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夜のベランダ

 私がめまいで倒れてから、5年が過ぎた。


眠れなくて食べることも出来なかった最悪だった状況も、


時とともに回復した。


長女は15歳に、次女は12歳になった。


私は――どうにか、生きている。


人はどんな環境にも、いつのまにか順応してしまうものらしい。


外に出られない生活にも、私は少しずつ慣れていった。


平日は家にひきこもり、週末だけ、子どもたちと山や海へ行く。


そんな極端なリズムの暮らしだった。


それでも、この繰り返しに馴染んでしまえば、


「この生活も悪くない」そう思える自分が、確かにいた。


煩わしい近所づきあいも、


煩わしい学校の役員も、私はできなかった。


そのことに対して、胸の奥でほっとしている自分がいることにも、


私は気づいていた。


体調は、このまま順調に良くなっていく――


そう信じかけていた矢先、現実は逆の方向へ進んだ。


家の中にいても、不安は影のようにつきまとい、


今度は外へ出ることができなくなった。


同じマンションに住む母の部屋にさえ行けなくなってしまった。


これから、私はどうなってしまうのだろう。


毎日、答えのない難問を突きつけられているような気持ちで、


私はただ静かな絶望を抱えながら生きていた。



そしてさらに3年の月日が流れて、2020年になった。


体調を崩して8年が過ぎた。


この生活が当たり前になってきた。


娘は18歳と15歳になり、


大学受験と高校受験を控えていた。


受験生は夏が勝負なので2人は家に籠もり勉強しているフリをしていた。



コロナが猛威を振るい、世の中は変わってしまった。


私はベランダで静かな夜空を眺めていた。


お店が営業していないせいで街は暗かった。


風の音も、人の気配もない。


ただ、どこか世界が“停止”したような奇妙な静けさだけが漂っていた。


家族が寝静まったあと、私はベランダでビールを飲むのが好きだった。


唯一、外の空気を感じられる場所だからだ。


私はピンクのタンクトップと黒の半ズボンでベランダにいた。


その夜も、湿った空気の中で冷えた缶ビールを飲み干した。


そしてクーラーの効いた部屋へ戻った。


リビングに足を踏み入れた瞬間、


――空気が“変わった”。


まるで部屋に見えない幕が降りたように、


重たく、冷たく、どこか湿った何かが肌に触れた。


違和感。


でも、理由はわからない。


ただ、


「ここにいるのは私だけじゃない」なぜかそう確信した。




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