プロローグ
世界最強の冒険者パーティ『聖銀の轍』。 そのリーダー、アルティガ・ソウスレームが姿を消したのは、魔境の深部で伝説の古龍を討伐した直後のことだった。
「アルティガ! どこにいるの! 答えて!」
支援魔術師セレナの声が、霧深い森に虚しく響く。 先刻までそこにあったはずの、圧倒的な魔力と、仲間を安心させる広い背中。それが、戦いの後の爆炎と霧に紛れ、忽然と消えてしまった。
足元に転がっているのは、討伐された古龍の巨体ではない。 そこには、ボロボロの衣服を纏い、震えている一人の少女――ライラ・ヘンドブルームがいた。
「……あ……ああ……」
ライラは、虚空を見つめて絶望に染まっていた。 彼女を縛っていた「龍化の呪い」は解けている。しかし、その身代わりとなった男の末路を、彼女は目の当たりにしたのだ。
数刻前。 アルティガは、狂乱して龍へと姿を変えられていたライラを救うため、禁忌の決断を下した。
『この子の呪いを、俺に引き受けさせろ』
剣と魔法を極めた彼の肉体は、呪いを受け入れる器として、あまりに優秀すぎてしまった。 少女の細い体から溢れ出した漆黒の因果が、アルティガの右腕を、胸を、そして全身を侵食していく。
「が、あああああああッ!!」
骨がきしみ、形を変える。 肌からは硬質な逆鱗が突き出し、瞳は黄金の縦長へと裂けた。 圧倒的な力が全身を駆け巡る。それは「最強」と呼ばれた彼ですら経験したことのない、全能感と破壊衝動の奔流だった。
だが同時に、彼は理解した。 この姿――かつてこの世界を滅ぼしかけた伝説の厄災「龍人」そのものではないか。
もしこのまま仲間たちの元へ戻れば、自分はどうなるか。 人々は恐怖し、かつての友は、自分に剣を向けざるを得なくなるだろう。 そして何より、この「龍の血」がもたらす猛烈な怒りを、今の自分では制御しきれない。
「……逃げろ、ライラ」
龍の爪へと変わった指先で、彼は震える少女を優しく、だが力強く突き放した。
「俺に関わるな。お前は……人間として、生きろ」
それが、世界最強の冒険者が最後に残した言葉だった。
数ヶ月後。 大陸の辺境、地図にも載らないような険しい山道。
フードを深く被り、異形となった右腕をボロ布で隠した大男が、静かに歩いていた。 その傍らには、かつて彼が救った少女、ライラの姿がある。
「アルティガさん、次の『塔』が見えてきましたよ」
ライラの透き通るような声に、男――アルティガは足を止めた。 フードの奥で、黄金の瞳が鋭く光る。
「……ああ。あれが、世界にかけられた呪いの楔か」
彼の手には、かつての聖剣ではなく、龍の爪を模したような黒鉄の大剣が握られていた。 自分を人間に戻すためではない。 この身を蝕む「龍」の正体を知り、そして、この少女を二度と呪いの犠牲にしないために。
世界最強と呼ばれた男の、これは「人」を辞めるための旅の記録である。




