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3-3…事情説明会『夜対話』




守人は何とも間抜けな理由で布団に寝かされていた。

湯当りで看病されるなど、いつ以来だろうか。



「俺らはお前の子守じゃあねぇんだよ。

 高二にもなってガキか、外泊に浮かれてんじゃねぇぞ」


「わぷっ!」



戌彦は濡らしたハンドタオルをきつく絞り、ぺしりと守人の顔面に投げ付けた。

変な声を出してしまったがその冷たさが火照った顔に気持ち良い。

汗を拭うようにぼんやりした頭を冷やす。


なんとなくであったが、守人は懐かしいと思った。


誰だったろう、母だったっけか。

掠れた記憶の中で同じような事をされたような……。

もっとも、こんなに乱暴ではなかったろうが。


思わず漏れた笑いに戌彦の機嫌が悪くなる。



「何笑ってんだ、オイ」


「ご、ごめん」



日雀は部屋に居ない。

戌彦の負傷もあり、今夜は蛟の捜索はせず回復に専念する事になっていた。

逆に襲撃される危険があるため、日雀は冠月荘の周りにまで索敵用の結界を張りに行ったのだ。

戌彦も戌彦で蛟の隠行対策に瞑想でもして一時的に霊視能力を上げておこうと考えていた。


そんな対蛟の作戦行動中に浴衣でフラフラ廊下を歩くのぼせた守人。


戌彦がイラつくのも当然だった。

無理矢理に寝かされて今に至る。



「まったくよう、いい加減にして欲しいぜ。

 っと、そういやお前、今日ここに泊らせるけど親はいいのか」


「大丈夫だよ、放任主義なんだ」


「それでも連絡しとけ。

 親は心配する生き物らしいからな」


「……ん、そうだね」



脇に置いていた携帯電話からメールを送る。

『今日は友達の家に泊る』とそれだけを書いて。

送ってすぐに返ってきたのは『わかった』の一言だけ。


こんなものだろう。

そう言って守人は笑うが戌彦は応えない。


妙な沈黙が満ちた。


けれど、この沈黙で分かった事がある。

やっぱり彼女は乱暴者に見えて本当は優しい人なのだろう。

戌彦がそこはかとなく心配してくれているのが守人には嬉しかった。


もう一度タオルで顔を拭うと、すっかり体調も戻りスッキリとした心持ちだ。

いつまでもこんな空気にしておくのも気まずいので、身体を起こし、話題提起してみる。、



「そういえば今津さん、明日僕はどうしたら良いの?」



予定では今夜の襲撃がなければ明日の昼頃から捜索と狩りだと守人は聞かされていた。

しかし、それについて自分がどう動けば良いのかについては聞いていない。


けれど明日も平日、学校は変わらずにある。

サボる口実に「妖怪に狙われてるんです」などと言えるはずもなく。

学生の本分、勉学に励みに行かなければならないのだから。


幸いにして冠月荘には戌彦が逃走に使った自転車が停められているから、

朝の弱い守人にとってはキツイが早起きすれば十分に間に合いそうだった。


武田と井下を止める為にも登校は許してもらいたい。

それを聞くとあっさりと許可が出た。



「ん、あぁ、普通にしてくれて構わねえよ」



妖怪は基本的に夜行性、というか人の気配を嫌う。


人を襲うのに人を嫌うとはどういう事なのかと問えば、

今の世に生きる人は幻想から距離を置いてしまっているために

大勢で集まると二次関数的に消耗度合いが増してしまうとの事だ。


日雀の情報と合わせれば、

つまり、妖怪に『選定』された人間が『単独』行動をしている時こそが危険値最大なわけで。

これを逆説的に言い換えれば人混みは妖怪に対する精神的防壁となりうるのだと。


特に学校などの大勢の人間が活動している場所ともなれば。



「それにたしか雲仙高校は新設校だろ?

 古い学校なら七不思議みたいに信仰から怪異が発生する事もあるが、

 たった十年ぽっちで時の重みを積んでねぇならそこまで気にしなくて良い」



考古学資料館だけは展示物が問題になりそうであるが、

蛟が見えた霊視持ちが、一年も近くに居て何も見えなかったなら大丈夫だろうと。


校内で別の怪異から不測の事態を齎される可能性も低い。

君子危うきに近寄らずは守れよ、と付け加えられたが。


学校について戌彦がやけに詳しいなと思った守人は、

日雀がパソコンを取り出した大きな鞄に大量のファイルが納められていたのを思い出した。


既に周辺の主だった施設は日雀によって調べ上げられているのだろう。

そして、その情報は狩人たる戌彦も当然把握している……。

事件自体が数ヶ月前から起こっていたのを考えれば、彼女達の準備の良さも納得だ。


守人がなるほどと頷いていると、戌彦は赤い携帯電話を取り出した。



「まぁ、番号とアドレスは教えとく。

 お前の知らんとこで全部終わらせるつもりじゃあるが、何かあったらすぐ呼べよ」



これが守人の人生において初めての異性とのアドレス交換。


相手は日本刀が良く似合う妖怪退治が生業のちょっぴり物騒な女の子。

殺伐とした理由なのが残念だったが、健全な男子としてちょっと嬉しかったりする。


とりあえず、これでもしもの時の連絡先ができた。


アドレス帳を開いて登録の確認と、電話番号を暗記する。

昔に携帯電話がバッテリー切れで番号を覚えておらず困った事があるからだ。

そういう一見無駄な準備がいざという時に役に立つのだと守人は経験から知っている。


なにしろ化け物に狙われているこの状況を

解決できる唯一の数列なのだから覚えておいて損は無い。




そうして番号を覚えるべくブツブツと唱えている横で、

戌彦は立ち上がり、隣にもう一組布団を敷き始めた。



「……ッ!?」



そう、布団を敷き始めたのだ。

守人が思考停止したのはしょうがないだろう。


布団を敷くという事は誰かがこの部屋で寝るというわけで、

守人は既にして布団に寝かされてしまっているのだから除外される。

となると、それが誰かと考えたらもうこの場にいる戌彦しかいないわけで。


多少冷めた所のある守人も思春期真っ只中ではある。


一つ屋根の下どころか女子と一緒の部屋でオヤスミな状況の訪れに、

石のように固まってしまった。



「な、何でこの部屋にっ」


「やかましい、俺だって嫌だぜ」


「そうだ、他の部屋は?」


「襲撃に備えるにはコレがベストなんだよっ。

 さっき準備できたって連絡がきたからサッサと寝ろ。

 日雀様に夜警を任せて俺は早く回復、お前はすぐ守れる場所に、って事だ」



そう言うと、枕元に刀と短刀、そして御札を何枚か並べた。

緊急時はすぐさまこれらを手に大立ち回りとなるに違いない。


更に、これから眠りに入るというのに黒いジャケットを羽織っている。

あの蛟に破られた物のスペアなのだろう。新品のようだ。

彼女の視線を追うと大穴を空けられた残骸がハンガーに掛けられていた。


3万もしたのに……と肩口を撫でながらの呟きは金銭的な意味での切なさが篭っているようだった。


それから、二燭光の豆球の灯りだけにして

まるで守人が居ないかのような無防備さで戌彦は横になる。


薄手のタオルケットを腹に掛けただけなのは

厚い掛け布団だと咄嗟の時に動きの邪魔になるからだろう。


徹底してるなと思いながらも自然とその脚線美を眺めてしまい、

隣に女の子が寝ているのだという実感から守人の心拍数が上がる。


ほんの一、二度寝返れば彼女と触れ合える距離だよな……、と考えた所で守人は釘を刺された。



「テメェの寝相は知らんが斬られたくなかったらお上品に寝ろよ」



別に彼女を襲おうなどとは考えていないが

底冷えのする声で警告され、身の危険を感じたので素直に寝る事にする。



「んじゃ、蛟が来たら蹴り起こす。

 指示を出すまで慌てず俺の傍に居ろ。

 指示を出したらそれに従って逃げろ、おやすみ」



しかし、こうもサバサバした彼女を見ていると変に意識している自分が馬鹿みたいだ。

サッサと寝てしまおうと布団を頭から被って守人は眼を瞑った。







……が、眠れるわけがない。

さっきのさっきまで心臓が忙しく働いていたのだから。


十分ほど時間が経ったが目が冴えてしょうがない。


そういえば、と守人は大切な事を思い出した。



「今津さん、起きてる……?」


「……」



返事は無い。

眠ってしまっているのだろうか。


それでも言わなければならない大切な事がある。



「今日は助けてくれて、ありがとう。

 色々ありすぎて、お礼を言うの忘れてた」



彼女は背を向けるように寝返りを打って、小さく答えた。







「うるせー、早く寝ろ」


「うん」



その夜、襲撃は無く、穏やかなまま時は流れていった。



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