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1-2…少年の日常『隣の井下狂子さん』




家を出て通学用の自転車に跨る。


高校までは約15分。


住宅街を抜けて少し川沿いに上り広域農業道路へ出ると、

あとはもう思うがままにスピードを上げてかっ飛ばす。


ペダルを漕ぎ、爽やかな朝の風を切って。

見通しの良い田畑広がる世界の中を飛ぶように進む。


通り過ぎる風景に風と土の匂い、守人はその何もかもが好きだ。




長崎県東部、島原半島はいわゆる僻地である。

賑わいを見せる長崎や佐世保などから遠く離れた雲仙市は、土地規模に対して小さな市だ。


まがりなりにも市というだけあって当然人口や商業密集地はある物の、

市面積の多くを半島の中心に鎮座する雲仙普賢岳に占められてしまっている。

今もなお活動を続ける活火山は長崎県の最高峰として狭い半島を圧迫。


そうして仕方なしに海岸部へと一極集中的な発展を遂げた為に

山側に出ればすぐのどかな田園風景が広がっている。


元々小さな町村群だったのが平成の大合併で無理矢理一つになったものなので、

実体としては少々栄えた地方都市未満のほどよい田舎加減の街、それが雲仙市だ。


守人の通う県立雲仙高等学校もまた、

町村合併で過疎地の高校が統合してできた新設高校である。


『雲仙』と山の名前を冠しているが校舎が建てられたのは海岸1km程の海側。

もっともこれは島原半島内の主要な公共交通機関が海沿いのローカル鉄道だからだ。


ちなみに雲仙高校の生徒の約半数は電車通学。

守人は自転車通学なのであまり利用しないのだが、

30分に一本の電車は半島内の様々な人々の生活を繋いでいる。




******




学校での守人の立ち位置はパッとしない普通の生徒そのものだ。


運動も学力も真面目に取り組んでいる成果か中の上程度。

生来あまり目立とうという気質でないせいか少しばかり地味である。

身長も体格も、顔つきすらパッとしない凡庸だ。


そんな彼なのだが、ここ最近は悪目立ちしはじめていた。




昼休み、仲の良い友達同士で連れ合って席を寄せ、それぞれ弁当なり購買のパンなりを頂く。


守人も慣習にならって男子グループに混ざろうとするのだが……、

動こうとする彼を牽制するようにふわりと清涼感ある花の香り。

そして、それは彼の隣に腰を下ろす。



「やぁやぁ、守人君、一緒にお昼をどうかな?」


「……井下さん、既に弁当を広げ始めておいてそれはどうなの」


「あはー、ごめんね。

 お詫びにアーンしてやろっか?」


「遠慮しておくよ」


「残念、間接キスのチャンスだったのに」



四月の中頃、転入手続きの遅れだとかで颯爽と現われた転校生、井下京子。

艶のある長い髪を遊ばせる秀麗な面立ち、加えて明朗快活な性格。


転校生としての話題性と、黙ってさえいれば深窓の令嬢に見えそうな容姿、

そして、どこか天然な性格とのギャップの相乗効果によって一躍人気者と成ったわけであるが、

何をどう間違ったのか、彼女は守人の事をすっかり気に入ってしまったのだ。


こうして昼食を共にするのは日常化し、

移動教室も基本的に連れ立ってになっている。


おかげさまで生徒指導の教師に睨まれるわ、男友達も彼女に遠慮して疎遠に。

更には彼女を物にしたい男子やその他上級生からの評判が悪くなった。


田舎の学校というのはこういった些細な事が致命的な力を持つことがあったりする。


守人も男であるから女生徒である京子の積極的な交流が嫌いなわけではない。

しかし、色々な意味で勘弁して欲しかった。



「んー、女の子が隣にいるのに君は不機嫌そうね」


「2人だけってのが落ち着かないなと思ってね」


「やはー、じゃあこれから慣れてこー、私が付き合うよ」



京子はいつものこの調子なのだった。




守人は以前、彼女に直接、何故自分に付きまとうのかを尋ねてみた。


始めの一週間は偶然席が近いのもあって移動教室で頼られたり、

話しかけられたりでそれなりに浮かれもしたが、時間が経つに連れて冷静になる。

守人自身、自分がそんなにモテるなんておかしい、そんなもの自意識過剰だと思っていたからだ。


だから、尋ねた。


すると京子は、真っ直ぐに向けられたはずなのに光を返そうとしない、

何を映しているのかも不可解極まる無感情な黒目で事も無げに答えてくれた。


「君を手に入れるために転校してきたんだよ」


この瞬間に守人が感じた恐ろしさはおそらく他人に理解できまい。


守人には『見えて』しまった。

完全無欠な美少女転校生の裏側に、電波的でサイケデリックな真剣さが垣間見えた異常さ。

まるで、ただ物を欲しいと言うような、そんな『無機質な当たり前』を口にする様。

得も言われぬ凄みと、生物の本能が感じ取った根源的な畏れがあった。


サボ子のような存在を正の霊とするなら、

京子の中に感じ取ったのは負の霊と呼べる何かだ。


そのとき以来、京子がそういった理解不能な一面を見せる事は無かったのだが、

ただ一度の怯えが、この子は『何かヤバイ』のだと守人の中に苦手意識作った。




漫画の台詞だが、守人はそれこそ植物のように平穏の中で生きたいと思っている。

平穏から離れた物も『見る』能力を持つからでもあるが。


しかし、学校とは集団生活を学ぶ場とはよく言ったもので、付き合いを断つのも難しい。


今となって彼女に冷たく当たるとすれば、きっと男子女子構わず敵となるだろう。

授業態度や学業で何の問題も抱えていない彼女は教師陣への受けも良い。


何もかもを敵に回しそうな選択は取れず、

結局こうやって苦手な彼女と昼食を取る羽目になっているのだった。




食事が済んで昼休みが残り30分となった頃、京子が思い出したように言った。



「そういえば部長が放課後集まれって言ってたよ」


「ああ、分かった……って、部員の僕じゃなくてどうして君に?」



雲仙高校では基本的に何か部活動に入らなくてはならない。

あとで辞める事は可能なのでさして強制力があるわけではないのだが、

転校してきた京子はまだどこの部にも属していないはずだった。


もうここまで来ると守人にも嫌な予想、いや、確定的事実を察する事ができた。



「ほらほら、部員証を見てよっ。

 今朝、職員室で貰ってね、本当、格好いいよねーこれ!」



宝物を見せびらかすようにハシャグ彼女は可愛らしかった。

フェルト地に金糸で刺繍された文字『雲仙高校・考古学研究部』が眩しい。


そこはまさに、守人が所属している部である。



「これから放課後が楽しみだねっ」



笑顔の眩しさに、守人は冷や汗を禁じえなかった。



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