な広さになって、結局相手にされなくなってしまった。

 町長は失脚。統治者も財力も無くなった街において、住むべき理由はもはや無い。人は去り、街は廃れ、残ったのは貧困という二文字だけだった。

 それがこの街とドームにおける事の顛末。欲に溺れたが故に全てを失った悲しい町長のお話。


 しかしそんなことは、少なくとも今の銀髪の少女にとって、どうでもいいことだ。地下に掘られた、負の遺産の中心。彼女は其処に立っている。 目の先に、小柄だがでかい男を見据える。目が変わる。さながら猟犬の目だ。やけに馬鹿でかいリーゼントの不良。二メートルくらいだろうか。その迫力、威圧感は充分。――これが今回のわたしの獲物か。

 稼動確認。少女は手のひらを握ったり開いたりして動作を確かめる。異常なし。もとより感覚などないが、それもまた彼女にとってはこの場において必要の無いもの。そんなものはどこかに置き去りにしてきてしまった。 そう、なにも考える必要はない。たとえ、オグルが何かを企んでいたとしても、一切合切無視しなければいけない。

 後ろでなにか言っているオグルをまた無視して。

 信じられるのは己のみ。目を逸らした先には死。

 少女が今考える事、それは目の前の獲物を狩り賞金をこの手にすることのみ――――。


  カーン。


 ゴングが鳴った。初見は両者様子見から始まる。両者の間隔は十二メートル程。まだ何も届かない。

 無論、攻撃を入れるには接近しないといけない。だが、うかつには飛び込めない。何があるかわからない。平静と冷静と集中を乱した者は真っ先に美味しく料理される。愚の骨頂だ。

 そのことをよく弁えているのか、開始から三十秒が経過しても一向に両者の位置が全く動く事は無い。中心の円を見ている観客は、まるで時が止まったような錯覚を覚えることだろう。緊迫した空気がドームをつつみ込み、大歓声はすっかり静まり返ってしまった。

 両者はひたすら緊迫に耐える。

「先に手を出したほうが負ける」この事はもはや、今日初めて対峙したにもかかわらず、両者の間で暗黙のルールになりつつあった。

 そして試合開始、両者が動かなくなってから一分が立とうとしてた頃。

「なにぼさっと突っ立ってんだーー!早く試合始めろーー!」

この空気に耐え切れなくなったのは少女でもニガツユでもない、どこかに座っているであろう観客であった。

 声は張り詰めた空気を一気に突き崩した。会場がどよめきを取り戻す。張り詰めていたものが一気に決壊したゆえに、流れ出すものは止まらない。ドームは瞬く間に観客の罵声と野次で飽和した。

 それでもなお両者は動かない。成立したルールは、迂闊には破れないかのごとく。

 すると少女のセコンドについていたオグルが、フェンスで仕切られたコロシアムの壁の向こう側から、便乗して少女に声を飛ばした。助言ではない。野次だ。

「テメエ大口叩いた割にはなんで行かねえんだ!!テメエの体なんか知ったこっちゃねえから早くあのチンピラのご自慢のリーゼントぶった切って来い!!」

 これには、緊迫していた少女も返事を返す。報告ではない。愚痴だ。

「なによ!実際に闘ってるのは私なんだからいちいち口出ししないで!!闘いのいろはもわからないくせに!この能無し!」

 こちらも喧嘩が始まった。流れ出たものは実際に闘う選手にまで影響をおよぼした。


 すると突然ーーーー。


「ハッハァーーー!!隙だらけだ、ガキが!!」


 ニガツユのリーゼントが蓋を開けたように開いた。

 そして間髪入れず

「蜂の巣になりなぁ!!!」

ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド!


 リーゼントから発せられる無数の銃声が、地下のドームに木霊こだまする―――!

 少女は間一髪で危険を察知し、鉛の群れを回避する。円の中心を軸に、時計周りに旋回。

 しかし、ニガツユもそれを逃さない。初弾を布石に中央へ陣取り、少女を追尾し、捕捉し、照準する。 

 オグルが言っていたこと、それは

「新作のアーマーナイフの切れ味を宣伝するために相手のリーゼントをぶった切れ」ということだ。そして、少女のか細い腕に仕込めるナイフの長さは、たかが知れている。すなわち、リーゼントを切り落とすには自然と接近しなければいけない。

 だが、これはどうだろう。わずか六〜七メートルの距離にもかかわらず、そのリーゼントに仕込まれているマシンガンにより接近することを断固として許されない。無論、遠距離での攻撃手段を持たない少女は、ひたすら逃げ続けるしかない。ひたすら逃げて、相手の弾倉が切れるのを待ち続けるしかないのだ。弾幕で満たされた 境界は、少女にとって何百メートルという距離を容易に体感させた。

 旋回はまだ続く。熱で山吹色に発色する鉛の雨は、ステージにそって華麗な円を描く。美しいとも形容できなくもないがその言葉は、ことこの場所に限ってそれは適切ではなかった。間違っても、一瞬で人を殺せる凶器だ。

 それを約一分間、ひたすらになって逃げ続ける少女がいた。選手のコールがあった際に、ワンサイドゲームだと囁かれていたが、違った意味でこれほど一方的になるとは誰が予測出来ただろう。弾倉はまだそこを尽きない。

「ハハハハハハァ、いいぞ、もっと逃げろぉ、逃げてくれぇ。一瞬でも止まったらそのか弱い身体に風穴タップリ開けてやるからよぉ。さぁ、どこまで逃げ切れるかなぁ、見せてくれよぉ!」

「くそぅ、黙ってれば調子にのって・・・」


 遊ばれている。その感覚を理解するには時間が掛かりすぎた。考えれば簡単な事だ。この一分間ニガツユが少女を追尾しているときに、旋回方向に首をちょこんと捻れば少女は蜂の巣になって死んでいた。つまり、殺ろうと思えばいつでも殺れたのだ。

 しかし


ドドドドドドドドドドカチンカチンカチン。


 一ラウンド終了まで、残り二十四秒。

 ついに、努力が報われた。弾倉が底を尽きたのだ。

 義手を覆う肌色を突き破り、ナイフがその姿を現す。もう訪れないであろう一遇のチャンスとばかりに、少女はニガツユにたたみ掛ける―――!


 狙うは―――


「そのリーゼント、いただき!!」


あれだけの弾幕を形成して、接近を阻んでいたリーゼントへーーー!


 ガチン!!


 甲高い金属音が響いた。

「なーーーー」

 振り下ろしたはずのナイフは、リーゼントの半径ほどで止まっていた。文字通り、刃が通っていなかったのだ。

 少女は幻滅した。何故あいつの言うとおりになっていたのだろう。はじめから直に殴っていればこれで終わりだったはずなのに。なにより、あんな金の亡者をのさばらせておくのが間違いだったかもしれないのに。

 少女がそんなことを思考するのにコンマ零・四秒。いや、実際はそこまで掛かっていなかったかもしれない。だが、少なからずともその瞬間に考え事をしてしまった事―――即ち、隙が生まれたことは変えられない事実だった。

 ニガツユはその僅かに生まれた一瞬の隙を見逃す訳が無い。

 その強大なリーゼントを、荒れ狂う大蛇の如く振り回す。

 内蔵された銃火器部の鉄製のバレル。そして、その強大な銃の重さを支え、発射される反動に耐える鍛え抜かれた強靭な首。重火器ゆえに、並みの素人がここまで扱う事など、到底不可能。

 彼は確かにマシンガンによる射撃が主軸だが、それだけではない。磨かれた反射速度に、銃を扱う技術。その素行の悪そうな容姿とは裏腹に、ニガツユが紛れも無い戦士だということをなにより証明させる。

 そして彼のその首を生かせば、細身の鉄棒といえど、骨をも砕く鈍器と化す。当たれば痛いでは到底済まない。

 少女もまた、並外れた反射速度で鈍器による一撃を避けた。

 しかし、それは回避するために距離を置くものだった。成り行きから言って至極当然の事だ。鉄の風が吹く台風の中で人間がどうやって生きられよう。

 再び、振り出しに戻った。この距離は、少女にとって圧倒的に不利だ。

 だが、今までその状況を作り出してきた鉛の雨は、もう降らない。とすれば、あの台風をかいくぐって、目に到達するだけだ。

 少女は再び猟犬になる。獲物を狩り取るためだけの存在。

 そこに、余計な考えは一切不要。ただただ、相手を狩る策を練るのみ。猟犬は思案する。あの台風の目に到達するには―――。


「なあ。もう弾切れだからって、簡単に近づけると思ってるだろ。そんなのは・・・」


 いつの間にか、台風は止んでいた。


「見当違いだぜ!!」


 そして、リーゼントからは鋭いものが無数に生えていた。刃物だ。

 それらは、ニガツユの一声とともに、一斉に撃ち出された。先程の光景がリフレインする。ここに絶対領域が再構築される。

 それは、コロシアム全体を包む軌道だった。三百六十度全方位射撃。いかに手足が鋼であろうとそれだけでは到底足りない。無数に射出されるナイフを、防ぎきることは出来ない。

 だが、少女は待っていた。この台風が止む瞬間を。

 無数に迫り来るナイフをかわせない。

 否、かわさない。

 猟犬はチャンスを逃がさない。多少の傷はいとなわない。銀の腕で頭部を防ぎ、向かい風の中を疾駆する――!

 多少、少女の身体にナイフを掠めながらも、凶器の嵐を抜ける。

 傍若無人に吹き荒れる台風も、風を当てる対象を誤った。

 少女はなおも止まらない。そして射出されたリーゼントの先端を―――。


 あろうことか拳で打ち抜いた。


 鈍い金属音がドームに響く。


 事、戦闘に限った話ではないが、何事にも勝敗を決するものには精神論と裏づけされた科学がある。繰り返される紙一重の接戦の中でも、真理はたしかにそこに存在する。

 殴ったあとには、首が百八十度近く捻じ曲がっているニガツユの姿があった。

 無論、立ってはいない。泡を吹いて、数メートル先で倒れていた。あの最大の武器だったリーゼントは原型を留めてはいない。

 その形状と長さ故、先端の重さは根元より遥かにかかる。根元よりか遥かに衝撃を受けたときの影響が大きいのだ。

 ならばそこを横から叩くとどうなるか。

 そう、彼女はてこの原理を利用したのだ。根元よりも、先端を叩いたほうが支点――この場合、首により多くの衝撃がかかる。

 ましてや二メートルもあろうかという長さだ。支点にかかる力は計り知れない。

 最大の武器が思わぬ弱点になってしまった。彼女が勝てたのは初めからそれを壊す事だけに専念したからであっただろう。


カンカンカンカンカンカーン。


 ゴングの音と共に、大歓声で包まれた。

第二話、いかがでしたでしょうか。一応この小説には「機械による闘い」というテーマがあるのですが、メカ臭さが余り出せなかったかもしれません。精進していきますので引き続き銀姫をよろしくお願いします。アドバイスや感想を常時心待ちにしています。

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