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序……英雄の血

日本を舞台にした現代バトルファンタジー、

筆者の前作『杜人記-ゆるゆる土着神-』の世界観と非常に近しい物です。


……しかし、続編として創ったわけではないので初見の方も気にせずどうぞ。

前作をご覧くださった方は前作世界を知っていると楽しさ微増しますが、幾らか設定改変があるので二次創作を見るような気持ちで見守ってくださると幸いです。




夜の森を駆け抜ける影と影。

人成らざる異形の者と、それを討つ刃を振りかざす者。


決して知られぬ、語られぬ闘争が日本の暗闇で蠢いている。



「ヌゥッ、小娘ト見テ侮ッタカ……ッ」


「やかましい、さっさと消えちまいな化け物ッ!」



既にして数度の交錯。


響く怒声と激しさを増す剣戟。

刹那に散る白い火花が争う者共の姿を浮かばせる。


やがて、闇が支配する空間で尚煌く剣閃が滅すべき不浄を斬り裂き……。

ついにはおぞましい断末魔が森を揺らして、ようやく夜は静寂を取り戻した。



「……けっ、暴れすぎたんだよお前はな」



黒の防刃ジャケットを羽織ったセーラー服。

荒れる息を整えながら少女は左手の霊刀を一振り。

刃に付着した穢れが振るい落とされ、黒い粘性の液体がびちゃりと水音を立てる。




少女は今日も勝利した。


人知れず、人の為に、神秘を振るう人。

魔に抗い、魔に挑み、魔を退け剋つべき者。


彼女には退魔の使命が課せられていた。




******




戦いの終結を待っていたのか、小鳥が舞い降り和装の女性へと変化。

この女性もまた人とは違う霊なる者であったが、少女に警戒の色はない。


女性はそのまま少女へ駆け寄って心配そうに声を掛けた。



「今宵もご苦労様でした、怪我はありませんか?」


「日雀様、俺ならホラこの通り。

 大丈夫ですよ、あんなん楽勝ですってば」



『日雀』と呼ばれた女性の労いに、少女は頬を緩める。

齢16にして辛い戦いの日々を送らされる身の上となったが、少女には味方がいた。

自分を頼り、自分を助けてくれる『神に連なる存在』こそが彼女を支えている。


しかし、日雀の表情は暗い。



「いえ、本来なら私達の不始末、それを貴女に押し付けるようで。

 こうして貴女を戦場に立たせてしまった事を情けなく思います」


「なーにを仰るんですか。

 今の状況は『鳴女』の皆様方の所為ではないですし、

 そもそもウチはそういう家系なもんで気にする必要ないです」



おどける様に笑ってから刀を鞘に納め……ようとして上手く納まらない。

どうやら先刻の戦いに刀身が歪んでしまったようだ。


カチャカチャと何度か試すがどうしても半分ほどの所で引っ掛かってしまう。

変に押し込めば抜けなくなりそうなので諦めた。



「あー、直るかなコレ、一応予備はあるけど」


「このところ毎晩戦い漬けでしたからね。

 追加の霊装を頂けないか上に掛け合ってみます」



日雀はそう言ってから、

私が預かりますと歪んだ刀を受け取り、代わりに3枚の符を渡した。


漂う霊気にどれも相当な神秘が籠められた強力な物である事が一目で分かる。



「順に治癒、眩惑、豪風符、使い方は分かりますね。

 急ぎの用で私は一足先に戻りますが、回収班の到着まではそれで」



抜き身の刀を手にふわりと宙空へ浮かぶと、

最後に祝福の祝詞を唱え文字通り風となって飛び去った。







「『英雄の子に幸多からんことを』か……」



一人残された少女はポツリ呟いて膝を折る。


緊張からの解放感と軽度の疲労は地べたに座る事に何ら躊躇を持たせない。

化け物の血肉で汚れているのもお構いなしに深い溜め息を伴って崩れるように座り込む。


回収待ちの手持ち無沙汰を解消すべく携帯電話でネットに接続した。

電波の状態はあまりよろしくなかったが、身内のコミュニティを確認しなければならない。

そこには彼女が次に狩るべき、人に害成す者の情報が集積されているからだ。


平行して治療も済ませるべく、楽な姿勢のまま治癒符をヘソの下と恥骨稜の中間点、一般に丹田と呼ばれる場所に貼り付けた。


身体中を循環する力が符を通して活性化し暖かな癒しとなって巡る。

服の下に隠していた数箇所の打撲も見る見るうちに痛みが引き、腫れも治まってゆく。

戦闘で染み付いた厄や祟りまで吸い取ってから、役目を終えた符は自然と剥がれた。

白地に黒で書かれた回復符は吸着した負の塊で真っ黒な紙切れとなり、最後にはボロボロと崩れ落ちて消え去る。


空いた掌を閉じたり開いたりを繰り返して調子を確かめもう一度の溜め息。


さっきは楽勝だったなどと軽口を叩いていたものの、戦いはいつもギリギリである。

無傷で済む事など殆どない、今日も運良く乗り越える事ができたに過ぎない。


もっとも、今日狩った化け物で近隣の悪霊は悉く滅ぼした。

緊急性のある案件も今のところ端末には表示されていない。

しばらくの間は平和を味わう事が出来る……はずだったのだが。


閉じる間際の自動更新、最新トピックに上がったとある記事が目に留まる。

瞬間、彼女は拳を痛めるなど知ったことかと衝動的に地面を強く殴りつけていた。



『4月29日午後、長崎県南高来郡の山中で数体の変死体が発見された。

 警邏中の警察官が発見し辺りを調べたところ、複数人の手足が散乱しており

 地元警察は先月から続いている連続失踪事件との関連性にも捜査を進める方針。

 ※怪異の可能性大、鳴女を先行派遣予定、手の空いた鳴女は至急連絡求む』



既に手遅れである事態への憤り、そして犠牲の申し訳なさが渦巻く。


彼女は何故このような事件が引き起こされたのかを『知っている』のだ。

連日戦いを続けているのもまた、ある一つの要因に依る物である事を。


知っているが故に、どうして止められなかったのか、己の未熟を悔やむ。

しばらくは落ち着けるなどと甘い事を考えた自分が腹立たしくなる。


華奢な肩が震え、怒りが音となって滲み出た。



「祓っても祓っても、次が来るってか畜生っ。

 なにが英雄の子だよ、俺は何にも守れてねえ……ッ」



しかし、立ち止まれはしない。

化け物と戦える力を持つ人間がいないのならば自分がやるしかない。

彼女に流れる熱い血潮がそうさせる。



「……恨むぜ、『杜人神』よ。

 アンタが厄介な呪いを遺してくれやがったせいで、関係無い奴等が死んでる。

 俺はどうにもそれが許せねぇ、許しちゃならねぇって血が滾るんだ、灼けるようにッ!」



全てが終わったら、

たとえ神なる身だとてケジメに一太刀浴びせてやる。


少女『今津 戌彦』は月に向かって遠吠えた。


彼の神の走狗なれど英雄の血は、

遥けき古より継いできた『戌彦の名』は守りの祈り。


厄災の根を生んだのならば、祖に持つ神とはいえど許し難い。







そうして物語は幕を開ける。


良きも悪きも『縁』に惹き寄せられて。




……長崎、運命の地で少女は少年に出会う。




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