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2-2…怪異開始『疑いと奇襲』




「お前、今確かに言ったな。

 俺の聞き間違いじゃなけりゃ『見える』のかって俺に聞いたよな?」



全身が総毛立つ気迫を叩きつけられて、汗がドッと噴き出る。

急に身体が熱を失ってしまったかのように、動かない。



「人払いを越えてた段階で警戒しちゃあいたが、何者だてめぇ」



それは危険に対する反射。

身体が絶対に勝てない相手へ無条件降伏している。

突きつけられた物が日本刀だと守人が気付くのに3秒はかかった。

あまりにも想像を超えた事態に、脳の処理が追いつかなかったからだ。


そして、気付いたところで何もできない。

少女の刺し貫くような眼光が守人を縫い止めていた。


……が、すぐに霧散する。



「ちっ、白か。

 ビビらせて悪かった」



言って、彼女は刃を下ろす。

1分に満たない一方的な睨み合いが終わった。


緊迫感から解放されてようやく頭が回り始める。

何かを試されたらしいが、守人の理解の及ぶものではなかった。


彼女は一体何なのか。


回復した血の気が思考を加速させたのか、

守人は彼女のこれまでの言動からおそらくの答えにまで瞬時に辿り着いた。


『退散を促した』

『見える人間への警戒』

『疑いが晴れると刃を引いた』


自分がどれだけ荒唐無稽な事を考えているのか分かっていたが、

目の前の少女がおそらくはソレであるのだという確信がある。


彼女は間違いなく『見える』側であり『戦う』人間だ。


何と戦うのか。

それはきっと怪異を引き起こした原因で……。


……。


…………?


考えが纏まっていく最中、突如として守人は強い違和感を覚えた。


そしてそれは思考回路を一時停止するに値する疑問。

睨み合いから戻された視界に何処かおかしい箇所がある。



「おい、確認を取るが、お前は『見えて』いるんだよな。

 だったら連続失踪、バラバラ死体の犯人について聞きたい。

 見える奴がこの場所に居るってのはそういう事だろ……っておい、何処を見てる」



彼女の問い掛け。

それに答えながら、けれども視線は動かさずに守人は変化を探した。

自分が今感じている気持ち悪いほどの圧迫感の正体を。

ほんの数分前と絶対的に変わっている状況があるはずだと。



「悪いけど、僕は『見える』だけなんだ。

 事件が気になって、まぁ、色々あってココに来ただけだ。

 本当に、見えるだけの高校生だよ。

 ところで君が『そういう人』だとの前提で聞くけども、

 この『靄』はかなり危ない物な気がするんだけど大丈夫なのか」



「ああ?

 これくらいの妖気塊なら長居しなけりゃ問題ねぇよ。

 一振りでボンだ、つーか、こっち向いて喋れよ」



苛々した口調の少女が靄の正体を答えてくれたおかげで

守人はようやく狭苦しさ、息苦しさを与えてくる圧迫感の答えを理解した。

変わっていたのは『ソレ』だった。


そして、恐怖から逃げられない事を知ってしまった。



「……この量を『これくらい』で済ませていいのか」



まだ持っていた石が無意識のうちに握り込まれて、痛む。

しかし、この痛みによって、ともすれば叫び出しそうな心が平静を保てている。


間違いなく運に恵まれている、恵まれているはずだ、と守人は思い込むことにした。



「僕は素人だ、安全危険の基準も分からない。

 けど、『これくらい』の量が非常に不味いって事だけはわかる」



「岩戸に閉じられてるだろ、これくらいなら――」



「君には『見えていない』のかッ!

 僕らはもう『囲まれている』というのにっ!」



「何だと?」



違和感とはすっかり辺りを覆おうとする靄。

岩戸本体に渦巻くどす黒い闇ではなく、それを薄く希釈した、けれども邪悪の雲。

薄闇を媒介に逃げ場を塞ぐように膨らんでいたというのに、彼女には見えていない!



「避けろッ!」



叫び、守人は少女の顔面へ目掛けて石を投げ、そして自分も逃げるように跳んだ。


反射的に身をよじり石を躱した少女の

頭部があった場所を背後の靄から飛び出したおぞましい物体が通過する。


もしも、そのまま立っていたならば、もしくは石を弾く事で防いだならば、

彼女の首から上は捥ぎ取られていたに違いない。


直撃を避けたはずだがそれでも彼女の右肩はジャケットごと抉られ

生々しく出血した地肌が露となっているのが証拠だろう。


回避を促す為に咄嗟にやった行動だったが避けてくれて本当に良かったと守人は息を吐いた。



「ッ、危ねぇ、助かったぜ……。

 ありがとよ、おかげで首と体がお別れせずにすんだ」



少女は刀を血の滴る右手で構えながら、左手の護符のような物を肩に押し当てている。

柔らかに発光する符は癒しの力となって失血を抑えていく。



「にしても、こいつは……」


「蛇の、化け物」



巨大な質量が過ぎ去った先を二人揃って見上げる。


水気を帯びて滑る鱗、丸太のような長く太い胴体は全長10m以上はありそうだ。

そこまでなら規格外なサイズの大蛇。


だが、それだけではない。

最も目を引くのは異形と化した頭部。

人間の腕や足、苦悶の表情がまるで悪趣味な乱雑さで並べられている。


……こいつだ。

奴こそが怪異の犯人なのだとその異形が守人に直感させた。

喰らった人間の霊が、蛇の身体に括られて怨嗟に泣いているのだと。


その歪んだ頭部の先端、人も丸呑みにできる巨大な顎が開かれると捕食者が不気味に語り掛ける。



『カ・カ・カ、ミツケタ、ミツケタゾ』



奇襲で仕留められなかった警戒からか、はたまた余裕からか、

大蛇はとぐろを巻き、ゆっくりと鎌首を擡げてこちらを伺っていた。

命を奪いに来る化け物が振り撒く死の匂いが守人に悪寒を走らせる。


そんな風に声も出ないほどに圧倒されている守人を庇うように、

日本刀の少女は一歩前に踏み出して片手で切っ先を敵に向けた。


その少し小さな背中の安心感で、ようやく守人は我を取り戻した。



「だ、大丈夫なのか?!」


「あぁ、生きてるよ、生きてりゃ勝てる

 にしても、(ミズチ)らしいが、糞ッ、見えねぇな」


「って、見えてないのッ?」


「安心しな、居るのは感じてるよ。

 だが気配以外がぼやけて見ずれぇ、どんな隠行してんだか。

 ……何でか知らんがお前には見えてるみたいだが」


「あ、うん、見えてる。

 鱗の模様まで、全部見えてる、けど」



程度の差はあろうが、見え方が違うようだ。

彼女は未だに敵の姿を捉えられていなかった。


自身でも、不思議に思っている。

こうまでハッキリと相手が見えている事を。

狩人たる彼女に見えないモノが、何故自分に見えているのか。


しかし、今本当に必要なものはそんな疑問ではなかった。


何とか立ち上がったものの膝が笑ってしょうがない。

守人は逃げだしたかった……が、逃げるわけにはいかなくなった。


もう恐怖を感じてはいない。

正確にはあまりの事態に麻痺していると言った方が良いが、ともかく逃げるわけにはいかない。

不可視の危険が在って、自分にしか見えていないのならば。



「僕も手伝う」



古臭いジェンダーに縛られた思考なのかもしれない。

けれど、守らなければ、そう思ったのだ。







******







少女、戌彦は己への憤りを隠せなかった。


見当違いな疑いを向けた事。

不意打ちで死んでいた事。

そして、守るべき対象が矢面に立とうとしている事。


……情けない。

それら全てが自分の不甲斐無さ、未熟さに起因していたからだ。


ズクズクと熱で膿むように肩が痛む。

傷は深く、あの一瞬でかなりの血を持っていかれた。

すぐに治癒符をあてたが右半身は刀を握っているだけで精一杯の有様。


倒すべき敵の姿も、辺りを包み込む妖気の流れに『濃い部分がある』くらいにしか認識できていない。

攻撃の瞬間にようやくその輪郭が伺える程度にしか見えなかった。



(……畜生、こんな体たらくじゃ『戌彦』失格だぜ)



真剣な瞳で『許可』を待つ少年。

たしかに彼の協力を得られるならば助けになる。


しかし……



「さっきは助けられたがな、てめぇは逃げろ」



迷うことなくも拒絶した。

戦いに巻き込んでは誇りが廃る、と戌彦は突き放した。


それはくだらないプライドの類であったが、大切なものだ。

何よりも自分の名に賭けて守るべき意地であった。


それに、戌彦には何の算段も無いわけではない。



「安心しろ、見えねぇ敵と戦った事はある」



そう、一太刀まともに入れられれば。


戌彦の構える刀は元よりこうした相手を切る為の物である。

怪異を打ち破るべく戦う者の武器なのだから。


当然、祓えの力を宿す刃は如何な偽装も欺瞞も斬り払う力が備わっている。

だから協力は必要ないのだと。


問題はその一太刀が容易く無い点だが……

それでも素人を戦わせるわけにはいかないのだ。



「そんな……、って、来るッ!」



いつまでも喋ってはいられない。


庇うように少年の前へ立ち、迫りくる気配へ構える。

治癒符は放り捨て、左手一本に刀を持ち替え、攻撃の瞬間を見切る。

接触の寸前、姿の見えたその刹那に『後の先』を取るしかない。


この手の隠行に優れたタイプは一度破ってしまうと弱い。

全てが全て同じではないが、経験則上、正体を掴んでしまえばどうとでもなる。

単純な接触攻撃をかけてくる相手ならば、暴くぐらい十分に成せるのだ。


……次はしくじらないっ。

戌彦は気合を込めて、その零コンマ数秒の出現に合わせる。



来い……、来い……、来たッ!



迫る牙が現界し、刃の間合いへ飛び込んでくる。

戌彦は片手で振るうとは思えぬほどの剛力で振り切った。

当てればいいだけの一撃ではなく、あわよくば葬りさるだけの力を込めて。



しかし……



(外したかっ!)



手応えが、無い。


鼻先を掠めるにも届かない。

大蛇はぎりぎりの距離で首を引き戻していた。


それが意味するのは。



『カカッタナ』



わずかに触れた退魔の力が靄掛かる悪魔の邪悪を切り裂いたが

いやらしく口角を歪ませながら哂う蛟の表情は厭味たらしく隠行の中に消え、

反対に腕を振り切って隙だらけの死に体となった少女の身体は鈍い音を上げて

まるでボールのように殴り飛ばされ、大樹にぶつかり、地に崩れ落ちた。


突撃はフェイク。

敵の本命は影に回された尾による再度の奇襲だったのだ。


芯まで響く衝撃に身体が軋み、全身の骨が悲鳴を上げている。

折れてはいないようだが相当に酷いダメージを受けた。


しかし、激しく咳き込みながら、それでも戌彦は蛟から視線を切らない。



『ソコデ、ミテロ』



そんな少女を尻目に、化け物の牙が残された少年に……喰らいつく事はなかった。



「げほっ……、かかったのはテメェだ馬鹿野郎」



閃光が少年と蛇の中間点で炸裂し、

暴風が少年の身体を天空に吹き飛ばした。


それは投げ捨てた治癒符の下に重ねて隠していた二枚の符。


始めから、戌彦は傷を負い一般人を抱えた状態で勝利できるとは思っていない。

一撃当てて姿を露見させ、追撃を振り払いやすくして少年を保護しつつの撤退を狙っていたのだ。

眩惑と豪風の符を保険として仕掛けていたのが功を奏した。



「日雀様、そいつの回収をお願いしますッ!」



声に合わせて森から飛び出した影が少年を掻っ攫い、遠ざかる。


戌彦は少年の保護を日雀に任せ、自身も痛みを堪え林道に逃げ出した。

鍵の掛かっていない自転車に走り乗ると力の限り漕ぎ出す。


至近距離で符をまともに受けたからだろうか、蛟は追って来なかった。







会敵わずか1分。


受けた攻撃はたったの2回。

たった2回で戦闘は敗北。

こちらは一撃も浴びせられず……。


当然ながら悔しさはあったが、同じくらい戌彦は安堵してもいた。


自分の弱さも、不甲斐なさも分かっている。

しかし、少年を守れた以上、相手は目的を達成できなかったのだ。


こちらも敵を倒すという目的を達せられなかったが、全体で見ればイーブンな引き分け。

相手の情報もある程度掴んだ……ならば次は。



「次は勝つぜ」



呟きに併せるようなタイミングで携帯電話の着信音が響く。

開くとメールで『冠月荘に少年を保護』とあった。


とりあえずの、仕切り直し。

治療も必要であるし、少年へも説明なり何なりしなければならないだろう。




敗戦の後とは思えないぐらい、戌彦の気力は滾っていた。






******






騒がしい争いの空気が消えても、蛟は森から動かない。


それは爆風と閃光の直撃を至近で受けたからでもなければ、

たかだか小娘如きに遅れを取った憤りに震えていたからでもない。



「ウヒヒ、駄目だよ~。

 誰に断ってあの人を狙ってるのカナ、カナ~」



挑発するように、楽しそうに笑う少女の声。



『キサマ……』



森の中、暗がりの底。

何か得体の知れない畏れが蛟を地に縫い止めていた。



「あ、うん、大丈夫、コツは掴んだから、うん、うん、もう大丈夫、戦えるよ」



蛟ではなく他の誰かに語りかけるように、

この場の支配者は静かな独り言を幾らか吐き出す。


その間も、蛟は動けなかった。

そしてそれは、動く事を許可されていない、というのが正しかった。

上位者によって自身の生殺与奪が握られているのがハッキリと分かる。



「ね、お話しようか」



少女は何の躊躇いも恐怖も無く、強大な筈の蛟の眼前で微笑んだ。



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