ep18 平穏の中にも暗闇あり
「契約金の半分はすでに私の口座に振り込まれたみたいなので、お洋服買いに行きましょうよ。龍作さん」
「え、なんで萌葉の口座に振り込まれているの?」
「……確かに。龍作さんって口座持ってますよね?」
「いや、持ってねぇ。けど、なんでピースキーパーの上層部は、おれが自分の口座も持っていないことを知っているんだろうか」
「え、口座すら持ってなかったんですか?」
「うん。言っただろ、おれは〝流れ者〟だって。そういうのとは無縁なんだよ」
「ま、まぁ。ベイサイド・シティに外部から来たのなら、持ってなくてもおかしくないですよね」
伊東の言う通り、ベイサイド・シティとその他日本の都道府県とでは法律が全く違う。たとえば東京で口座を持っていても、この街ではそもそもATMから引き下ろすことすらできない。資金洗浄やら犯罪に使われるからだ。
きょうも伊東のマンションの近くで発砲事件が起きるような場所と、至って平和な日本国の差はそういうところにも生じているのが実情だった。
「まぁ、今はスマホひとつで口座も作れる。とりあえず、1000万円の半額だから500万円か。そのカネは預かっていて。おれが口座を作れたら、移動させてくれ」
「分かりました~。でも500万円かぁ。外界のサラリーマンの年収くらいですよね」
「着服したいのか?」苦笑いを交える。
「そ、そんなわけないじゃないですか!」顔を真っ赤にした。「私はお金で揉めるのが大嫌いなんです! 親がお金にだらしないヒトで、その所為もあって弟と━━」
「弟?」
「……なんでもないです。お洋服を買いに行きましょうか。どうせならタクシー使って」
なにか隠し事がありそうだが、三浦もそれ以上追及しなかった。誰にだって隠したい過去や記憶くらいあるし、いくら恋愛的な意味で付き合っているとはいえ、まだ1ヶ月程度しか経過していないのだから。
というわけで、三浦と伊東は(流しのタクシーは危険すぎるため)アプリを使い、正規の送迎車に乗るのだった。
*
世界最大の企業にして、このベイサイド・シティの実質的な支配層〝創麗グループ〟の傘下のデパートへ三浦と伊東はたどり着いた。
「すげぇ広いデパートだな。1日で回りきれないだろ、ここ」
「なんでも、総製作費が5兆円かかったとか。私は行ったことないですけど、東京の山手線がすっぽり埋まっちゃうらしいですよ」
「駅全体が? すげぇな……」
原作でも示唆されていたが、実際入ってみると圧倒されるものがある。内装は豪華絢爛という単語が良く似合い、明るい店内は駅内みたいな造りになっている。
もっとも、数メートル単位で拳銃をホルダーにしまってある警備員がいて、防犯カメラも数えるのが億劫なくらい配置されてある。さすがベイサイド・シティといったところだ。
「さて、服屋はどこだ」
「12階らしいですよ。そうだ、クレジットカードがないと支払いできないですね」
「あぁ、偽札対策か。しゃーない。立て替えてくれ」伊東がはいと頷いたので、お礼を言っておく。「ありがとうな。いやー、現金があってもこの街じゃあまり約立たないもんなぁ」
「仕方ないですよ。ベイサイド・シティは、3分に1回発砲事件が起きてるんですから」
世界でもっとも治安の悪い街のひとつ、という蔑称は伊達でない。なにせ、富裕層が集まるこのデパートでも、ひったくりらしき男女がこちらを見て密談しているのだから。
「(なぁ、萌葉)」
「なんですか?」
「(声を潜めて。あの男女ふたり組、こっちを見ている。おそらくひったくりだ)」
「(……警備員さんに伝えましょうか?)」
「(いや、ちょっと片付けてくる)」
そう言って、三浦は怪しげな男女ふたり組に近づく。そして常人の目には追えない速度で、改造された腕を用いて彼らの腹部に拳をねじ込まれるのだった。




