虚空の人
「亜弓、別れてほしいんだ」
こんがらがった赤い糸に悪戦苦闘していた僕に聞こえたのは、先輩の一言だった。
同時に団子状になっていた赤い糸はするりと解け、別れを決定付ける。
また間に合わなかった。
物陰で溜息を吐く僕に涙目で抱き付いてきたのは、姉の亜弓だった。
鼻をぐずぐずいわせて隣を歩く姉の小指からは、途切れた赤い糸がだらりとぶら下がっている。
これで姉の連敗記録は片手を越えた。
他人の赤い糸を見て触ることができるのを利用し、相手のいない赤い糸に姉の糸を結び付けても、結局解けてしまう。
やはり作為的に宛行った相手は、本当の運命の人には勝てないのだろうか。
死んだ相手にいつまでも運命の糸を繋げたままの姉を見ていたくなくて、始めたこの行為。
すればするほど、虚しい気持ちになっていく。
姉の赤い糸がふいに宙に浮き、するすると空に向けて伸びていく。
赤い糸は雲一つない空へ吸い込まれていった。
どこまで伸びたのか見えないくらい、長く長く伸びて天に昇る、死者と繋がる赤い糸。
いつか姉が彼のことを思い出にできる時がきたら。
その時はきっと、静かに途絶えるのだろう。
課題文:その時はきっと、静かに途絶えるのだろう。
20010715:初出 20111123:移植