夜が明ける。
また夜が終わる。
夜が明ける前がいちばん暗いという。
まさに今がその時間、夜と朝の狭間。
空が一瞬だけ絵画のように美しくなる。
その瞬間を逃したくなくて、私は窓から離れることができない。
いよいよその瞬間が訪れる。
それは作り物じゃない、地球が生み出す美しさ。
夜が静かに溶けていく。空の端から少しずつ光が滲みはじめる。
濃紺から紫、桃色、そして金色へと移ろうグラデーション。
まるで世界が新しく生まれ変わる瞬間のようだ。
あと何回、この景色を見られるのだろう。
いつの間にか、そんなカウントダウンをする年になった。
今朝も自然の絵画を見て一日の始まりを感じる。
遠くで新聞配達のバイクの音が響く。
人々が起きて今日の支度を始めている。
この世界がまた今日も動き出す。
誰もが始まりを喜んでいるわけではない。
学校、仕事と行きたい場所ではなく、行かなければならない場所。
無表情で生気のない目をした人々の顔がありありと想像できる。
淡々と支度をし、行くべき場所へ向かう。
私は窓から、そんな人々の背中をいつも見ている。
「おはよう。ママ、また起きてたの?」
娘の結衣が起きてきた。
今年から大手企業に勤めている。
幼い頃は手がかかって大変だった娘も、もう二十三歳になった。
私にはもう一人、娘がいる。
沙耶、大学二年生。
今日は午後から授業だから、まだ寝ている。
「今日も早く起きたのか?」
寝癖だらけの頭をかきながら、修が起きてきた。
「夜中のほうが空気が落ち着いてて、好きなの。」
そう言って私はキッチンに向かう。
冷蔵庫から卵を三つとウインナーを取り出し、
いつもの場所からフライパンを手に取る。
ガスコンロの火をつけると、冷えたリビングが少しずつ温まっていく。
5月になったがまだ朝は冷える。
結衣も修も、いつもと同じ流れで朝の支度を始める。
きっと、どこの家でも同じ光景なのだろう。
人間は地上で生きる働き蟻。
「ママ、私のヘアバンドがない。どこ?」
「ふゆ、俺のコーヒー淹れて。」
「は〜い。」
これもいつもの光景。
みんな同じ。
いつも同じ。
きっと隣の家も、向かいの家も、みんな同じ……。
でも、私はみんなと違う。
――私は、もう十三年、この家から出ていないのだ。




