桃色烏天狗
「ねぇーまま、あのひとおかおがへんだよ」
テレビを見ていた息子のあげた声に洗濯物を干す手を止め目をやると、息子はテレビに大きく映った脂で額を光らせている大臣を指差し首を傾げていた。
「どうして? マー君、あのおじさんのお顔は変じゃないよ」
「だって、ぴんくのおかお……」
更に首を傾げる息子に言われ、よくよく見てみれば、大臣の奥に映る人たちの一人、若い男がピンク色の立体マスクをしていた。
「あぁ、烏天狗マスクか……」
つい口を突いて出たのは、立体マスクの先がシュッと尖っているところから、私が街中で見る度に密かに思っていたことだ。あの形といい付ける位置といい、烏天狗のくちばしに似てるんだよね。
「から、てぐ?」
「いいのいいの。あのお兄さん、風邪でもひいてるんだよ。あのピンク色のはマスクだよ」
「ぼくもしたいっ!」
カラン、と息子が動くのにあわせて、頭の下に敷いた氷枕が鳴る。
「じゃあ元気になったら、買ってあげるね」
そう言う私に少しむくれた顔をする息子の、まだ熱の残るおでこを撫でる。
「ままぁ」
「なあに?」
「やすそくだよ」
「うん、約束」
布団からのびてきた小さな小指と指切りをし、布団をかけ直してやる。息子は嬉しそうに笑った後、再び瞼を下ろした。
君が治る頃には、もうあのマスクは必要ないかな。
題:大臣、ピンク、嬉しい
20090315:初出(三題噺参加作品) 20111101:移植 20111123:編集