第4話
第四話:白銀の啓示、神の告解
森の空気が凍りついた。 鳥の声は止み、風さえも動きを止める。アルティガの背後に隠れたライラが、彼の外套の裾をぎゅっと握りしめるのがわかった。
「……何者だ」
アルティガが低く問う。彼の右腕の鱗が、敵意に反応して逆立った。 茂みの奥から現れたのは、魔物ではなかった。それは、物理的な質量を持たない「光の粒子」が集まって形作られた、美しくも神々しい白銀の龍の幻影だった。
『――そう、険を立てるな。若き龍人よ』
その声は耳からではなく、直接脳内に響いた。あまりに高貴で澄んだ響きに、アルティガの殺意が霧散していく。
「あなたは……あの時の……」
ライラが息を呑んでつぶやいた。死にかけていた彼女を救い、そして呪いをかけた、あの聖龍だ。
『娘よ。まずは謝罪させてほしい。あの時、魂の灯火が消えかけていたお前を救うには、龍の因子を流し込み、無理矢理に器を書き換えるしかなかった。……それが、お前を孤独に追いやり、この男を異形に変えることになると分かっていながら』
聖龍の幻影は、深く首を垂れた。 アルティガは黄金の瞳を細め、一歩前に出る。
「謝罪はいい。だが、この結末をどうにかできるのは、あんただけじゃないのか」
『私にできるのは、きっかけを与えることまでだ。アルティガ・ソウスレーム。お前が引き受けたその力は、単なる呪いではない。……それは、世界に溜まった「淀み」を浄化するための、神の権能の一部だ』
聖龍は空を仰ぐように視線を上げた。
『今、この世界は「呪い」という名の病に侵されている。人々が抱く負の感情、あるいは理を外れた魔導の残滓が、世界の土壌を腐らせている。それを吸い上げ、浄化するために遣わされるのが、龍人なのだ』
「浄化だと……? 俺はこの衝動に、毎晩のように飲み込まれそうになっているんだぞ」
『左様。器が未完成ゆえだ。……かつてこの地に、天を突く「三十の塔」が築かれた。それらは世界の淀みを集める中継地点であり、同時に、龍人が「真の神龍」へと至るための試練の場でもある』
聖龍の言葉に、アルティガとライラは顔を見合わせた。
『塔の最上階に眠る「楔」を抜くごとに、お前の龍の血は洗練され、やがてその身を完全に制御できるようになるだろう。もし、すべての塔を制覇し、世界の呪いをその身で浄化しきったなら……あるいは、お前は再び「人」を超えた存在として、愛する者と共に生きる道を得るかもしれぬ』
「……そんな話、信じられると思うか」
『信じる必要はない。だが、娘が、そのライラがお前の暴走を抑えている今の時間は、長くは続かぬ。お前の位階が上がらねば、いずれ彼女の精神が、お前の龍の毒に焼き切られるだろう』
アルティガの体が強張った。 自分はどうなってもいい。だが、ライラを傷つけることだけは、何があっても避けたかった。
「……塔は、どこにある」
『まずは、この森の西。雲海に隠された「断罪の塔」を目指すがよい。……アルティガよ。お前がその爪で切り拓く道が、破滅か、救済か。私は遠き天より見守っている』
光の粒子が風に舞い、聖龍の姿が消えていく。 後には、静まり返った森と、愕然と立ち尽くす二人が残された。
ライラが、震える手でアルティガの右手に触れる。 「アルティガさん……行きましょう。私、大丈夫です。あなたが人間に……ううん、あなたが自由になれるなら、どこまでだって」
アルティガは、自分の鋭い爪をじっと見つめた。 ただの逃亡者として、死を待つだけの日々は終わった。
「……ああ。荷造りをしよう、ライラ。明日には、ここを出る」
こうして、最強の「怪物」と、彼を繋ぐ「枷」の少女は、世界の理に挑むための長い旅路へと、本格的に足を踏み出すことになった。




