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2-1…怪異開始『ボーイミーツガール』




雲仙市神代町の民宿『冠月荘』は有明海を挟み熊本を望む海の宿だ。


熊本長洲、長崎神代間の定期フェリーから降りて宿を探せばまずここになる。


有明海は豊かな海であり、宝の海に不味い物無しと謳われるほど。

地元漁港で揚がった新鮮な海の幸をお手頃価格で堪能できる食事処としても半島内ではそこそこ有名である。



冠月荘、その貸切った客座敷で一人、少女戌彦は精神を集中させていた。



閉め切った部屋に電灯の灯りはなく、持参した蝋燭の火がちろちろと刃を照らす。


仄かに揺らぐ光源は僅かな歪みや違和感を探り出すのに丁度良い。

研ぎ澄まされた視線で彼女は新たな得物の調子を確かめている。


やや長めに拵えた柄を二度三度と握り直すと戌彦はやおら立ち上がり、構え、振るった。



……無音、それでいて空を斬った刃渡り二尺三寸に灯りが消える。



まさに万全たる閃き。


自身の命を預けるに足る確かな信頼を手の中の黒金に感じた。

残心、最後に鞘へ納めて深く息を吐く。



「やっぱ良い仕事してるぜ、アイツ」



手に馴染む重みに呟かれる感謝。


すると背中からパチパチと拍手を受け、戌彦は振り返った。

いつの間に現われたのか、日雀が始めからそこに居たかのような自然さで座っている。



「お見事です」


「いやいや、俺なんてまだまだです」


「あら、謙遜しなくとも良いのに。

 剣の道は門外漢ですが、静かで美しい剣でしたよ」



戌彦は素直な賞賛に顔を赤くした。


戦いの中で生きているとはいえ、彼女もまだ16の少女だ。

褒められて誇らしさを感じるのと同時に、どこかくすぐったい気持ちを覚える。


その恥かしさを誤魔化す様に早く仕事の話をしてくれ、と戌彦はそそくさと居住まいを正す。

こうした取り繕いが日雀には逆に年相応の少女に思えてとても微笑ましい。



「さて、長旅空けでご苦労ですが体調は万全でしょうか。

 船に乗ったのは初めてだったと思いますが、船酔いは大丈夫でしたか?」


「……いつまでも子供扱いしないで頂きたい」



いつでも『狩り』に行けますよ、と。

戌彦の少しばかり憤慨した様子を今度は可愛く思う。


門外漢と言ったが、硬いだけの刀が脆い事を日雀は知っていた。


刀とは純鉄だけではたとえ斬れても衝撃に弱いのだ。

適度な不純物の存在が、しなやかで柔軟な、折れない刀身の元となるのだと。


戦う事ばかりに全てを注ぎ、他の全てを削ぎ落としていくならば。

人である事を捨てて戦いに存在の証明を求めるならば……、末路は悲惨な物しか残されまい。


偽善だと自覚しながらも、戌彦の見せる子供らしい感情という名の不純物が

彼女の心に折れない芯を作ってくれる事、それを日雀は祈っている。







「では早速ですがコレまでの調査結果と方針を説明しましょう」



電灯の明かりを点け、日雀は胸に抱いているファイルケースから数枚の書類を手渡す。

それは失踪者の足取りを追った地図、バラバラ死体の検死結果、などだ。



「発見された遺体3人分の特定は済んでいるようです。

 腐敗と損壊が激しく、砕けた頭蓋骨から歯型を鑑定してようやく。

 回して貰った鑑識写真、古い物は猫や鳥にも喰い荒らされていて無残な状態でした」



印刷された写真に目を通した戌彦の顔つきが変わる。

ともすれば暴発しそうな激情を奥に秘めたまま彼女は話を聞いていた。



「一見すると出鱈目な死体損壊ですが確実に喰らっている場所がある。

 頭頂、喉、頸、肺、心臓、掌、胎、陰嚢、どれも霊を宿す重要な箇所」



妖怪化生の類は常に人の世と寄り添い生きる定め。

心の闇に呑まれた人間、恐れに負けた人間が彼らの糧だ。

神秘が表向き姿を消した今も、彼らはそうした教訓たる存在として保っている。


その領分であるならば戌彦も口は出せない。

生まれた者に生きるなとは言えないからだ。


しかし、人への過分な侵蝕を人の側に立つ者として見逃せるものか。



「目的はやっぱり……」


「えぇ、犯人は『霊的素養の高い器』を求めている」



戌彦は刀を手に立ち上がった。

いつもの防刃ジャケットを纏い戦支度を整える。

その間も日雀の説明は続く。



「鬼の岩屋で遺体が発見されましたが、ここを拠点しているわけではないようです。

 ついさっき、別の場所、やや南下した百花台自然公園でも古い遺体が発見されました。

 半島南部から北部へ移動してきているのも合わせ、定住型の神霊ではないようですが」



日雀は地図を広げて見せた。


この地は霊的要素が多すぎて、隠れられると特定が難しい。

周辺との折衝に手一杯で捜索までは手が回らなかったと日雀は言う。


建てられたまま放置された古い社や祠が百以上あり、

蛇の巣穴のように幾つか繋がっているものもあって特定しきれないのだと。



「相手が何の怪異なのかもまだ分かっていません。


 水辺や竹林での失踪が多い事から

 水妖の一種である可能性は高いと思われますが詳細は不明です。


 なので申し訳ないですが今回貴女にはかなりの負担を強いる事になります」



つまり、相手が『特別な人間』を目当てするのを逆手に『釣る』。



「一定周期で被害が出ています。

 この通りに行くならば数日中に次の獲物を狙ってくるはずです。

 正体不明の相手に先手を取らせる形になりますが……いけますか?」



囮として食いつかせ逆に討ち果たす。

早期に事態を収束させるにはこれしかない。


サポート不足に危険な役目、それでも戌彦は不敵に笑う。



「それで構いません。

 ……では、いってきます」




******





夕暮れの資料室で本日の部活、掃除をしながら、

守人は武田の言葉を反芻していた。


彼は純粋に楽しい部活動をやりたいだけだ。

本気でオカルトな物が存在しているなどとは思っていない。


武田の指す『不思議な何か』を捉える異能が守人にはある。

当然、秘密にしている為、武田はこの事を知らない。

それがとても危険であるように思えた。


脳裏にふと、サボ子の顔が浮かぶ。


彼女は善い霊だと守人は胸を張って言える。

少々のイタズラを働いた事もあったが、漫画本を読むのを邪魔する程度の可愛いものだ。


しかし武田が、否、自分たちが挑むらしい怪事件。

もしも本当に何かしらの怪異が絡んでいるとするならば……。

……今までそんな霊と遭遇した事はないが、居ないとは言い切れない。


それは部活や遊びに収まらない危険を呼び込むのではないだろうか?


事件の記事を目にした時から妙な不安が守人の中でざわめくのだ。

近付けばただでは済まないだろうと。




そんな風に悩んでいても手は動く。

気が付いたら掃除は終わっていた。



「よーし、それじゃあ今日はこのまま解散だ。

 明日から放課後、外で活動するからスニーカー用意しとけよ。

 んで、守人は良いとして……京子ちゃんは電車通学だったっけか。

 足として折畳み自転車を持ってくるから、移動はそれを使ってくれ。

 他の細かい部分は昨日の夜に書いたこの『オカ研の栞』を熟読する事」



そう言って武田はオカ研の栞なるプリント束を渡し、

準備があるからと戸締りを守人に任せて先に帰っていった。


しかし、こんな物まで準備しているとは……。

武田は守人が想像する以上にオカルト研究部の活動にやる気を見せている。



「やはー、明日から楽しみだね。

 ゴーストバスターズみたいな感じで面白そうっ」



そしてそれは京子も同様のようだ。

ペラペラと楽しそうに栞をめくっては、うんうんと頷いている。



「おりょ、守人くん乗り気じゃなさそうだねぇ。

 あ~、ひょっとしてお化けとか駄目な口だったり?」



内心の不安が表情に出ていたのか、

顔を上げた彼女が心配そうに守人を伺う。



「でもでも、安心しなよ守人くん。

 君はきっと『そういう縁』を持つ人なんだから。

 遅かれ早かれ、きっと何かに出会うようになっているんだよ」



守人には彼女の言っている意味が理解できなかった。


知りえるはずのない秘密を知っているような言い草。

その奇妙な説得力は、まるで運命を告げる占い師のようで。


いつか感じたあの恐ろしい感覚が彼の背筋を震わせた。



「井下さん、君は……?」


「ん~っともうこんな時間か。

 いっけなーい、私も早く帰らないとっ。

 君も明るい内に帰った方が良いとおもうよ~」



彼女は鞄を手にパタパタと渡り廊下の先へ消えていった。







残されて一人、資料館の前で考える。


守人にとって武田は気の置けないくらい親しい先輩だ。

漫画やゲームといった趣味の好みも似ていて、得難い友人の一人。


井下も知り合って日が浅い上に苦手意識もあったが、

それでもクラスメイトであるし、色々怖い部分もあるが何よりも女の子だ。


自分は生まれつきだが、2人をそういう非日常な『縁』に近づけるのは良くないだろう。

そうだ、自分の中にこうして答えは既に出ているのだ。


……ならば確かめよう。


直接『見れば』全てがハッキリする。


なにもかも自分の杞憂で終われば良い。

もし、本当に何かが居そうなら無理矢理にでもオカ研の活動を止めさせる。


彼らを危険から遠ざける事が出来るのは『見える人』である自分しかいない。




思い立ったら後は早い。

駐輪場から家とは逆方向にペダルを踏み込んだ。


目的地は『鬼の岩屋』。

オカ研の栞に載っている地図だと学校からそう遠くない。


坂を上り、川に沿って山手側に入る。


水場の近くだからか竹林がさわさわと葉を揺らしている。

斜面が少々キツイからか視界に植物の占める割合が増えて民家も田畑も少なくなってきた。


湿った土の匂い、香る緑。

ほんの10分自転車を漕ぐだけで大自然の只中だ。


道中、まったく人に出会わない。

死体発見現場に近寄りたいと思う奇特な人間がいないからだろうが。




舗装の切れた林道に入ってすぐの場所に立て札があった。

そこには目当ての県指定史跡について簡単な説明書きがしてある。




鬼の岩屋は弥生時代後期頃の遺跡だ。


野球の内野程度のサイズ、森の中に造った人工の窪地。

その真ん中に8枚の巨岩を立て掛け合わせただけの原始的建造物。


名は時代毎に人攫いなどの山賊が根城とし、

それを恐れた民衆が鬼の住む岩屋だと名付けた事に由来する。




守人は資料室に飾られる写真でしか見た事がなかった。

しかし、こうして入り口に立つだけで、どこか圧倒されるような何かを感じていた。


携帯電話で時刻を確認するとPM5:40となっている。

まだ陽は明るかったが、木々に遮られて薄暗いのだ。


きっとそのせいだろうと守人は頭を振って、自転車から降りて歩を進める。


……自転車の鍵はかけない。

いざという時はすぐに逃げられるように頭を出口へ向けておく。




警察が残していったであろう簡易バリケードの外をゆっくりと周りながら、岩屋を観察した。


辺りは自分の足音がこんなにも大きいのかと錯覚してしまうほどに、静かだ。

緊張による集中力の増大、守人はダーツで最後の一投を放つ瞬間以上に集中できていた。


何故なら、すでに『見えて』いる。


見えているからこそ、視線を外す事が出来ないほどに集中している。


守人にとって縁も所縁もないはずの岩屋には、

彼にしか見えないボンヤリとした靄が立ち込めていた。


中心からおおよそ5mの範囲に閉じ込められた黒雲。

これに人を近づけてはいけない、本能的な部分が囁く。


その正体が何であれ、良くない物であるのは確かだ。


君子危うきに近寄らずと古人は言う。


先に調査しようとした判断は正しかった、と守人は思った。

武田の説得にだいぶん骨を折りそうであったが、これと対峙させるよりは良い。


できるだけ靄に触れないようにして、あとは帰ろうとしたその時。




「おい、そこのお前」




……!


驚きのあまり守人はビクッと肩が震えた。

反射的に手近にあった石を拾い声の方向へ構える。



「誰だっ!」



守人の視線の先には、

薄闇で良く見えないが棒のような物を手にした黒いジャケットの女の子がいた。

年は分からないが背は守人より少しだけ低いようだ。



「『誰だっ』じゃねーよ馬鹿が。

 こんな場所うろついてんな、サッサと帰れ」



黒髪、前下がりのショートボブから覗く鋭い視線は

言葉を交わしている守人ではなく、鬼の岩屋だけをキツく睨みつけている。


もしかすると、と守人は尋ねずにはいられなかった。

彼女はまるで自分と同じ物を捉えているのではないだろうか、と。



「……『見えて』いるんですか?」



「おい、今何言った」



刹那、首筋に突きつけられた冷たい感触に、守人は日常の終わりを悟った。




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