第6話
第六話:巨塔の影、あるいは果てなき旅路
数ヶ月間、二人を優しく守り続けてきた森の緑が、唐突に途切れた。 最後に一本の巨木を通り抜けた瞬間、視界は爆発するように開け、そこには果てしない平原が広がっていた。
「……うわぁ……」
ライラが思わず、感嘆の声を漏らして足を止める。 吹き抜ける風が、彼女の髪を激しくなびかせた。森の中の澱んだ空気とは違う、どこまでも澄んだ、しかし冷酷なほどに広い世界の香り。
だが、二人の目を奪ったのは、その開放感ではなかった。
「……あれが、聖龍の言っていた『塔』か」
アルティガがフードの隙間から、黄金の瞳を細めて空を見上げる。 地平線の彼方。陽炎に揺れる青い空を、力任せに切り裂くようにしてそれは立っていた。 それは「建物」と呼ぶにはあまりに巨大すぎた。 黒ずんだ石材が積み上げられ、雲を貫き、天の頂さえ侵そうとするかのような絶望的な高さ。ここからでも、その塔が放つ異様な魔力の圧力が、肌をチリチリと焼くように伝わってくる。
「……大きい。あんなところに、本当に行けるんでしょうか」
ライラが、不安げにアルティガの外套を掴んだ。 森の中で過ごしていた数ヶ月、彼らにとっての世界はあの小さな小屋と、木漏れ日の届く範囲だけだった。しかし今、目の前に突きつけられたのは、自分たちが挑もうとしている宿命の「大きさ」そのものだった。
あの塔の最上階まで登らなければならない。しかも、それがまだ一棟目に過ぎず、世界には同じような塔が他に二十九もあるのだ。
「……怖じ気づいたか、ライラ」
アルティガの問いに、ライラは一瞬肩を震わせたが、すぐに顔を上げて首を振った。
「いいえ。……ただ、改めて実感しただけです。アルティガさんが背負っているものの重さを。……そして、それを一緒に運べるのが私しかいないことも」
ライラは力強く、アルティガの龍の鱗が混じる大きな手を握りしめた。 アルティガはその手の温もりに、龍の血がもたらす一瞬の冷徹な思考を振り払う。
「……行くぞ。まずはあの塔の麓まで、最短距離で駆け抜ける。今の俺の足なら、そう時間はかからない」
アルティガはライラの腰を片腕でしっかりと抱き寄せた。 龍人としての強靭な筋力が、大気を震わせる。
「しっかり掴まっていろ。……舌を噛まないようにな」
次の瞬間、アルティガは大地を爆発させるような勢いで蹴り出した。 普通の人間なら視認すらできない速度。平原の草花が、一筋の突風となって後ろへと流れていく。 かつて最強のパーティを率いていた頃、彼は常に仲間の歩幅に合わせて歩いていた。だが今は、ライラという唯一の理解者を抱き、誰に遠慮することもなく、人外の力を解放する。
風を切る音の中で、ライラはアルティガの胸に顔を埋めた。 遠くに見えていた黒い巨塔の影が、一歩ごとに、確実に、そして威圧的に大きくなっていく。
それは救済への階段か、それとも破滅への門か。 答えを知るための戦いが、いよいよ始まろうとしていた。




