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4-1…まだ温い日常『まな板とサボテンと鳥』





夢を見ている。




深い深い森の中で、僕は立ち尽くしていた。


木々から覗く先、大きな獣が草っぱらで丸くなっている。

何かを待っているような、何かを守っているような。


そして、僕と獣の目が合う。



夢はここまでだった。







******




朝、守人はいつもとは違う畳の香りに目を覚ました。

起きたと言えど、朝に弱い体質の彼はまだ半分夢の国の住民だったけれども。


そうして、横になったままうっすら瞳を開けてみたが

まだ外は日の昇る手前くらい、夜から明けてきた薄闇といったところ。


もう一眠りするか、と再び眠りに落ちそうになったものの

そういえば早起きしなければいけないんだったかと血の巡ってきた頭で踏ん張った。


いつもの癖で、一回転寝返ってから右手でカーテンを探し彷徨う。

光が無いと中々起きられない、起きる気がしなくなってしまうのだ。

なんとしても光を、光を、とまるで梅雨時の蔦性植物のように手を伸ばす。


……が、いつまで経っても掴めない。


守人はようやくここが自分の部屋では無いのだと思い出してきた。

そうとも、ここは冠月荘、そしてちょうど電灯が直上にあるので部屋の真ん中だ。

この位置から手を伸ばして窓辺まで届くなど、どんなヨガの達人だろうか。


天井を仰いだまま寝ぼけた思考でそんな空想を遊ばせながら、

守人はゆっくりと手を降ろした。


ぽん、と下ろした腕になんだか布団とは違う硬質な布地の肌触り。

何だろうか、あまり凹凸は無いところをみるとカバーか何かだろうか。


ここで守人に閃きが走る。


布を被せる、つまりテーブルクロス、となれば室内備え付けの机に違いない。


触っているのは天板か。

そんな納得と同時に疑問が湧いてくる。


どうにもおかしくないだろうか、

机は布団を敷く前に端へ寄せたような……高さも低すぎる……。



「……なんで板がこんな場所に?」



首をそちらに傾けて守人が腕の行く末を見ると、黒の塊の上に乗っている。

それは黒いジャケットであり、掌が落ち着いている場所はだいたい装着者の胸部付近。


……胸部?


つつつーっと守人が視線を動かした先にあったのは、

仄暗い中でもハッキリ分かるほど真っ赤な顔をした戌彦だった。



「だっ、誰の胸がまな板だ馬鹿ヤローッ!!」



その瞬間がスローモーション。


あぁ、彼女は女の子なのに平手じゃなくグーでいく派なんだな、と

守人は刃物ではなかった幸運に感謝しながら顔面に近付く暴力を避けるのも忘れて眺めていた。


結果、寝返りによる遠心力をプラスして破壊力を増した拳が彼の頬に突き立つ事になる。




******




朝日が昇り人々が眠りから起き出す頃、守人は自転車で帰宅中だった。



「痛い……」



完全な自業自得だったためしょうがない。

まだちょっとだけ熱を持っている左頬に涼やかな風が当たる。

外もだが、口の中も少し切ってしまったようで地味に沁みた。


顔を顰めたのに気が付いたのか、自転車の籠に乗っている小鳥が口を聞く。

大丈夫ですか、と心配そうに問うこの鳥の正体は日雀鳴女である。


小鳥の霊だと守人はあらかじめ聞いていたものの、

昨晩まで人型だったため変化した時はとても驚いたものだ。



「あっ、日雀さん、大丈夫ですよこれぐらい。

 そもそも僕が寝ぼけてたのが悪かったわけですしね」



「それでも、謝らせてください。

 あの子の責任は私のものでもありますから」



ペコリと謝罪する小鳥に同じくペコリとお辞儀を返す。


一般人からは日雀の姿が見えないため、ペコペコ頭を下げながら走る自転車。

傍目で見れば守人は何をやっているのやら怪しい人にしか見えまい、実にシュールな絵だ。


ひとしきり互いに頭を下げあってから守人は言葉を続けた。



「それに、こうして護衛についてきてくださってますし、助かります」



一人で居るのは危ないので学校に行くまでは護衛についてくれるという。


本来なら戌彦も走ってついてきてくれる筈だったのが、

朝の出来事の所為で彼女と顔を合わせ辛くなってしまって日雀が気を利かせてくれた結果がこれだ。


もっとも、護衛と大層な名目がついているが

戦うのではなく昨日のように符を使っての逃走を援護するだけらしいけれども。


戦う力は戌彦に及ばないが逃げる事だけは得意だ、と日雀は言った。


私たち『鳴女』は元より戦う者ではないのだと。



「鳴女……?

 それって日雀さんの下の名前じゃないんですか?」


「あれ、話していませんでしたか。

 鳴女は私が属している神霊一族の名前でしてね。

 一人前になると一緒に名乗って良い、ある種の称号みたいな意味もあるんです」



本人にとって鳴女の名は誇らしいものなのだろう。

何気ない風にしているが、どこか胸を張っているようにも見える。


それから道すがら色々と質問した。


集まった情報から守人が鳴女一族に抱いた印象はエリート官僚といった感じだ。

様々な雑事をこなせる高い知識と技術の万能性、あるいは一芸に特化したプロフェッショナル。

そうした能力を持って組織を影から支える縁の下の力持ち、その精鋭であるのが鳴女。



「へぇー、日雀さんって凄いんですね。

 なんというか、選ばれし者、みたいな」


「いえいえ、私なんて先輩方に比べればヒヨっこ同然。

 たまたま人が減って繰り上がりで鳴女になれたようなものですから」


「神さまの世界もそういうのがあるんですか。

 そういえば、鳴女の皆さんが仕えてる神さまって……と、家に着いちゃったな」



玄関の鍵が掛かっているところを見るに、父はもう仕事に行ったのだろう。

携帯電話で時刻を確認すると守人がいつも起きる時間帯だった。


鞄から鍵を取り出して開けようとした時、

肩に乗った日雀がきょろきょろと辺りを見回し始めた。



「……ん、どうしたんです?」


「いえ、庭の木々から霊の気配があるのですが、何やら不思議な感覚で」


「あ、そういえば日雀さんなら話したりできるのかな。

 僕だとあいつらが居るって事くらいしか分からなくて」



聞くと日雀は羽ばたいて庭木に留まった。

そして、ブツブツと呟き出す。



「これは、木霊が育ってきている……?

 変ね……ここは確かに悪くない土地だけれども……

 霊地というわけでも無いし……不自然……思い入れだけでは……」



守人には彼女が何を言っているのか良く聞こえなかったが、

いつまでも玄関先で立ち止まっているわけにもいかないため中に入る事にした。

差し当たって教科書類を詰め直すなど登校準備をしなければならないからだ。

着替えも含めてあまり時間的な猶予があるわけではない。


それに気が付いたのか日雀も考察を止め、守人の肩に戻る。


ただいまと返らない定型句で踏み入る守人を、いつもの静かな家が迎えてくれた。




「あぁ、それとうちには同居人がいるんです。

 なんだかもう既に気付いてるみたいですけど」




靴を脱いだあたりで既に日雀はサボ子を察知しているようだった。

失礼します、と声をかけて日雀は人型に戻ると二階の守人の部屋がある辺りを見つめている。


何だか難しい顔だが構うまいと階段を昇り、守人は自分の部屋に入った。


開かれたそこは昨日の出掛けと変わらない姿。

違うのは、差し込む朝日の中サボ子が鉢植えの端に腰掛け、

一人寂しげに俯いて足をブラブラと遊ばせていた事くらいだ。


こんな姿を見ると守人も急な外泊で連絡も何も無かった事に罪悪感を覚える。

彼女は電話を取ったり出来ないので連絡のしようが無いのも事実ではあるが。



「ただいま、おはよう」



守人が声を掛けると小さな身体がピョンと飛び跳ねる。

サボ子は守人が帰ってきたと知ると、嬉しそうに立ち上がった。



(お・か・え・りーーーっ!)



普段の5割増しでテンションを上げながら守人の身体にダイブした。

……が、守人の背中に控えている日雀を捉えると一転して敵意剥きだしの不機嫌顔になる。



(……って、モリトのばかっ!

 あさがえりなんて、おねえちゃんゆるしません)


「誰がお姉ちゃんなんだよ」


(そんなっ、あさがえりのほうをみとめちゃうなんて!

 うぅ~、どろぼうねこにモリトをとられちゃったよぉ~)



腰に手を当てていかにも怒ってますよと口を尖らせたかと思うと、

今度は舌っ足らずで嘆きながらお祈りを始めた。


くるくると喜怒哀楽を切り替えてサボ子が忙しなく動く。

朝帰りに泥棒猫、本当に何処でそんな知識を得ているのやら。


守人は可愛い同居人の不思議なボキャブラリーに感心しながら、

すっかり世界に浸って昼ドラ的一人舞台を演りだした彼女を日雀に紹介する。



「えっと、こいつがうちのサボ子です」



身内のアレな一面が派手に露見され、守人は些か気恥ずかしげに振り返った。

すると、日雀はそれまでの理知的な仮面とは異なり、目を点にして驚いているではないか。

その目はありえない物に遭遇した時のような、純粋な驚愕だった。



「日雀さん?」


「……っあ、ああ、いえ、珍しい木霊だなと思いまして」



守人はサボ子は『木霊』と分類される神秘なのかと理解したが、驚きの理由が分からない。


すると、日雀が教えてくれた。

曰く、こんなに活発な木霊は見た事が無い。


例外もある上にかなり乱暴な分類だが、植物より生じた霊は

元の植物自体が激しい気勢を持たない為に時間感覚が異常に長かったり

感情や意識の活性が低かったりなどして、基本的に穏やかで物静かな個体が多いらしい。

長く生きられる種しか霊として自立できる力を得るまでの時間を稼ぎ難いのも関係している。


なのに、こうも機敏に動き、感情豊かに振舞う木霊は初めて見た。

だから驚いたと日雀は答えながらサボ子の熱演を見つめている。


聞いて、守人はサボ子が褒められている気がして嬉しくなった。

舞台俳優をこなせるような変わり者はうちのサボ子ぐらいだろうな、と。




夢中で全力活動したからか、

早くも燃料切れでふらつき始めたサボ子を無理矢理つかんで本体に戻す。

すると、彼女は頭だけをサボテンから飛び出させた省エネ会話モードになった。


ちょっぴり拗ねてしまっているが、ようやく紹介ができそうだ。



「では改めて、

 こいつがサボ子です、ほら、挨拶しなよ」


(このサボ子、どろぼうねこに

 なのるなまえなど、もちあわせておらぬぅ~)


「……それ、名乗ってるよ」


(…………しまった、はかったな!?)



まるで漫才みたいな掛け合いに、

サボ子自身も楽しくなったのか機嫌はすぐに直る。

本当に切り替えが早く、単純であり、子供っぽいのが彼女の美点。


そして、心を和ませる彼女の能力なのだ。



「はじめましてサボ子ちゃん。

 私は小鳥の霊、日雀鳴女と申します」


(ねこさんじゃなくて、とりさんなのかっ?

 うぬぬ、どうしようモリト、どろぼうねこじゃなくなった!)


「良かったじゃないか。

 これで日雀さんと仲良くできる」


(そっか、これでヒガラとわたしはなかよしになれるねっ♪)



純粋さと間抜けさは紙一重の位置にあるのだが……今は何も言うまい。



守人以外に喋れる相手がいなかった為、

サボ子にとっては初めてできた新しい話し相手。


それが嬉しいのだろう。


当初の敵対心も何処へやら、

サボ子がことさら楽しそうに日雀へ話しかける声をBGMに、

守人は学校へ行く支度に取り掛かるのであった。



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