1-3…少年の日常『部長・武田幸平』
雲仙高校は部活動を強く推奨している。
無駄に広い土地を活用してテニスコートから剣道場に柔道場、
二つある体育館に広いグラウンドと環境整備には特に力を入れていた。
町村合併で総合的に減少する国からの補助予算を新設校建設の公共事業費名目で
地元建設業者の為にふんだくった結果だったりするのは公然の秘密だ。
運動部用に2階建ての立派なクラブハウスもあり、
隣に併設された体育倉庫の2階部分には文化部も部室がきっちり用意されている。
もっとも、文化部は基本的に本校舎内の各教室を
吹奏楽部なら音楽室、手芸部は家庭科室といった具合に活動の場としているため、
専ら文化部にとっての部室とは活動教室の方であり、基本的に倉庫程度の扱いなのだが。
しかし考古学研究部だけはそこに部室を持たない。
その上、活動場所も本校舎とは違う場所になる。
守人がそこはかとない諦観と共に渡り廊下から見上げた建物。
『雲仙高校考古学資料館』が彼らの活動拠点なのだ。
守人は扉を開けて中に入った。
「おー、すごいなぁ。
実は私入った事無いんですよねー。
あはっ、剣とかある、カッコイイ~なんかワクワク」
背後で京子が感嘆の声を上げる。
それもそうだろう。
ズラリ並んだ木棺や土器、鏡や剣など青銅器から沢山の埴輪や壁画の写しまで。
更には詳細な模型に復元修復された瓶棺とバリエーションと量に富んだ展示物。
一高校の資料館としては上等すぎるラインナップだからだ。
元々、高校のある雲仙神代町は古墳や遺跡などが多く発見されており
昔からこうした考古学的遺物を管理する資料館があったのだが施設が老朽化していた。
だったらと高校建設にどさくさで予算計上し作られたのがこの雲仙高校考古学資料館。
ちなみに管理者は雲仙高校の名義になっている。
「あ、井下さん、展示物に近付き過ぎないでね。
……っと、こっち、奥の事務室が僕等の部室になってるから」
そう言って事務室のドアを開けた守人を出迎えたのは
クラッカーと紙テープの雨だった。
「ヒャッハー、ようこそ京子ちゃん、こんな辺鄙な部活へッ!
今日は我が部の男臭い世界に一輪の花が舞い降りた記念日っ……て守人かよ」
……。
何とも言い難い空気が流れる。
「一人で何やってるんですか部長」
部長、武田幸平がピエロ帽に鼻眼鏡で立っていた。
でかでかと『歓迎☆井下京子様』の横断幕。
壁にも赤黄緑とカラフルな装飾をバッチリと決めてある。
昨日までこんな物はなかったと守人は記憶していたので全て武田が準備したに違いなかった。
「いや、だってアレよ、この部ってアレじゃん。
幽霊部員どころか存在自体が幽霊みたいな部じゃん。
今年も入部届が20あったのに一月経って部活来てくれるの守人だけなんだもん」
「帰宅部御用達の部活ですしね。
あと、語尾が致命的に可愛くないです」
「ひでぇ、超ひでぇ」
鼻眼鏡のまま落ち込む武田を尻目に、ロッカーへ鞄を置いてソファに座る。
続いて入ってきた京子もそれに習って空いているロッカーに鞄をしまった。
「ところで井下さんは部活動について聞いてる?」
「あはー、お恥かしながらまったく」
「だろうと思ったよ。
あとは部長、説明お願いします。
早く立ち直ってください、鼻眼鏡先輩」
「守人、てめぇ何気にひどいよな。
ツン期か、ツン期なのか?」
あとは武田に任せて、守人はロッカーの裏に隠していたダーツ盤を取り出す。
そんな守人に良く分からない文句をぶつくさ言いつつも、武田はパンフレットを京子に渡した。
考古学研究部は先ほど守人が評したように帰宅部御用達の部活だ。
何故なら、研究とついているわりに表立った活動実体がないのだから。
近場の古墳等は全て保全のため発掘などできないし、
遠くで活動させるだけの活動費があるわけでもない。
これがサッカー部や吹奏楽部だったら大会で有名になったりと色々あるのだろうが、
そもそもコンクールなど発表会がないので学校としても箔がつかない。
では何でそんな部活が潰れずに残っているのかというと、
『資料館を建ててあるからその管理を生徒に担当させよう』というだけなのだ。
ひどく横着で合理的というか、ある種学校側の怠惰なお情けで存在している。
つまり活動内容としては資料館の掃除と、
文化祭における展示物の説明プレゼンだけという何の魅力も感じないものしかない。
これで人が集まるわけもなく入部して即幽霊部員へ変化し、最終的に帰宅部と成るわけだ。
その為まともに資料館に集まる人間は部長である武田と
先輩が残した私物のダーツ目当てにくる守人以外にいない。
顧問の先生ですら毎週金曜日に備品の管理状況をチェックしにくるだけなのだから。
事務室の隅で守人は一人黙々とダーツをやりながら、
考古学研究部の情け無い裏事情まで話す武田の言葉に耳を傾けていた。
これで京子が他のところへ行けば良いのにな、と淡い期待をかけながら。
実際、彼女ならばどの部へ行っても一線級の活躍ができると守人は踏んでいる。
背もそれなり、足も速く、体力もかなりのものだ。
体育で男女混合バスケをやった時などは器用さとリズム感の良さも感じさせた。
別の部へ行って欲しいのは彼女のストーキングチックな行動が嫌なのもあったが、
純粋に才能に溢れた者を無為のまま腐らせるのが勿体無いというのも大きい。
曲がったソフトダーツのティップ、樹脂製の針部を交換しながら
ちらりと横目で彼女を窺うと、にこりと微笑み返してきた。
これは無理そうだな、と守人は諦める事にした。
一通りの説明が終わったようなので後はメイン活動である掃除に取り掛かろうと
守人がダーツセットを片付け始めた時、武田がストップをかける。
そして、妙に真剣な顔でソファに座るように指示。
部のこれからについて大事な話があるらしい……。
何やらいつもと違う空気を感じさせる部長の姿に守人は素直に従う。
京子もそれに従った。当然のように守人の隣に腰を下ろす。
「さて、諸君、というか守人。
一年間毎日ダーツと掃除だけの部活動は楽しかったか?」
「まぁ、それなりに――」
「だろっ、楽しく無いよな!
うんうん、同意が得られて良かった、俺も楽しくないんだ、ダーツ下手だし」
有無を言わさずに言葉を切られた。
強制的な賛成を求められているのだけは分かる。
そして、武田は地図やら新聞やらを机に広げ始めた。
所々に蛍光ペンで印がつけられていたり、
赤ペンで注釈が書き込まれていたりと何かの資料のようだ。
守人がソファから身を乗り出し、目を細めて中身を調べると、
どうやらある二つの事件についての記事を集めた物らしいと分かった。
「そして念願の女子部員も入った、
俺は彼女を帰宅部員にしたくない!
だってそうだろう?
青春ってもっとドキドキするべきだ。
アクティブに行こうぜ何事も。
人が揃った今、これはきっとチャンスなんだよ。
つまらない部活動より面白い方が断然良いに決まってる!」
武田の出した記事には『連続失踪』と『バラバラ死体』に線が引かれている。
そういえば今朝のニュースでも扱っていた。
瑞穂、吾妻、愛野、小浜。
南高来郡雲仙市の中にある町でこの三ヶ月7人が原因不明の失踪。
失踪者には年齢性別にこれといった共通項は無く、故に警察の初動は遅れた。
彼らと思われるバラバラ死体が発見されてようやく事件として動き出したのだ。
そして、その死体が発見された場所が守人の住む『神代町』。
県指定史跡『鬼の岩屋』と呼ばれる太古の遺構。
武田の演説は続く。
「元々、俺は遺跡とか神社とかそういうのが好きでこの部に入ったんだ。
歴史や伝承にある『妖怪や神様』みたいな『不思議な何か』が大好きなんだよ。
民族考古学っつーの?
そういうのが堪らなく好きな人種なの。
なのに何なんだこの部活、完全に掃除部だったよ。
なんかしたくても自分一人だけだし、淋しすぎるわ畜生!
とにかく三年間掃除だけで終わらせたくないんだよ、俺はっ」
だから、手始めにこの怪事件を調査しよう。
武田は言い切った。
未だ解決していない、自分達の街で起こっている怪事件。
それも史跡を舞台にした何処か奇妙な謎を匂わせるこれを調査するのだと。
バラバラ死体の発見現場。
その名称からこの事件を『鬼』の仕業だと言っている老人がいるらしい。
武田が事前に聞き込んだりして用意したメモには他にも
『お諏訪さん』『金毘羅さん』など周辺の神社に関係した事柄が並んでいた。
「警察の邪魔をする気はないぜ、内申点とか怖いしな。
俺たちはあくまでも考古学研究部らしく調査するのさ。
不謹慎だって言われても俺は構わんぜ。
この事件を民俗学研究っぽい感じに纏めて文化祭で張り出すんだ。
誰もが信じてしまいそうな、オカルト伝承な怪談風に仕上げたっても良い」
伝説を自分達の手で創ろう。
ホントみたいなウソを形にしてみよう。
武田の言葉に含まれた熱意に守人は気圧された。
「だから今ここに宣言するぜ。
我々は『考古学研究部』改め『オカルト研究部』として活動するっ!」
竹内守人、井下京子、武田幸平。
彼らはこうして『非日常』へと飛び込む事になる。