理想の世界
網戸を閉めて横になる。
昨日の女の人は夢だったのだろうか?
メリって言ってたな、かわいい名前。
リビングから3人の話し声が聞こえて来る。
今日の家族の変化はいったい何?
頭が冴えて眠れなかったが、リビングに行く気にもなれなかった。
やがて修が来た。
「仕事行くから!」
私は重い体を起こして玄関まで行き、いつものように見送った。
「スマホ、ハンカチ、水筒持った?」
「うん、大丈夫。じゃ、行ってきます。」
「いってらっしゃい」
修を見送ってリビングに戻ると、
沙耶は茶碗を洗い、結衣は洗濯物を干していた。
「ママ、寝てていいよ!」
「えっ……うん。わかった。」
また寝室へ戻る。
おかしい。2人が家事をするなんてありえない。
私はいつも、娘たちが家事を手伝わないこと、
修が“お客様”のようにソファで過ごすことが不満だった。
なのに今、私の希望通りに家事をしてくれている。
けれど、私のやることがなくなると、なぜか罪悪感まで湧いてきた。
再びリビングに行くと、2人は部屋に戻っていた。
玄関にはゴミ袋が置いてある。
ゴミまでまとめてくれたの?
私は昼間に外に出ることなどなかった。
けれど今日は、「ゴミ捨てに行ってみようかな」と思えた。
半ズボンからジーンズに履き替え、サンダルを履き、玄関を開けた。
怖さも、不安もない。
普通に出て、普通にエレベーターに乗れた。
今まで私は何が怖かったんだろう?
そんなことを考えながら、
ゴミを捨てて、そのままマンションの中庭へ行く。
マンションは15階建てのコの字型の建物で、
中庭には小さな庭があった、
木や花が植えられ、小道があり、ベンチが等間隔に五つ並んでいる。
夏の暑さで誰もいない。
秋にはお年寄りたちが一日中おしゃべりしている場所だ。
各自でお茶やお茶菓子を持って来て、
楽しそうに話しているのを見たことがある。
私はベンチに腰かけた。大きく息を吸う。
息が吸える。不安もない。
私は普通に外出できるようになったのだろうか?
前のような自由に外に出れる暮らしに戻れるのだろうか?
1人で買い物に行けるようになるのだろうか?
胸がわくわくした。
けれど、同時に新たな不安も生まれた。
“普通の暮らし”って何?
パートに出てお金を稼いだとして――その先は?
普通の生活ができるようになったら、私は何をしたらいい?
普通を求めていたはずなのに、
いつの間にか、自分だけが世界から取り残されているような感覚になった。
私は部屋に帰った、やけに静かだった。
沙耶の部屋からいつもやかましく聞こえるアイドルの歌が聞こえない、
沙耶の部屋を開けるとそこには誰もいなかった、
結衣の部屋を開けるとそこにも誰もいなかった。
私リビングにでもいるのかと、リビングのドアを開けると、
リビングの真ん中にメイが立っていた。




